旅限無(りょげむ)

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北京五輪の内と外 その弐百四拾四

2008-05-24 08:03:53 | チベットもの
■パンダ大震災の救援活動に関する報道だけでも、チャイナの実態が次々に明らかになっているのは、不幸中の幸いかも知れません。しかし、激甚災害が発生したからと言って、「チベット問題」が解決したわけでもありませんし、人命救助を最優先にするにしても、天災で落命するのも政府による残虐行為で殺害されるのも同じく「生存権」の問題でしょう。パンダ大震災を愛国精神の高揚と人民を団結させる手段にしてしまおうという悪巧みが着々と成功しつつあるのは恐ろしい話で、その勢いで聖火リレーは続行され、海外での宣伝活動もますます盛んなようですから、同情心に訴えられて情報操作に乗せられるのだけは御用心、御用心。

訪英中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は22日、下院議会外交委員会で中国の人権状況について証言。3月のチベット暴動後も住民の逮捕や拷問が続いていると非難するとともに、漢族の大量流入によりチベットの「文化的虐殺」が進んでいると訴えた。……「彼ら(中国当局)は人々を逮捕し、事情聴取する前に暴行などのひどい拷問を加えている」と指摘。また中国軍筋の情報として、当局は北京五輪後、100万人の漢族をチベットに新たに移住させることを計画しているとし、「意図的でないにしろ、ある種の文化的虐殺が起きている」と中国の政策を批判した。
5月23日 時事通信

■「文化的虐殺」の代表がチベット人の誇りとする言語の破壊ということになります。拙著『チベ坊』はそのチベット語自体を主人公に仕立てた変わったドキュメンタリーになっておりますが、さすがにこれほど激しい表現は書き込めませんでした。チベット仏教には優れた「言語哲学」とされる中観思想を中心とした巨大な思考体系がありますから、言語を根絶やしにされたら致命的な打撃となります。最初は商売などの日常会話が北京語になり、経済的な余裕がある家庭の子供たちは学校の初等教育で政治的な北京語を習得し、成長するに従ってチベット解放神話を刷り込まれて行く内に、自分のアイデンティティが崩壊している。

■そして、気が付けば町が漢族に占領されて看板も広告も北京語一色になってチベット語は寺院の奥でしか使われなくなり、その寺院は常に監視され何かと圧力を受ける立場にあるという具合です。チベット語の最後の牙城が仏教寺院であり僧侶たちなので、抗議行動が起こるのは決まって寺院から、という事になります。こういう恐ろしい話は日本の国会内では永久に聞けないのでしょうなあ。


チャールズ英皇太子は22日、ロンドンで訪英中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世と会談した。会談内容は公表されていないが、チベット情勢に国際社会の注目が集まる中での会談は、皇太子がダライ・ラマへの共感を明確に示したものだ。会談は、皇太子の邸宅「クラレンスハウス」で行われ、ダライ・ラマは庭で記念植樹を行った。両者は、1991年に知り合って以来、会談を重ねてきた。皇太子は2004年、ダライ・ラマの講演録に寄せた文章で、「長年、苦難と迫害を受けてきたチベットの人々を英知と愛情で励ましてきた」と、ダライ・ラマを高く評価した。
5月23日 読売新聞

■北京の五輪大会への不参加!を欧州で最初に公言したのがチャールズ皇太子でしたなあ。映画の『セブン・イヤーズ・イン・チベット』にはハーラーさんと少年のダライ・ラマ14世との交流が描かれていましたが、もしかするとダライ・ラマ法王はチベットが「解放」される前の幼少期を思い出しながら、皇太子と対話しておられるのかも知れませんなあ。日本の皇族は政治的な言動が禁じられておりますから、このような会談は望めませんが、先日の胡錦濤主席が来日した際には、天皇陛下から遠回しながら人権問題につながりそうな表現が少し聞かれたようですが……。勿論、ホイホイ首相からは何も聞こえません。


