仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

帰ってくるな

2019年10月08日 | 日記
『魂が震える話 ― 人がひとを想うということ』(2013/8/29・ゆう著, けい著) という本があります。古本家で見つけました。でも後で検索したら図書館にもありました。一つだけ長くない話を転載します。


帰ってくるな

高校を中退し、料理の世界に入った。
高校を辞めるときは、親父と殴り合いのケンカをした。
「二度とそのツラ見せんな!」
半分勘当されたような状態になった。

悔しくて、住み込みで働きながら、必死に料理を覚えた。
右も左もわからなかった俺は、コテンパンにしごかれた。
何度も辞めて帰ろうとしたが、その度に親父の言葉を思い出し、思いとどまった。

俺には帰る場所はない。後ろに道はない。
だから、必死になって食らいついていた。
8年経った頃には、ひと通りこなせるようになり、店長を仟された。

店長としての初日、8年ぶりに親父に会った。
社長が俺の両親に連絡を入れていたらしい。
親父は、相変わらずぶっきらぼうで「おまかせで、なんか適当に出してくれ」なんて言っていた。
「はい。かしこまりました」と返事をして自分が一番好きな、手の込んだ料理をコースで出した。
親父は母さんと一緒に黙々と食べていた。
「上手い」とも言わず、帰り際に「じゃあな」と一言。
あっさり帰っていった。

こんなものか。
少しがっかりした。

後日、母さんから手紙が届いた。
「先日はどうもごちそうさまでした。
とても美味しかった。
店長就任も素晴らしいわね。心から、祝福しています。
お父さんは、あの性格だから貴方には何も言っていないと思うけど、社長さんから連絡をもらったとき、すごく上機嫌で何を着て行こうかって、うるさかったのよ。
それから帰り道、泣いていたわ。
あんな上手い料理を食べたのは初めてだって。
よかった……よかった……つて。

たまには顔を出しなさいよ。
本当は、ずーつと心配していたんだから。
お父さん、あなたの働いているお店の前を『ドライブ行こう』 つて言って、何回通ったことか……。
お母さんもそうだけど、あなたのことを一日だって考えなかった日はないんだから。
またお店にも食べにいくからよろしくね。

涙が止まらなかった。
高校を中退した俺が、仕事でも逃げ帰ってくるんじゃないかと心配し、あえて突き放してくれたんだ。
ありがとう。お父さん。お母さん。(以上)

コメント
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