いまさらながらの原点回帰
あの世に聞いた、この世の仕組み
CM
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
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連載の途中ではありますが、ここで若干CMを。
僕の著書「あの世に聞いた、この世の仕組み」が、なんと、「App Store」に登場!
iPhone & iPadアプリになっちゃいました!!
電子書籍ですから価格も大幅お値下げ。
通常書籍版の半額、800円で本日よりダウンロード配信開始です。
お手持ちのiPhone、iPod touch、iPadで、24時間、365日、国内外を問わずご購入いただけます。
通常版との内容の違いは一カ所だけ。
JASRACの著作権がらみで、「アンパンマン」のコラム、1ページ分だけが掲載できなくなってしまいました。
それ以外は、通常版と同じものです。
ご購入をお考えだった方がいらっしゃいましたら、通常書籍版と合わせまして、電子書籍版の方も、どうぞよろしくお願い致します。
←いつも応援ありがとう!
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極楽飯店.26
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大きなワイパーがフロントガラスに打ち付ける雨をかき分けるその向こうを、田嶋は指差した。
そこに見えたのは、傘を差して街中を歩く人々。その往来の中に、ひときわ目を引く浮いた存在が一人いる。
この雨の中、傘も持たずに立ち止まっている女。バスの進行方向左側の歩道に立つ彼女は、大きな街路樹の下、傘の代わりに大きな板の様なものを頭の上に乗せて雨を避け、じっと車道を見つめていた。
白井はそれを確認すると、慌てて昨夜用意した紙を広げ、バスの外に向けて掲げる。
「見えないよ!」
紙で視界を塞がれた田嶋が、素早く席を立って外の様子を窺い直した。
「彼女で間違いないですよね?」
白井の肩に手を添えて田嶋がそう訊くと、白井は黙って頷いた。
バスは、あっという間に彼女に近づく。彼女がバスを見つけ、その中で手を振る俺たちに気づくと、雨を避けていた板を頭の上に立て、ボクシングの試合の合間に出てくるラウンドガールの様に掲げて見せた。
もちろんバスは、そこでスピードを落とすことも、停車することもない。我関せずといった態でしぶきを上げて彼女を横切り、そのままあけぼの台に向けて走り続ける。
俺は、小さくなっていく彼女の姿を目で追い続けながら、次に口にする言葉を必死で探していた。
この状況に対して、なんと言うのがふさわしいのかわからない。それ以前に、いま目の前で起きた出来事を、どう解釈するのが正しいのかが、わからなかった。
彼女は、俺たちのメッセージを受け取る前から、気持ちを察していたのだろう。彼女が掲げた板には、文字が書かれていた。
俺たちがスケッチブックにメッセージを書いたのと同じように、彼女は、ホワイトボードにメッセージを綴り、それを掲げて見せたのだ。そこまでは、誰から見ても明確。
が、問題はそのメッセージの内容だ。
しばしの沈黙のあと、口火を切ったのは坂本だった。
「……あれは、どういう意味だ?」
その質問に「諦めろ、と、いうことでしょうか……」と答えたのは藪内。
そのボードを見たのは一瞬のことだったが、それほど長くはない文章。多分、メンバーは皆、見逃すことなくそのメッセージを読むことが出来ただろう。
だからこそ、坂本はその意味を訊いている。
俺も、最初は自分の読み違いかと疑った。しかし、その言葉を受け入れられないでいるのは、坂本や藪内も同じようだ。
白井と田嶋はどう思っているのか。彼女の掲げたボードには、大きく《貴方に、自分の願いを叶える力はない》と書かれていた。
「だとしたら……、やりとりはこれで終わりか?」
坂本がそう続けると、横にいた田嶋が大きくかぶりを振った。
「おばあさんは、帰りも来てくれると思います。多分。いえ、確実に」
両手を口元で組み、いつになく聡明な目をしてそう言うと、田嶋は声を励ましてこう続けた。
「あれは、決して『諦めろ』ということじゃない。それに、僕たちとのやりとりを、これで終わらせるはずがありません」
「なぜそう言い切れる」
「坂本さんには見えませんでしたか?《貴方に、自分の願いを叶える力はない》と書かれていたその上に、小さく《気づくべき事 その1》とあったんです。『その1』ということは、『その2』があってしかるべきです。おばあさんは、僕らの帰り道にそれを見せてくれるはずです」
…つづく。
←貴方は、今日も押してくれると思います。多分。いや、確実に。