ドイツ訪問中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は16日、ドイツ西部ボーフムでの記者会見で、チベット亡命政府のシンボルである「チベット旗」に毛沢東がお墨付きを与えていた、との秘話を紹介した。……中国当局が、「チベット独立」を求める証拠として敵視するのに対し、ダライ・ラマは共産中国建国の偉人である毛沢東を引き合いに出して擁護した形だ。……中国軍のチベット進駐後の1954~55年、北京に長期滞在して毛沢東と会談を重ねた際、毛沢東はチベット旗について、「中国国旗に加え、(チベット旗も)使い続ければよい」と助言したという。
5月17日 読売新聞

■これは「秘話」ではなく、多くの歴史本に書かれている有名な事実です。御存知ない方は、法王の発言にある年号に御注目!この年を挟んで、人民解放軍のチベット侵攻後の1951年5月23日に『17条協約』と呼ばれる甘言を並べた「チベット平和解放に関する協約」が締結され後にすべての条項が破られ、1956年4月、ラサに乗りこんで来た陳毅元帥が「チベット自治区準備委員会」という悪い冗談のような組織を作ります。この期間だけは、北京政府は「基本的人権」を尊重すると言い続けておりましたなあ。ヒトラーは「条約は破るために締結するのだ!」と非常に分かり易い言葉を残しましたが……。
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五劫の切れ端(ごこうのきれはし)仏教の支流と源流のつまみ食い

チベット語になった『坊っちゃん』―中国・青海省 草原に播かれた日本語の種

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パンダ大震災 其の九

2008-05-24 07:28:32 | 外交・情勢(アジア)
■さてさて、既に緊急救助隊が帰国してしまった後になってしまいましたが、日中友好やら北京五輪やらを考えるのに参考になる側面が露(あらわ)になったようですから、改めて救助隊の皆さんの悔しい思いを検証してみましょう。

……日本政府は早急な支援活動に向け、さまざまな準備を整えている。ただ、支援の前提となる中国政府からの要請は13日朝までになく、待機している状態だ。町村信孝官房長官は13日午前の記者会見で「日本としては最大限の対応をする用意があることは中国側に伝えてある。準備はできている」と強調した。……「(中国は)自己完結ですべてをしたい国柄と思う」と指摘した。外務省幹部も「中国は人的支援は外部から受け入れない傾向もある」と述べ、援助物資が中心になるとの見方を示した。被災地の四川省は3月にチベット問題で住民のデモなどが起きており、これが中国側の国外からの人的支援受け入れの判断に影響している可能性があるとみられている。……
5月13日 毎日新聞

■何でもかんでも「チベット問題」に結び付けて解釈するのは危険かも知れません。改革開放だの国際化だのと笛や太鼓で宣伝してみても、軍部の発言力が強い国は基本的に鎖国状態みたいなものでしょうし、一党独裁国家ともなれば尚更です。実態を見られては困る場所が山ほどあるからこそ、外国人が入って来てもらっては具合が悪いのです。大規模な天災ともなれば、救助隊は被災者がいる場所なら何処へでも入っていきますからなあ。人命と国家の威信と、最初から天秤にさえ載らないような国が世界中にあるという事です。

■人的支援は断るけれど、「支援物資」は幾らでも頂戴!と言っている連中が、外国の善意をどのように取り扱うのか、それが前記の話というわけです。本当にチャイナの被災者を救いたいなら、自前で用意した食料と鍋窯を背負って現地に入り、その場で煮炊きして間違いなく被災者の口に入って飲み込むのを確認するだけの覚悟が必要なのでしょうなあ。誰かが窓口になっている寄付行為ならば、3割でも被災者に届いたら満足しましょう。


