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極楽飯店.48

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命とは、一体なんなのだろうか。

「おまえは今、生きているのか、死んでいるのか」

閻魔にそう問われて、頭がこんがらがった。それは、とても妙な気分になる不可解な問いだった。

当然のことながら、ここへ来る以前は、その問いを思い浮かべることさえなかった。

自分は生まれ、そして生きていると、当たり前に思っていたし、それを改めて思い直すこともないほど、なんの疑いも無かった。

が、しかし。一度人生を終えたはずの、いまのこの状態は、生きていると言えるのだろうか。改めてそう考えると、何とも言えないモヤモヤが胸の中に広がった。


死してもなおこうして自分が居るというこの不可解な状況下においてなお、「俺が死んだ」とするのなら、一体何が死んだことになるのだろう。

これまで、人はみな命を持っていて、それを失う事を「死」だと思っていた。漠然と、その命を保有できる存在を「生物」と捉えていた。「誰かや何か生物が死ぬ」というのは、目に見えぬその命が、消えて無くなる、そういうものだと思っていた。

神も幽霊も信じていなかった俺は、死後の世界など無く、死んだらそれまで、継続される何かなど存在するはずがないと思っていた。

が、今現在、消えて無くなると思っていたものが無くなっていない。だとしたら、これは「生きている」ということなのか……。

悶々と考えている中、ふと、この質問を白井はどう思っているのだろうかと気になった。

自ら命を絶ったのだから、俺以上に「自分が死んだ」という実感があるはずだ。

でもやはり、だからといってそれが「今、死んでいる」という実感にはなるわけではない。命がなくなり、何もかもが消失されているのなら、「死んでいる」と実感する自分そのものがないのだから。

死んだはずなのに死んでいない。

考えれば考えるほど、閻魔の言うとおり「ここが死だ」と言い切れる地点が見つからない。

「ね、死んでないでしょ。現にいま、こうして存在しているんだから。君たちはこれまで、『死』は『生(誕生)』の対局としてあると思っていたよね。『生』という<始まり>があって、『死』という<終わり>があるという、その考えがそもそもの誤りなんだ。『生』に対局はないんだよ。『死』は存在せず、『生』だけがリアル。つまり、命には<始まり>という起点そのものが無いんだ。わかるかな?」

……いや、わからない。

皆が皆、首をかしげて言葉にならない答えを示すと、閻魔は少し呆れた様な表情を見せて話を続けた。

「じゃぁ今度は、『生まれていない』って方に目を向けて考えてみるよ。いい? まずは、自分の実感・経験を振り返ってみて。当然のことながら『いま、生きている』という現在進行形の実感はあるよね。でも、『自分という命が生まれたことがある』っていう実感を、本当に持っている?そういう経験をしたことがあるって言える?」

それに答えたのは藪内だった。

「う~ん…、そりゃ『記憶にある』なんてことは言えないっスけど、それは俺たちが赤ん坊だった時のことだから当然のことなんじゃ…。でも、中にはそういう記憶を持っている人もいると思う。自分が母さんの腹から出た時の記憶があるって人がいるって、どっかで聞いた事ありますよ。いや、あくまで聞いた話っスけど」

「だからさぁ翔ちゃん。その記憶ってのも、『お腹から出てくるときの記憶』でしょ。『自分という命が誕生した時の記憶』じゃないもん」

「えっ?」

「僕が話してるのはさぁ、『出産』とか、そういう話じゃなくてさ、『個としての命の誕生』ってこと。出産イコール命の誕生じゃないよね。だって、お腹の中にいるときだって、既に命があるでしょ?お母さんの自覚とは別に、お腹蹴ったりしてるんだから」

「ってことは、なんて言うんでしたっけ。あれ、受精卵が子宮に届くときの…」

「もしかしたら『着床』のこと?それも違うよ。だって、受精卵は着床する前から細胞分裂を繰り返して子宮に向かうからね。細胞分裂しているってことは、それは既に『生きてる』ってことでしょ?」

「じゃ、受精の瞬間っスか?精子と卵子が結びついた時に、こう、ヒュッと…」

「ヒュッと、何が来るって言うの(笑)。仮にさ、精子と卵子が結びつくその時に、初めて命がヒュッと入るのだとしたら、それ以前に『命は無かった』ってことになるよね。ってことは、その精子と卵子に命はなかったってことでいい?精子も卵子も、生きていなかったってことでいい?」