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大きなワイパーがフロントガラスに打ち付ける雨をかき分けるその向こうを、田嶋は指差した。
そこに見えたのは、傘を差して街中を歩く人々。その往来の中に、ひときわ目を引く浮いた存在が一人いる。
この雨の中、傘も持たずに立ち止まっている女。バスの進行方向左側の歩道に立つ彼女は、大きな街路樹の下、傘の代わりに大きな板の様なものを頭の上に乗せて雨を避け、じっと車道を見つめていた。
白井はそれを確認すると、慌てて昨夜用意した紙を広げ、バスの外に向けて掲げる。
「見えないよ!」
紙で視界を塞がれた田嶋が、素早く席を立って外の様子を窺い直した。
「彼女で間違いないですよね?」
白井の肩に手を添えて田嶋がそう訊くと、白井は黙って頷いた。
バスは、あっという間に彼女に近づく。彼女がバスを見つけ、その中で手を振る俺たちに気づくと、雨を避けていた板を頭の上に立て、ボクシングの試合の合間に出てくるラウンドガールの様に掲げて見せた。
もちろんバスは、そこでスピードを落とすことも、停車することもない。我関せずといった態でしぶきを上げて彼女を横切り、そのままあけぼの台に向けて走り続ける。
俺は、小さくなっていく彼女の姿を目で追い続けながら、次に口にする言葉を必死で探していた。
この状況に対して、なんと言うのがふさわしいのかわからない。それ以前に、いま目の前で起きた出来事を、どう解釈するのが正しいのかが、わからなかった。
彼女は、俺たちのメッセージを受け取る前から、気持ちを察していたのだろう。彼女が掲げた板には、文字が書かれていた。
俺たちがスケッチブックにメッセージを書いたのと同じように、彼女は、ホワイトボードにメッセージを綴り、それを掲げて見せたのだ。そこまでは、誰から見ても明確。
が、問題はそのメッセージの内容だ。
しばしの沈黙のあと、口火を切ったのは坂本だった。
「……あれは、どういう意味だ?」
その質問に「諦めろ、と、いうことでしょうか……」と答えたのは藪内。
そのボードを見たのは一瞬のことだったが、それほど長くはない文章。多分、メンバーは皆、見逃すことなくそのメッセージを読むことが出来ただろう。
だからこそ、坂本はその意味を訊いている。
俺も、最初は自分の読み違いかと疑った。しかし、その言葉を受け入れられないでいるのは、坂本や藪内も同じようだ。
白井と田嶋はどう思っているのか。彼女の掲げたボードには、大きく《貴方に、自分の願いを叶える力はない》と書かれていた。
「だとしたら……、やりとりはこれで終わりか?」
坂本がそう続けると、横にいた田嶋が大きくかぶりを振った。
「おばあさんは、帰りも来てくれると思います。多分。いえ、確実に」
両手を口元で組み、いつになく聡明な目をしてそう言うと、田嶋は声を励ましてこう続けた。
「あれは、決して『諦めろ』ということじゃない。それに、僕たちとのやりとりを、これで終わらせるはずがありません」
「なぜそう言い切れる」
「坂本さんには見えませんでしたか?《貴方に、自分の願いを叶える力はない》と書かれていたその上に、小さく《気づくべき事 その1》とあったんです。『その1』ということは、『その2』があってしかるべきです。おばあさんは、僕らの帰り道にそれを見せてくれるはずです」
…つづく。
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極楽飯店.25
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いくつもの宿舎が建ち並ぶ地獄のベッドタウンを抜け、前方にある山肌の様子がハッキリ見えてくると、徐々に道が少なくなっていく。交差点がなくなり、分かれ道が減る。トンネルが目前に迫るといよいよ一本道になり、そこからしばらくは信号機もなくなった。
バスが通ってきた道を振り返った時、景洛町から離れるにつれて収束していくその道の形状が、トーナメント戦で見る表のように配置されていることに気がついた。
徐々に道がなくなり、トンネルを抜けると、そこは景洛町の外。
まるで、「勝ち残り式トーナメント。優勝者には、副賞として自由が与えられます。それでは皆さん、天国目指して、張り切ってどうぞっ!」などと言われているような気がしないでもない。
この区画整理は、意図してデザインされたものなのか、はたまた、ただの偶然か。考えてはみたものの、そこから新たな発見があるわけではなかった。
とにかく、信号がなくなってから、ノンストップで山道を駆け抜けるバスに揺られるのが快感だった。妙に気持ちが急いているせいもあるのだろう。
