のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

2009年に観た映画

2009-12-31 | 映画
午前3時に目が覚めて、やけに明るいので窓を開けてみたらば、それはもう鏡のような満月でございました。
雲ひとつない夜空に煌煌と冴え渡るその明るさといったら、手をかざせば壁にくっきりと影ができるほど、目を凝らせば本も読めるほどでございました。
もっとも別に電気を止められているわけではないので、そんな苦労して月明かりで本を読まんでもいいんでございますがね。

さておき

2009年もはや最終日とあいなりました。
これといって感慨もございませんが、一応の締めくくりとして、今年観た映画の中で当ブログにレポートしそびれたものを、感想付きでここにリストアップさせていただこうと存じます。

『未来を写した子どもたち』
インドの売春街に暮らす子どもたちのドキュメンタリー。カメラを手にした子どもたちのキラキラした、屈託のない笑顔、瑞々しい彼らの作品を見て、こちらも何かわくわくとしてまいります。と同時に、沈んだ表情で「もうすぐお客を取らされる」と語る少女や、学校へ通うことを夢見る、遠い眼差しの少年、彼らのおかれた悲惨な状況を思うと暗澹たる気持ちになります。何もしなくていいのか。でも何ができるというのか。とにかくこういう現実があることを、一端なりとも知っただけでも、何ごとかではあるのだ、と言い訳めいた思いを抱いて新年の京都みなみ会館を後にしたのでございました。

『ミツバチのささやき』
フランケンシュタインの怪物、毒キノコ、レジスタンスの兵士。彼ら「邪魔者」に加えられる理不尽な排斥。彼らと共にあるアナ。世界がもっとシンプルで、かつ神秘に満ちていて、その全てが自分に好意を持っていると、根拠もなく信じていた頃、あらゆるものと友達になれるはずだった、人を信じることが当然だった、そんな子どもの頃の感覚をかすかに呼び覚ます作品でございました。

『帝国オーケストラ』
ナチス政権下のベルリン・フィル、その活動や葛藤を、当時の団員の証言で構成したドキュメンタリー。
ユダヤ人の団員が亡命せねばならなかったならなかったことを回想して「音楽以外の理由でオーケストラを辞めさせられるなんて酷いことだ」と語ったバイオリニスト、その同じ人物が、戦後、ある団員がナチス党員であったという理由で退団させたれたことを、喜ばしいこと、誇るべきこととして語っている。

『沈黙を破る』
自分の安全を確保するためなら、他者の人権を蹂躙しても構わないのか。
むしろ他者の人権を踏みにじることが、自らの安全をいっそう脅かす要因となっているというのに、それに気付かないのは、自分の側の被害を身近に感じる一方で、相手の側の被害、苦しみ、悲しみ、憤りの深さを知らず、それに対して想像力を働かすことも放棄しているらなのでございましょう。

『羅生門』デジタルリマスター版
原作にはないエピソードを最後に加えたことで、人間がその「人間的」なふるまいによりいっそう醜悪であさましい、救いようのない存在にまで落とされ、そこからこれまた、「人間的」なふるまいによって高みへとすくい上げられる。ラストシーンで志村喬の見せる笑顔、「人が犬を羨ましがっている世の中」にあってなお、人間という存在への信頼と希望を取り戻すことができた、その喜びの笑顔が胸に残りました。
今さら申すまでもないことながら、普遍的な価値を持つ作品とはこういうものでございましょう。
それにしても京マチ子怖かった。

『屋根裏のポムネンカ』
純粋な子ども向け作品と思いきや、悪の復活を予感させる不穏なラストなど、なかなかどうしてチェコアニメ。
悪役のフラヴァ(ピアニストの故フリードリヒ・グルダに見えてしょうがない)が、ポムネンカを救出しに来たおもちゃたちへの対処法として「半分は水に沈め、残りの半分は新聞紙で叩き潰す」と言ったのには笑ってしまいましたが、これとて「敵の矮小化」という戦争プロパガンダの戯画かと思うと、笑いの中にもひやりとするものがございます。
陽気なT-1000みたいな、粘度ボディのシュブルトがいいキャラでござました。

『コンチネンタル』(DVD)
まったくねえ、あのラッキョウ顔なのに、かっこいいんですよねえ、フレッド・アステア。冒頭、レストランの支払いのためにやむなくタップを披露する場面なんて、本当に即興でやっているかのような軽やかさ。例によってボーイミーツガールのストーリーも、名曲「コンチネンタル」も全てはダンスの添え物。それでいいんでございます。