「えっ?いや、そんなことは…」

「だよね。精子も生きていたし、卵子も生きていた。つまり、すでにそこに命はあるってことだよね」

「あ、はい…」

「だからさ、君たち一人一人に個別の命があるのだとしたら、おかしなことになると思わない?」

「えっ?」

「ここまで話してもまだわからないかな。こう考えてみてよ。精子の命と、卵子の命が別々にあるのだとしたら、それは誰の命なの? 精子の命は、お父さんの命?それとも、翔ちゃんの命? 卵子の命は、お母さんの命?それとも翔チャンの命?」

「いや…だから…、そん時は誰の命でもなく、精子の命は精子の命で、卵子の命は卵子の命で…」

「じゃぁ、その精子と卵子が結びついた結果としての翔ちゃんには、二つの命が宿ってるってこと?」

「え?」

「元々一つだった受精卵が、その後二つに分かれてしまう一卵性双生児の場合はどうなるの?命も二つに分割されちゃったってこと?」

「あ、えっと……」

「だからね、『個別の命がある』っていう概念自体が間違ってるんだ。『自分の命』だなんて、そんなものは最初から無いんだよ」




←こう、ヒュッと…。アナタの手で、このブログに命を吹き込んでください
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極楽飯店.47

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「ちょ、ちょっと待ってください!次のステージって、いくら何でも唐突すぎます……。その前に、いまの出来事がなんだったのか、それをまず説明してもらえないでしょうか」

目の前にあったご褒美を急に取り上げられた子供の様な目をした白井が慌てて質問した。

「大丈夫だよ。慌てない慌てない」

閻魔は口元をゆるませて白井にそう告げると、その説明こそが次のステージの要であると言う。

何も無い光の中に、全てがあった。全てがあったはずなのに、そこには自分すらいなかった。

言葉にすると意味がわからなくなる出来事を経験し、高揚と興奮が収まらない。

白井だけではない。全てを知り得たと感じられた矢先に、混乱の中に引き戻された俺たちは、そのギャップの大きさに躊躇わずにはいられなかった。

「君たちが今ここで体験したこと。それがなんだったのかを、これから説明していくよ。言葉だけを捉えると混乱の素になるから、言葉そのものよりも言葉と言葉にある『間』、そのニュアンスを掴んで誤解の無いように解釈してね。そして、これから君たちが理解していくことを、君たちそれぞれの表現方法に置き換えて人間界へ届けて欲しいってのが、さっき僕の言っていた『お願い』なんだ。それじゃあ早速はじめよう」

そして閻魔の右手がひらりと宙を舞うと、次の瞬間、その手のひらの上に、透明な三角柱が現れた。キラキラとクリアな輝きを放ちながらゆっくりと、不規則に回っている。

「じゃ、突然ですがここでクイズです。僕の手の上で回っているこれ、な~んだ? はい!正解は『プリズム』でした~♪」

唐突にクイズを出したかと思えば、俺たちが考える暇も与えず自ら答えてご満悦の閻魔。

空気を読まない、というよりも、どんな空気もお構いなしで繰り広げられるマイペースぶりを前にすると、俺たちの思考回路は一時停止して、奇妙なフリーズが出来上がる。

固まった俺たちの、喜怒哀楽のどれともつかぬ視線を浴びながら、閻魔の話は続いた。

「さっき君たちの前にあったドアはね、例えるならこのプリズムと同じ意味を持っていたんだ。一筋の光線をプリズムに通すと波長分割という無限の広がり、グラデーションが生まれるよね。君たちが今まで見てきた世界は、一度プリズムを通り、波長分割された光が投影された世界。そこには、一見様々な色(個性)が存在しているように見えるけど、その源をたどれば、ひとつの同じ光。



君たちはいま、その扉(プリズム)を逆行して光源へと戻ったんだ。

これまで君たちは大きな錯覚を抱え続けたまま生きてきた。それは、『分離』という名の錯覚。本当は一つの同じものなのにも関わらず、『自分と自分以外がある』という誤った感覚を持ち続けていたんだ。例えるなら、波長分割で生まれた色鮮やかなグラデーションの一部を切り取り、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と名前を付けているようなもの。

赤がタクちゃんで、橙が翔ちゃんで、黄色が坂もっちゃんで、緑がトモちゃんで、青がムネっちで……、そうやって、色の違いに名前を付けて、『赤と赤以外』、『黄色と緑は異なる別物』というレッテルを作り出しちゃう。