名も知らぬ街のあの場所に、今日も白井の婆さんは立っているだろうか。一秒でも早く確かめたい。
つい昨日までは、特に無理をしてまで景洛町を出る事もなかろうと思っていた俺が、こうして、もしかしたら出られるかもしれないという状況を眼前にさらされると、いとも簡単に「出られるものならすぐにでも出たい」という衝動に駆られてしまっている。
確認のしようがないからわからないが、もしかしたら、俺の隣で目をキラキラさせている藪内と同じぐらい、今の俺も、期待に目を輝かせているかもしれないと思った。
ちょっとしたことでコロコロ変わる、曖昧な自分の気持ちが可笑しい。
こんなにも、期待に胸を膨らませて無邪気に高揚している。まるで、修学旅行のバスに乗っているかのような、幼い自分がいることに驚いた。
そんな自分を恥ずかしく思ったとき、心の奥に「そう易々と出られるものでもないだろう」と毒づく黒い影が現れた。どちらかと言えば、この影の方が自分にはなじみ深い。
……大丈夫だろうか
そう考えれば考えるほど影は存在感を増し、悲観的な言葉を連ねる。
「そんなに簡単に出られるものならば、何十年と景洛町に留まる者も、景洛駅に向かう者も、そう多くはないはずだ。それにこの天気、婆さんがいるかどうかもわからない。いたとしても、メッセージが届くかどうかもわからないぞ。まして、届いたところで、助け出せる術を持っているとは言えないじゃないか」
黒い影は最後に「大丈夫なワケないだろう。期待するだけ無駄だ」と、ケケケと舌を出して笑った。
そしてまた我に返り、影をかき消す。
一体俺は、一人で何をしてるのだろう……。自分の中で分裂する、色々な自分に呆れているうちに、バスはあの街へと入った。
すると、「昨日と同じルートだろうか。もしかすると別な道を通っているかもしれない。違う道を通られたら、あの場所で婆さんが待っていたとしても、出会うことはできない。こんなことなら、昨日のうちに、もっと街並みを見ておけば良かった」。そう言って、黒い影が、またもや姿を変えて顔を出した。
かき消せどかき消せど、表情を変えて現れる黒い影。そのしつこさに、いよいよ腹が立ってきた。が、同時に妙な気持ちになった。
俺は、一体誰に腹を立てている。……自分だ。
ならば、しつこくしなければいいじゃないか、俺。
いや、自分の思い通りにならないということは、これは俺じゃないのか?
……やはり昨日から何かおかしい。自分を俯瞰する自分に、ワケがわからなくなってくる。
そんな、混乱している俺を現実に引き戻したのは、田嶋の一言だった。
「いましたよ、あそこっ!あれ、多分おばあさんですっ!」
…つづく。
←総合一位目指して、張り切ってどうぞっ!
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いくつもの宿舎が建ち並ぶ地獄のベッドタウンを抜け、前方にある山肌の様子がハッキリ見えてくると、徐々に道が少なくなっていく。交差点がなくなり、分かれ道が減る。トンネルが目前に迫るといよいよ一本道になり、そこからしばらくは信号機もなくなった。
バスが通ってきた道を振り返った時、景洛町から離れるにつれて収束していくその道の形状が、トーナメント戦で見る表のように配置されていることに気がついた。
徐々に道がなくなり、トンネルを抜けると、そこは景洛町の外。
まるで、「勝ち残り式トーナメント。優勝者には、副賞として自由が与えられます。それでは皆さん、天国目指して、張り切ってどうぞっ!」などと言われているような気がしないでもない。
この区画整理は、意図してデザインされたものなのか、はたまた、ただの偶然か。考えてはみたものの、そこから新たな発見があるわけではなかった。
とにかく、信号がなくなってから、ノンストップで山道を駆け抜けるバスに揺られるのが快感だった。妙に気持ちが急いているせいもあるのだろう。
名も知らぬ街のあの場所に、今日も白井の婆さんは立っているだろうか。一秒でも早く確かめたい。
つい昨日までは、特に無理をしてまで景洛町を出る事もなかろうと思っていた俺が、こうして、もしかしたら出られるかもしれないという状況を眼前にさらされると、いとも簡単に「出られるものならすぐにでも出たい」という衝動に駆られてしまっている。
確認のしようがないからわからないが、もしかしたら、俺の隣で目をキラキラさせている藪内と同じぐらい、今の俺も、期待に目を輝かせているかもしれないと思った。
ちょっとしたことでコロコロ変わる、曖昧な自分の気持ちが可笑しい。
こんなにも、期待に胸を膨らませて無邪気に高揚している。まるで、修学旅行のバスに乗っているかのような、幼い自分がいることに驚いた。
そんな自分を恥ずかしく思ったとき、心の奥に「そう易々と出られるものでもないだろう」と毒づく黒い影が現れた。どちらかと言えば、この影の方が自分にはなじみ深い。
