いまさらながらの原点回帰
あの世に聞いた、この世の仕組み
好物
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
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さて、前回のエントリに、沢山の書き込みをいただきましてありがとうございました。
こんなに沢山コメントをお寄せ頂けるとは思っていなかったので、少々戸惑っております。
皆さん色々な考えを書き込んでくれたのですが、僕がお話したかったのは、数名の方がお気付きの通り、「やれやれ、『もしも』のことをアレコレ考えたところで、いったい何になるっていうんだい(ベラっぽく、ちょっとサディスティックに)」ということなんですね。
考えたところで意味ないじゃん、だって「架空の話」なんだから。
ヾ( ̄Д ̄;≡; ̄Д ̄)ツ あ、いや、そんなに怒らないで!
「せっかく一生懸命考えて書き込みしたのに!意地悪で酷いヤツだ!」なんて感じになってるかも知れませんが、ホントに意地悪で酷いヤツなんで赦してやってください。
僕が前回の話の中で、皆さんに気づいてもらいたかったこと。
実は、「自我の好物」のことだったんです。
阿部敏郎さんもよくお話されるとおり、自我っていうのは僕たちの「思考」と密接に繋がっています。
もう、「自我=思考」って言ってもいいぐらいに。
だからこそ、昨今はとくに、思考を沈めることの大切さがあちこちで話題になっています。
小池龍之介さんの『考えない練習』なんかもベストセラーなわけですよ。(いいなぁ、27万部ですって)(←只今黒斎くんの自我フルスロットル)
だから、自我は考えることが大好きです。その中でも「もしも」は特に大好物。
そこに事実が存在していなくとも、あれこれ考えを巡らすことができるのですから。
「もしあの時ああしていたら」という後悔や、「こんな事になったら大変だ!」というシミュレーションといった「過去や未来への囚われ」。
「もしもいま、私にこんなことができたなら」という様なカタチで現れる「現状否定」。
それらはすべて、「実在しない世界」への囚われです。
色々な状況に「もしも」を当てはめて、自我は思考の世界に入って行きます。
そして、そうやって存在しないことに目を向けている間、本当に存在していることに目を向けることがおろそかになるわけです。
でもそれは、自我にとってみれば「してやったり!」な状況。
というのも、先日お話したとおり、自我は実在しない幻です。
ですから、僕たちがリアルな世界に関わりを求めると、自我にとっては一大事。
自分が存在できていない世界に目を向けられたら、自分が幻であることがバレてしまうかもしれません。
だからこそ、自我は休むことなく思考し続けようとします。
自我は、自分の存続を図って、僕たちをリアルな世界に向かわせないように働きかけます。
そして、自分独自の物語「私の人生」という思考の世界を紡ぎます。
その自我の特性がわかっていたら、自我を操るのは容易です。
「もしも○○だったら」という物語の要素を、自我に与えてください。
そしてその言葉の後に「よりよくなりますよ」だとか「大変なことになりますよ」というニュアンスが感じられるとよりベターです。
そのエサに説得力があるほど、自我は自動的に反応し、そのまま行動に移ってくれます。
ちょっと前に流行った、「オレオレ詐欺」なんていうのは、まさにこのロジックです。
逆に、その自我の自動反応から脱却するのであれば、思考から離れた世界を知ってください。
それはつまり、自我から離れた世界です。
実在する世界は、唯一、そこにあります。
と、いうことで、
僕の次回作は「もし高校野球の女子マネージャーが雲黒斎の『あの世に聞いた、この世の仕組み』を読んだら」という二番煎じで売りにかかりたいと思います。
【トークライブ・インフォメーション】
札幌では2度目のソロライブ。
いよいよ来週です!