でもね……



境目のない、無限のグラデーションの中で、『赤』ってどこからどこまでのことだろうね。『黄色』ってどこからどこまでだろう。本当は、そんなものは無いよね。『いや、ここからここまでのことを<自分>と呼ぶんだ!』って決めたとしても、それはただの『定義』の問題。その定義は後付けで決めたものであって、それによって<自分>がグラデーションから除外されてしまうわけじゃない。

何かと対立するように存在する自己なんて、本当はそんなものはないんだ。存在の全てが、自分なんだからね。

その、本当は存在しない『分離』が有ると錯覚しているから、人間は本当の世界が見えなくなってるんだ。

自分が自分と対立・攻撃し合い、自分を自分で奪い合っているという馬鹿げたことに気づいていない。

あらゆる色が、一つの光から生まれる様に、存在の源はたった一つ。命は、その一つしか存在していない。

なのに、『自分と自分以外が存在する』という錯覚のせいで、その命さえも分割され、別々のものとして存在していると勘違いしてる。

君たち一人一人が、<個別の命>を持ったことなんて、一度もない。

だからね、『自分が生まれたことがある』というのも、ただの思い込みでしかないんだ。

生まれたことがないから、死ぬこともできない。生まれても死んでもいないから、生き返る事も、転生することもできない」

淡々と閻魔の話が続く中、その言葉を遮ったのは坂本だった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!今の話は、もしかしたら『不生不滅』のことじゃないか?そこんとこをもう少し説明してくれ。ずっと、その意味がわからなかったんだ」

「ふしょうふめつ? なんスか、それ」

藪内の質問に坂本は、般若心経に出てくる仏語で、「生じることも滅することもなく常住不変である」と説明すると共に、結局その言葉の意味するところが掴めないのだと答えた。

「坂もっちゃん、難しく考えすぎだよ。『不生不滅』、それは文字通り、生まれることも死ぬこともあり得ないって話さ。さっき言ったとおり、君たちは生まれたことも、死んだこともない。難しく考えることなく、シンプルに捉えてごらんよ。君たちはいつ生まれ、いつ死んだって言うの?」

「なんだって?」

「君たちはいま、生きてるの?死んでるの?」


←坂もっちゃんと一緒に考えてみよう。もしこれを読んでいるアナタに「個別の命」があるのだとしたら、その命はいつ、どこで生まれましたか?(あ。考えるのは、このボタンを押してからね)
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極楽飯店.46

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天国行きのドアが消えると、次いで残されたドアから光が溢れた。

「おかえりなさい。君たちの帰還を心から祝福します」

一体誰の声だったのか。

男とも女とも判別のつかない優しい声が頭いっぱいに響いたかと思うと、その瞬間、ドアの向こうから差し込む光が弾けるように強さを増した。

一筋の光線は瞬く間に広がり、俺たちと共に部屋全体を満たしていく。

あまりにも強烈な光に、目を開けて居られない。

反射的にまぶたを閉じ、その後もすぐに腕で目を覆ったのだが、どんなに抵抗しても光を遮ることが出来ず、そのまま真っ白な光に飲み込まれてしまった。

前後左右、どこを向いても白、白、白、白………。

壁も、床も、椅子も、天井も、メンバーも、閻魔も、音も、臭いも、重さも、そして自分自身の身体さえも、何一つ捉える事ができない。

一瞬にして、一欠片の影も見あたらない圧倒的な光に、あらゆるものが飲み込まれた。

いま自分が、座って居るのか、立っているのか、浮いているのかもわからない。

対象物が何一つ見あたらないから、距離感も掴めず、いま目の前に広がる白い光景が、「空間」と呼べるものかどうかも判断がつかない。

光以外何も存在しないそこで、ただただ圧倒されるという強烈な感覚だけが残されている。

「一体何が起こったんだ!?」声にならない叫びを上げると同時に「何も起こっていない」という答えに抱かれる。

そして、おびただしく流れ込む超絶的な理解の渦に、あらゆる疑問がその姿を消してしまった。

「そうか…、そうだ、そうだった!」


………


……





あ、あれ?