……大丈夫だろうか
そう考えれば考えるほど影は存在感を増し、悲観的な言葉を連ねる。
「そんなに簡単に出られるものならば、何十年と景洛町に留まる者も、景洛駅に向かう者も、そう多くはないはずだ。それにこの天気、婆さんがいるかどうかもわからない。いたとしても、メッセージが届くかどうかもわからないぞ。まして、届いたところで、助け出せる術を持っているとは言えないじゃないか」
黒い影は最後に「大丈夫なワケないだろう。期待するだけ無駄だ」と、ケケケと舌を出して笑った。
そしてまた我に返り、影をかき消す。
一体俺は、一人で何をしてるのだろう……。自分の中で分裂する、色々な自分に呆れているうちに、バスはあの街へと入った。
すると、「昨日と同じルートだろうか。もしかすると別な道を通っているかもしれない。違う道を通られたら、あの場所で婆さんが待っていたとしても、出会うことはできない。こんなことなら、昨日のうちに、もっと街並みを見ておけば良かった」。そう言って、黒い影が、またもや姿を変えて顔を出した。
かき消せどかき消せど、表情を変えて現れる黒い影。そのしつこさに、いよいよ腹が立ってきた。が、同時に妙な気持ちになった。
俺は、一体誰に腹を立てている。……自分だ。
ならば、しつこくしなければいいじゃないか、俺。
いや、自分の思い通りにならないということは、これは俺じゃないのか?
……やはり昨日から何かおかしい。自分を俯瞰する自分に、ワケがわからなくなってくる。
そんな、混乱している俺を現実に引き戻したのは、田嶋の一言だった。
「いましたよ、あそこっ!あれ、多分おばあさんですっ!」
…つづく。
←総合一位目指して、張り切ってどうぞっ!
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極楽飯店.24
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確認したワケではないが、きっと、他の部屋も同じだろう。
この宿舎では、部屋に備え付けられている時計に「AM 06:00」と表示されると、寝室とリビングのカーテンが自動的に開けられる。
出来るだけ長く寝ていたかったので、アラームは自分の意志で六時二十分に設定していたのだが、昨日の朝はそのベルを聞くこともなく、窓から差し込む光で目が覚めてしまった。
たった二十分程度ではあるのだが、予定していた時刻より早く起こされるのは少々不愉快だ。
自分で着る服を選ぶこともなく、強制的に与えられたつなぎを着るだけだし、特に身だしなみに時間をかけたいワケでもない。
朝食が用意されることも、新聞が届けられることもないから、集合までの時間を中途半端に持て余してしまうのだ。どうせ時間を余すのならば、五分でも多くベッドに入っていたかった。
明日は布団をかぶって眩しさを避けギリギリまで寝ていようと、アラームの設定を変える事なく眠ったのだが、今朝はそんな心配をすることもなく、ベルの音でようやく目が覚めた。
ベッドからもそもそと這い出て部屋を見ると、まだ暗い。
誤って早くベルが鳴ったのかと思い時計を見たが、黄緑色のデジタル表示は「AM 06:20」と映し出しているし、窓を見てもカーテンは開いている。
親指と人差し指で目頭を揉んでから窓を開けてみると、外は厚い雲に覆われた雨模様だった。
あの世にも雨は降るのか。
暢気にそんな事を思ったその後に、ふっとイヤな気持ちが表れた。
「この天気でも……」
そこまで言葉に出したところで、思った事が現実になっては困ると、その先を無理矢理かき消してみる。
ザッと簡単にシャワーを浴びて、つなぎを着た。
時刻は六時四十分。少し早いが、窓の外にバスが見えたので部屋を出ることにする。
まだ誰も来てはいないだろうと思っていたのだが、バスに入ってみると、藪内、坂本、田嶋、白井の四人だけが早々と座っていた。
「やっぱり、みんな気になってるみたいでね。バスが来る前からロビーでソワソワしてたよ」
白井はそう言うと、リレーのバトンみたいに丸めたあの紙を見せる。
しばらくすると、田嶋が貧乏ゆすりを始めた。バスが出発するまでの僅かな時間がじれったいのは、俺だけじゃないらしい。
「しばらく止みそうにねぇな」バスの中から灰色の空を見上げて坂本が言うと、続けて田嶋が「おばあさん、この雨でも来てくれますかね」と、俺が折角かき消した言葉を口にした。
「大丈夫だよ。……多分」
他の班の連中がぽつぽつとバスに乗り込んで来る中、白井が頼りない調子でそう呟く。
六時五十八分。最後の一人が乗り込み着席すると、バスは「ヴワァン」とクラクションを一つ鳴らして出発した。
…つづく。
←「ヴワァン」。希望を乗せて、出発進行!