◎11月23日(水・祝) 札幌ソロライブ
※携帯からお申し込みの方は【こちら】。
◎12月3日(土)阿雲の呼吸 in 東京
◎12月4日(日)阿雲の呼吸 in 大阪
第一部『EGO~偽の自分のメカニズム~』
第二部『他言無用の禁断トーク』
共に、お申し込みは、阿部さんのブログ「いまここ」からお願い致します。
←もしも押さなかったら、大変なことになりますよ(脅し)。でも、押すことができたなら、アナタの人生はよりよいものになりますよ(根拠の見えない提案)。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
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さて、前回のエントリに、沢山の書き込みをいただきましてありがとうございました。
こんなに沢山コメントをお寄せ頂けるとは思っていなかったので、少々戸惑っております。
皆さん色々な考えを書き込んでくれたのですが、僕がお話したかったのは、数名の方がお気付きの通り、「やれやれ、『もしも』のことをアレコレ考えたところで、いったい何になるっていうんだい(ベラっぽく、ちょっとサディスティックに)」ということなんですね。
考えたところで意味ないじゃん、だって「架空の話」なんだから。
ヾ( ̄Д ̄;≡; ̄Д ̄)ツ あ、いや、そんなに怒らないで!
「せっかく一生懸命考えて書き込みしたのに!意地悪で酷いヤツだ!」なんて感じになってるかも知れませんが、ホントに意地悪で酷いヤツなんで赦してやってください。
僕が前回の話の中で、皆さんに気づいてもらいたかったこと。
実は、「自我の好物」のことだったんです。
阿部敏郎さんもよくお話されるとおり、自我っていうのは僕たちの「思考」と密接に繋がっています。
もう、「自我=思考」って言ってもいいぐらいに。
だからこそ、昨今はとくに、思考を沈めることの大切さがあちこちで話題になっています。
小池龍之介さんの『考えない練習』なんかもベストセラーなわけですよ。(いいなぁ、27万部ですって)(←只今黒斎くんの自我フルスロットル)
だから、自我は考えることが大好きです。その中でも「もしも」は特に大好物。
そこに事実が存在していなくとも、あれこれ考えを巡らすことができるのですから。
「もしあの時ああしていたら」という後悔や、「こんな事になったら大変だ!」というシミュレーションといった「過去や未来への囚われ」。
「もしもいま、私にこんなことができたなら」という様なカタチで現れる「現状否定」。
それらはすべて、「実在しない世界」への囚われです。
色々な状況に「もしも」を当てはめて、自我は思考の世界に入って行きます。
そして、そうやって存在しないことに目を向けている間、本当に存在していることに目を向けることがおろそかになるわけです。
でもそれは、自我にとってみれば「してやったり!」な状況。
というのも、先日お話したとおり、自我は実在しない幻です。
ですから、僕たちがリアルな世界に関わりを求めると、自我にとっては一大事。
自分が存在できていない世界に目を向けられたら、自分が幻であることがバレてしまうかもしれません。
だからこそ、自我は休むことなく思考し続けようとします。
自我は、自分の存続を図って、僕たちをリアルな世界に向かわせないように働きかけます。
そして、自分独自の物語「私の人生」という思考の世界を紡ぎます。
その自我の特性がわかっていたら、自我を操るのは容易です。
「もしも○○だったら」という物語の要素を、自我に与えてください。
そしてその言葉の後に「よりよくなりますよ」だとか「大変なことになりますよ」というニュアンスが感じられるとよりベターです。
そのエサに説得力があるほど、自我は自動的に反応し、そのまま行動に移ってくれます。
ちょっと前に流行った、「オレオレ詐欺」なんていうのは、まさにこのロジックです。
逆に、その自我の自動反応から脱却するのであれば、思考から離れた世界を知ってください。
それはつまり、自我から離れた世界です。
実在する世界は、唯一、そこにあります。
と、いうことで、
僕の次回作は「もし高校野球の女子マネージャーが雲黒斎の『あの世に聞いた、この世の仕組み』を読んだら」という二番煎じで売りにかかりたいと思います。
【トークライブ・インフォメーション】
札幌では2度目のソロライブ。
いよいよ来週です!
◎11月23日(水・祝) 札幌ソロライブ
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◎12月3日(土)阿雲の呼吸 in 東京
◎12月4日(日)阿雲の呼吸 in 大阪
第一部『EGO~偽の自分のメカニズム~』
第二部『他言無用の禁断トーク』
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