………


……





重く、暗い。


………


……





急に全てを飲み込んでいた光が弱まり、再び「自分」という感覚が蘇ってきた。と同時に、自分の身体がひどく重く、鈍く感じられる。

目の前にはつい先ほどまで見ていた小さな部屋と椅子。

その横では、手をひらひらさせて笑みを浮かべる閻魔がいた。

「やぁ、おかえりタクちゃん」

「い、今のは一体……。俺は、俺は……夢を見ていたのか?」

「あははは!夢だって!?なに言ってるの、その逆ぅ。現実の世界から、夢の世界に戻ってきたんだよ」

「……は?」


つい先ほどの、永遠とも一瞬とも言えぬ信じがたい体験が、上手く飲み込めない。明晰としか言いようのない感覚から、急に鈍重な世界へと引き戻され、頭が錯乱している。

一体何が現実で、何が夢なのか。

光の中で感じた感覚と、今の自分。たしかにどちらも自分だが、決定的に何かが違う。

その明らかな違いを感覚的には掴んでいるのだが、それを解釈しようとすると余計に混乱を呼んでしまう歯がゆさがあった。

周りをみると俺同様、呆然とした表情で目を覚ます、いや、閻魔曰く夢の世界へと戻ってくるメンバー達が居た。


「は~い。皆さんおかえり~♪久々の我が家はどうだった?サイコーだったでしょ。でしょ~」

この軽い言葉に、なんと答えればいいのか。いや、今はそれが軽くなくとも、答えようがわからない。

それでも閻魔は俺たちの様子など構うことなく、マイペースで話を続けた。

「さて、これを踏まえて、いよいよ次のステージに進むことにしよう!」



……つづく。




【イベントのお知らせ】

え~…。

すっかり報告が遅くなってしまいましたが、以前お話しておりましたイベントの受付が始まりましたのでお知らせさせていただきます。

まずは

4月29日(金・祝)、今回はとみなが夢駆さんまるの日圭さんからお誘いを受けまして、東京・北区王子にてチャリティーイベントを開催する運びとなりました。

午前10時30分開場、11時より開演、終了は16時30分頃を予定。トークライブとワークショップの2部構成でお送りいたします。

参加費はお一人様6,000円。(参加費の一部を震災の義援金として募金させていただきます)

お申し込みは「コチラ」のフォームから。

上記フォームへご記入の上送信いただきますと、自動返信で会場の場所、正式予約の方法などの内容を書きましたメールが届くようになっています。万が一届かないという場合は、まるの日圭さん(marunohicafe@gmail.com)へご連絡お願いします。

僕も未だ練習中で掴み切れていないヘミシンクの世界を、お二人がどのようにお話されるのか、僕も大変興味深い所です。


それともう一つは、お馴染み阿部敏郎さんとのコラボライブ「阿雲の呼吸」、5月14日(土)いよいよ札幌での開催です。イェイ。

今回は、僕と阿部さんを結びつけてくれた奇跡のキューピッド、オフィスブルームの花咲さんにご協力いただいての開催となります。

阿部さんのホームページではなく、「コチラ」の専用ページからお願い致します。


どちらもお席に限りがございますので、先着順での対応とさせていただきます。

沢山の皆様のご参加、心よりお待ちしております<(_ _ )>



←「おかえりなさい。君たちの帰還を心から感謝します」(最近クリックしていなかったな…というアナタも是非!)
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極楽飯店.45

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長い長い、冬休み&春休みが終わりました。


年明け早々の引っ越しと共に、竹彩さんは通い慣れた幼稚園から離れ、長らく友達の居ない見知らぬ地での生活を送っていたワケです。

「今日は何する?」「パパ、あそぼ~!」

札幌から離れることに特に不満はなさそうではありましたが、やはり元気いっぱい、パワーみなぎる竹彩さん。

毎日べったりと僕や妻にくっついて、休み無く「遊ぼう」と迫る姿を見ると、同世代の友達と遊べない毎日に、やはり物足りなさがあったんだろうなぁと、ひしひしと感じられていました。