『リボルバー』(DVD)
謎解きや種明かしよりもスタイリッシュな雰囲気を優先させたせいで、観客に対して甚だ不親切になってしまった作品。
それでも充分楽しめましたし、好きか嫌いかと問われれば迷わず好きな方に入る映画でございます。のろはガイ・リッチーの作品もジェイソン・ステイサムの作品も観たことがございませんでしたから、「らしさ」を期待せずにすんだのが幸いしたのでございましょう。
とりあえず、ソーターさん最高。

『暴力脱獄』(DVD)
ポール・ニューマンが亡くなった時、ピーター・バラカンさんがラジオの番組内でこの名作に言及され、あの優しく穏やかな声で「史上最低最悪の邦題だと思います」と断じておられました。全くその通りかと。何やらムキムキの荒くれ者どもが鉄パイプで看守をめった打ちにしてでもいそうな邦題でございますが、実際は、不屈にして軽妙な魂の持ち主ルークの、もの悲しくも痛快な物語でございました。

『シェルブールの雨傘』(駅ビルシネマ)
全編、歌。
疲れました。

『ドクトル・ジバゴ 』(DVD)
大河ドラマとはこういう作品を言うのではないでしょうか。
歴史という大きな河の中を、浮き、沈み、もがき、愛し、離れ、巡り会い、どこへ行き着くやらも分からず、ただその頭を必死で水面に上げながら流されて行く人間の姿が、『白痴』のムイシュキン公爵のごとく善意にして無力な主人公、ジバゴを中心に描かれ、全編を観終わった後は、ああ、とため息をつくしかないような、感慨と余韻に浸されました。

『ベルリン・天使の詩』(駅ビルシネマ)
何度観てもいい。のろは生涯ベストワン映画を選べと言われたら、目下のところこの作品になるのでございます。生きてるのって、いいものだ、と思わせてくれるから。
観賞後もう一度観たくなり、翌日行きつけの大きなレンタル屋に行った所、あろうことか棚に並んでおりませんでした。まあ、そもそもが『ゴッドファーザー』シリーズをアクション映画のコーナーに置いたり『ミリオンダラーホテル』を60~70年代名作コーナーに置いたりするがさつな店なので、この物静かな傑作がなおざりにされていても驚くにはあたりません。

『火の馬』(駅ビルシネマ)
ううむ
こんなことはめったにない、というかほとんど初めてのことでございますが、起きているのがやっとだったのでございます。
おそらくコンディションが悪かったのでございましょう。勿体ないことをしました。

『ゴスフォード・パーク』(DVD)
役者さんがみんないいですねえ。特に女優陣が。不幸な女がよく似合うエミリー・ワトソン、経験の浅い召使いのケリー・マクドナルド、彼女をアゴで使うマギー・スミス奥様、辛い秘密を抱えた女中頭ヘレン・ミレン、みなみな素晴らしい演技、そしてこうしたそうそうたる顔ぶれを存分に活かしきる脚本、お見事でございます。
まあこれもチャールズ・ダンス目当てで観たんですけどね。


『ヘアスプレー』(駅ビルシネマ)
実に楽しい作品でございました。メッセージは明確、音楽はご機嫌で色彩はカラフル、何をおいても、クリストファー・ウォーケンを変なオモチャ屋の店主に配役したというのがよろしうございます。あの座ったギョロ目に、犬のウンコ型のチョコレートやパカパカ光る蝶ネクタイを売りつけようとする
人のいいおっさんを演じさせようという発想は実に素敵でございますね。

『8 1/2』(駅ビルシネマ)
『その男ゾルバ』みたいに「あ~、ま~、いっか~」と思わせてくれる作品でございました。
今さらのろごときが何をか言わんやでございますが、グイドの妄想シーンは最高でございますね。
らったったったっ たらら~ん たっ らったったったった~ん とくらぁ。

『パイレーツ・ロック』
何か軽いですねえ。でもま、いいんじゃないでしょうか。女の子がビッチすぎるという点を除いては、けっこう楽しめました。

映画『アンヴィル!夢を諦めきれない男たち』
おお
まさか3度も泣かされてしまうとは...
評判にたがわぬ傑作ドキュメンタリーでございました。負け犬と言わば言え、時代遅れと言わば言え!人生一度っきり、夢を追わないでどうする...というのは、ありふれたテーマかもしれませんが、ほとんどメジャーになることもないまま、それでも30年に渡って音楽活動を続けて来た彼らの言葉には、いわゆる「成功者」の言葉とは違った重みと熱さがございます。

『赤と黒』デジタルリマスター版
ジェラール・フィリップの輝くばかりの美貌、これが全てかと。単に顔かたちのことではございません、手の表情、立ち居振る舞い、全てのシーンがサマになる、まさに「銀幕の貴公子」、あんな人はもう二度と現れないのでございましょうね。


以上に加えて、先日『戦場でワルツを』を観たのでございますが、これは後日もうすこしきちんとした感想記事にしたいと思っております。