政府は13日、中国・四川省での大規模地震の復興支援のため、中国政府に数億円の緊急無償資金協力を実施する検討を始めた。被害の程度や中国側の要望を踏まえ、早急に支援額を決定する方針だ。……地震発生直後に中国政府に打診したが、中国側は13日朝までに、「物資や要員は当面必要ない」と回答した。町村官房長官は同日午前の記者会見で、「具体的な要請があれば最大限の対応をする用意がある、と伝えている。(自衛隊を派遣するかどうかは)要請がどういう形で来るかによる」と語った。……高村外相は記者会見で、四川省に滞在している日本人の約4割(約120人)の無事を確認したと発表した。外相は「今のところ邦人が被害にあったという報告は受けていない」と述べた。
5月13日 読売新聞

■さすがに、最初から「物資は欲しいけど人は断る!」などと露骨なことは言えないらしく、喉から手が出ていても痩せ我慢?それにしましても、「自衛隊の派遣」まで想定していたとは、町村さんも指示を出しているはずの福田ホイホイ首相も、どこまでお目出度いのでしょう?徹底的に行われた愛国教育の裏側には、「人民解放軍への感謝と尊敬」運動がぴたりと貼り付いていたのですから、外国、特に仇敵の日本から軍隊を招き入れるはずなどないでしょうに……。加えて在外邦人が口を揃えて「頼りにならない」ともっぱらの評判になっている外務省は、少なくとも初動だけは早かった模様です。「聖域なき行政改革」の余波で、役立たずの外務省なら予算も削れ!という恐ろしい声が上がっては困るからのでしょうか?その後も邦人が犠牲になったとの報道はないようであります。


2008年5月22日、四川省成都市公安局が、テントや寝袋などの震災救援物資を不法に販売していた人物12人を逮捕した。……主犯格・劉値毎はもともとアウトドア洋品店を営んでいたが、震災後は赤十字会の名を語ってテントなどを販売しており、このほど区規律審査委員会、区工商局、区赤十字会が通報を受けて同店を調べている。

■記事中の「語って」は「騙って」の変換ミスでしょう。「衣食足りて礼節を知る」というチャイナの名言がありますが、金銭欲が「開放」された時代には、意味を為さなくなっているかも知れませんなあ。逮捕されたバカ者達は、きっと通常の商売をしている感覚だったはずです。被災地での救援物資は希少価値が高い、だから手段を選ばず仕入れて高値で売り抜ける!災害復旧が進んだら商機を逃す!という乱暴な理屈で動いているだけです。こういう連中がうようよしている所に、どうやって日本人の善意を届けられるのでしょうなあ?「赤十字」の名前でボロ儲けできる変な国ですぞ!

■国連組織が窓口となって運び込まれる救援物資が町の市場に山積みになっているという悲しい話は、アフリカや中南米の国ではよく起こっているようですが、五輪大会を主催するような国でも同じ事が起こっているというのは、どこかが間違っているのでしょうなあ。

パンダ大震災 其の八

2008-05-24 07:27:47 | 外交・情勢(アジア)
中国・四川大地震を受け、日本の旅行各社は14日、相次いで四川省などへのツアー中止を決めた。チベット暴動の余波がようやく収まりつつあっただけに、各社とも「再開は当面先になるだろう」と頭を痛めている。被災地周辺は世界遺産となっている九寨溝などの景勝地が多く、中高年を中心に人気が高い。読売旅行はチベット暴動以来中止していたツアーを16日から再開予定だったが月末まですべてキャンセル。約230人が申し込んでおり、返金や旅行先の変更で対応した。エイチ・アイ・エスは今月末まで、近畿日本ツーリストも23日まで中止を決めた。JTBも今月末までツアーを見合わせる。……
5月14日 産経ニュース