そんな彼女も、昨日いよいよ小学校への入学を果たしまして、今朝も満面の笑みで登校して行きました。

多少の緊張はあるのかもしれませんが、親のこちらが拍子抜けするほど、彼女の姿に心配や不安という要素は見えません。

とにかく、新しい友達が欲しくて、遊びたくてウズウズ。

満開の桜並木の下を歩く、彼女の小さな後ろ姿が、とても頼もしく感じられました。

(T▽T。)竹彩さん、大きくなったねぇ。。。


……

あ、あぁ、ごめんなさい。またご挨拶が遅れてしまいました。

改めましてこんにちは。親バカです。


さて、そんなこんなで、「こんな機会もそうないだろうから」という言い訳を理由に、みっちり娘と過ごした春休みも終わり、ようやく我が家も彼女と一緒に新学期に突入です。

シャキーンと気持ちを入れ替えて、生活リズムを整えようっと。

なんやなんやで随分と休みがちになってしまったブログ更新も、しっかり取り戻す所存でございます( ̄Д ̄)ゞ


と、いうわけで。

お待たせしました、極楽飯店、再開致します。



………………



「天国ではなくこちらのドアを行く」と、白井と藪内が自分の決断を伝えると、一拍おいて坂本が閻魔に訊いた。

「ちょっと教えてくれ。『守護霊』ってのは一体なんなんだ。仏教の中には、そんなものはどこにも見あたらない。勿論、釈迦は解脱を説いていたが、それとこれはどう繋がる。あんたは輪廻の外に出ようと言うが、具体的には一体何が起こるというんだ?俺たちはそこで何をすればいい?人間を守るとか、救うとか、そういうことか?」

すると閻魔は違うと首を横に振り、「僕たちに他者は救えない。自分のことを救えるのは、唯一自分だけなんだ」と続けた。

「だってさ、坂もっちゃん。生前、僕に救われたって感じたことある?ないでしょ。残念だけどね、そういうことじゃない。救うとか救われるとか、そう言った話じゃなくてね、……むしろ救う者も救われる者も存在しない」

「どういうことか、さっぱりわからん……」

「だろうね。だからこそ、君たちはこうしてこの次元に留まっているんだ」

「この次元ってのは……、人間界のことか、それとも地獄のことか?」

坂本がそう聞き返すと、閻魔は「同じことだよ」と小さく笑った。

「ねぇ、坂もっちゃん。地獄って、どういうことかわかる?」

「……知らん。むしろこっちが訊きたいわい。なぜ俺が地獄に落とされなきゃならんのだ」

すると閻魔は空を仰ぎながら大げさに両手を広げて呆れて見せた。

ふぅ、と一つため息をつくと、じっと坂本を見つめながら「ほら、もう、そこからして間違ってる。誰も君を地獄に落としなんかしないよ。誰一人として、地獄に落とされた人なんていない。そうではなくて、自分で地獄を望み、選び、創りだしているんだ。『地獄』っていうのはね、自らの意志で幸せを遠ざけようとする馬鹿げた世界のことなんだよ」と優しく告げる。

「冗談じゃない!俺は地獄を選んでなどいない!!何だって自分を自分で苦しめなきゃならないっていうんだ!」

「そう、まさに、その無自覚さを、どうやって気づいてもらうかが、これからの君たちの仕事になるんだ」

「な、なんだって!?」

逆ギレ気味の姿勢で話を聞く坂本に、閻魔は真剣な眼差しで話し続けた。

「人間は自分のいる世界が、自ら作りだした幻影であることに気づいていないんだ。そして、その世界を現実のものと錯覚しているからこそ、僕たちの声に耳を傾けられる者は希だよ。つい先日まで君たちが僕の声に気づかなかったのと同じように、君たちの声を人間界に届けるのは容易じゃない。が、是非ともお願いしたい。これは、誰のためでもない。唯一、自分の為の仕事なんだ」

話を理解したのか、それとも閻魔の姿勢に納得したのかはわからないが、閻魔の話しが続くにつれ、徐々に坂本の表情は穏やかになり、無言でその言葉に耳を傾けるようになっていった。

「……う、うむ。……わかった。いや、正直わかったワケではないが、アンタの話には不思議な魅力がある。この先どうなるかも、何をするかも掴み切れんが、俺も白井と藪内同様、そっちのドアを選ぶことに賭けてみよう」

坂本のその答えを聞いて、閻魔が「ありがとう」と微笑むと、部屋の壁にあった天国行きのドアがスーッと音もなく消えていった。

「え!?なんで……。僕、まだ答えてないのに」

薄れていくドアを見ながら、田嶋がボソリと口にした。確かに、俺もまだ答えていない。

「だって、口にせずとも二人とも決めたんでしょ?そのドアには入らないって。だから消えたんだ」

閻魔はそう言うと嬉しそうな顔で田嶋と俺を眺めた。



←と、ここまで書いたところで、竹彩さんが元気に帰宅されました。早っ。
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