改めて『緩和のこころ :癌患者への心理的援助のために 』(2004/6/25・岸本寛史著)の紹介です。
本書は癌の方々への心理的援助にあたって、一人ひとりの気持ちに可能な限り添うことを目的として書かれたもので、既存の医学的な診断体系を検討する一方で、ナラティブ、描画、夢などを通して、癌の方々が体験していることを聞く事に意味を見出そうとした本です。
緩和ケアにおいて,癌患者の示す不安や抑うつなどの症状を,適応障害・不安障占・気分障害といった精神医学の診断体系から捉えようとする動きが盛んである。そのなかでも特に,癌患者に対して適応障害という「診断」が適応されているのを初めて知ったとき,筆者には何のことか理解できなかった。どうして適応障害なのだろう?癌という病を抱えて大変なのだから現実に適応できないのはある意味で当然のことではないだろうか? なぜ敢えて適応障害という概念を使うのだろう? と,理解に苦しんだ。この疑問が本書の大きな原動力となっている。
2001年に英国のケンブリッジで開催された第2回国際ナラティブ・ペイスト・メディスン会議の閉会の挨拶のなかで,主催者の一人であるBrianHurwitz教授が, NBMは医学・医療にパラダイムシフトをもたらす可能性がる,と3度も述べられたのが印象に残っている。患者の語りに耳を傾けることの重要性は,改めて強調するまでもないと思われるのに,なぜ,近年になってナラティブが注目されるようになったのだろうか。
NBMは,「患者の病」と「病いに対する患者の対処行動」を,患者の人生と生活世界で展開する「物語り」であるとみなす。そして,患者を,物語りの対象ではなく[主体]として,つまり,物語りの登場人物ではなく物語りの「語り手」として尊重する。「病気」とは患者の人生というより大きな物語りのなかで展開する一つの物語りであり,患者はその物語りの語り手として尊重されるのである。
斎藤は一般診療におけるNBMの実践のプロセスとして,次の五つを挙げている(斎藤・岸本, 2003)。
- 患者の物語り(病いの体験)の聴取。
- 「患者の物語り(病いの体験)についての物語り」の共有。
- 「医師の物語り」の進展。
- 物語りのすり合わせと新しい物語りの浮上
- ここまでの医療の評価。患者の語りに耳を傾け,患者の物語りを共有するところから始めようという姿勢が見られる。そのあとで,医療者側の物語りとのすりあわせが行われるわけであるが,その際,どちらが正しいとか,真実であるかを競うのではなく,異なる物語りのなかから新しい物語りを作っていくという姿勢が基本に据えられる。(以上)
そして著者の体験の中で患者の見た夢、絵などの意味づけを試みた本です。
用語解説(日本救急医学会)
*NBM
Narrativeとは物語の意であり,個々の患者が語る物語から病の背景を理解し,抱えている問題に対して全人格的なアプローチを試みようという臨床手法である。NBMの特長として,①患者の語る病の体験という「物語」に耳を傾け,これを尊重すること。②患者にとっては,科学的な説明だけが唯一の真実ではないことを理解すること。③患者の語る物語を共有し,そこから新しい物語が創造されることを重視することが挙げられる。EBM(evidence based medicine)偏重時代の中で,NBMはEBMを補完するためのものであり,互いに対立する概念ではない。
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