■これは地震発生直後のニュースですから、その後、被害の大きさを伝える続報が届き続けて観光旅行どころではなくなってしまった人も多いことでしょう。五輪大会に便乗しようと算盤を弾いていた日中双方の関係者はがっくりと肩を落としているのでありましょうが、チャイナへの「観光旅行」という行為そのものを考えてみるよい機会にしては如何でしょう?幸いにも「青蔵鉄道」は、今回の震源となった巨大な活断層からは遠く離れているので、物理的にはラサ観光は可能でしょうが、ラサ暴動が「飛び火」した甘粛・青海・四川などのチベット人居住地域を飛び越えて、一挙にラサ市内に入って観光施設化した寺院などを急ぎ足で見て回って帰るような、まるで書き割りの看板を眺めて来るような旅行では、チベットに行った甲斐がないと思って下さる日本人が少しでも増えれば、日本のマスコミ報道の質も変わるかも知れません。

■少なくとも、四川省のパンダもラサの観光も、儲かるのは漢族ばかりだという事実を多くの日本人が知ってしまったのですから、騒乱が鎮静化した後で、どんな変化が有るのか興味津津であります。


23日付の香港紙「星島日報」などによると、中国・四川大地震の被災地で21日、軍関係者による援助物資横領を疑った被災者数千人が警察車両を破壊するなどして暴れ、警官隊と衝突して双方に負傷者が出た。同紙などは、地震発生後、被災地での大規模騒乱は初めてとしている。……四川省徳陽市。被災者らは、インスタントラーメンやおかゆ、飲用水など援助物資を積んだトラックが商店の前で積み荷を降ろし、それらの一部を軍関係者を名乗る人物が車で持ち去るのを目撃。商店内にも大量の物資があったことから、「横領だ」「汚職は許さない」などと騒ぎ出したという。
5月23日 読売新聞

■「窮鼠猫を咬む」という表現が適切かどうか、微妙な違いも感じますが、共産党軍による建国神話と陰に陽に国政を牛耳る軍を怖れながら暮らす人々が、餓えと疲労が高まった結果、我を忘れて軍に刃向かうのは、やっぱり、ネズミがネコの餌にばかりなっていはいないぞ!ということでしょうなあ。『週刊新潮』5月29日号の大震災特集の中に、「救援物資はボランティア窃盗団・横流しで消える」という恐ろしい暴露記事が掲載されております。「ボランティア偽装」というのは、救援する振りをして被災地に入り、実は「火事場泥棒 をして歩いている血も涙もないバカ者たちのことです。


……倒壊家屋に忍び込んではタンスの中を漁り、無人の店舗を荒らしては宝石類やパソコンなどを強奪。……

■こういう輩が集団でうろうろしているようです。阪神・淡路の震災が起こった時にも、瓦礫の中をうろうろする「外国人」の姿が目撃されていましたなあ。何処の誰が何をしていたのかは定かではありませんが、一説には倒壊したパチンコ屋さんからパチンコ台の心臓部であるROM基盤を集めていた火事場泥棒がいたとか……。パンダ大震災では救援物資を運ぶトラックが被災者と見られる集団に足止めされて略奪されてしまう話は、さすがに日本では見られない「チャイナの特色ある風景」でありましょうが、まるで狩りを楽しむように貴重な食糧や飲料水を奪っている連中の中には、自分自身と家族の命を救うために已む無く奪うのではなく、人の善意を踏みにじった上に、これを転売して人の弱みに付け込んでボロ儲けしようとしているバカ者が多数含まれるとか……。

■同誌には四川省出身のジャーナリスト石平氏のコメントも載っています。


……救援物資を輸送する役目を担う軍や政府当局者らが、まず自らの分を懐にしてから残りを配る。これが、物資が目減りしていく要因……上層部がまず家族や親族の分をくすね、次に配送仕分け責任者が、さらに運搬トラックの乗務員が、最後に現地の配分担当者が、それぞれ勝手に横取りします。

■何だか、これだけ羅列されても、まだまだ横領犯は他にも居そうな気配ですなあ。こうした実態を十分に承知の上で、テレビ局などはしっかり腹を括って「募金」を呼び掛けて欲しいものですなあ。とかくの噂のある24時間マラソンを売り物にしている某局が、チャリティー飢饉から寄付をしていたようですが……。まともに人の善意が通じないような国が、本当に五輪大会などを開催するのでしょうか?