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確認したワケではないが、きっと、他の部屋も同じだろう。
この宿舎では、部屋に備え付けられている時計に「AM 06:00」と表示されると、寝室とリビングのカーテンが自動的に開けられる。
出来るだけ長く寝ていたかったので、アラームは自分の意志で六時二十分に設定していたのだが、昨日の朝はそのベルを聞くこともなく、窓から差し込む光で目が覚めてしまった。
たった二十分程度ではあるのだが、予定していた時刻より早く起こされるのは少々不愉快だ。
自分で着る服を選ぶこともなく、強制的に与えられたつなぎを着るだけだし、特に身だしなみに時間をかけたいワケでもない。
朝食が用意されることも、新聞が届けられることもないから、集合までの時間を中途半端に持て余してしまうのだ。どうせ時間を余すのならば、五分でも多くベッドに入っていたかった。
明日は布団をかぶって眩しさを避けギリギリまで寝ていようと、アラームの設定を変える事なく眠ったのだが、今朝はそんな心配をすることもなく、ベルの音でようやく目が覚めた。
ベッドからもそもそと這い出て部屋を見ると、まだ暗い。
誤って早くベルが鳴ったのかと思い時計を見たが、黄緑色のデジタル表示は「AM 06:20」と映し出しているし、窓を見てもカーテンは開いている。
親指と人差し指で目頭を揉んでから窓を開けてみると、外は厚い雲に覆われた雨模様だった。
あの世にも雨は降るのか。
暢気にそんな事を思ったその後に、ふっとイヤな気持ちが表れた。
「この天気でも……」
そこまで言葉に出したところで、思った事が現実になっては困ると、その先を無理矢理かき消してみる。
ザッと簡単にシャワーを浴びて、つなぎを着た。
時刻は六時四十分。少し早いが、窓の外にバスが見えたので部屋を出ることにする。
まだ誰も来てはいないだろうと思っていたのだが、バスに入ってみると、藪内、坂本、田嶋、白井の四人だけが早々と座っていた。
「やっぱり、みんな気になってるみたいでね。バスが来る前からロビーでソワソワしてたよ」
白井はそう言うと、リレーのバトンみたいに丸めたあの紙を見せる。
しばらくすると、田嶋が貧乏ゆすりを始めた。バスが出発するまでの僅かな時間がじれったいのは、俺だけじゃないらしい。
「しばらく止みそうにねぇな」バスの中から灰色の空を見上げて坂本が言うと、続けて田嶋が「おばあさん、この雨でも来てくれますかね」と、俺が折角かき消した言葉を口にした。
「大丈夫だよ。……多分」
他の班の連中がぽつぽつとバスに乗り込んで来る中、白井が頼りない調子でそう呟く。
六時五十八分。最後の一人が乗り込み着席すると、バスは「ヴワァン」とクラクションを一つ鳴らして出発した。
…つづく。
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極楽飯店.23
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「TOMOYA TAJIMA」のプレートがつけられた1621号室は、俺の部屋と同じ作りだった。
海外のインテリア雑誌にでも載っていそうな洒落たリビングに、あまりにも不相応な肉体労働者の面々が、顔を向き合わせて集っているこの光景は、やはり異様だ。
ソファに向き合うようにして床に胡座をかいた坂本が、手元のヘルメットを拳でコツコツと叩きながら、ベッドルームに消えた田嶋に向かって早く本題に入れと急かす。
さすが元坊主。ヘルメットを叩く姿も、まるで木魚を打っているようで様になる。
部屋着に着替えた田嶋がリビングに戻りドタリと腰を下ろすと、「こないだセンタータワーで貰ってきたんです。これを使おうかと思って」と、テーブルに何冊かのスケッチブックを置いた。
坂本がその一つに手を伸ばしておもむろにページをめくると、童顔の癖にやけにデカイ胸を揺らした少女が淫靡な目つきで手招きするイラストやら、羊みたいな角とコウモリのような翼を生やした巨乳の悪魔が、自分の尻尾を舐め回しているイラストやらが次々に現れた。
「なんだこりゃ。……これで、何しようってんだよ」
坂本が鼻に皺を寄せて、あからさまに「趣味を疑う」といった表情を浮かべて田嶋に問う。
「ぼ、僕の絵は関係ないですよ!」
田嶋はそう言って坂本の手にしたスケッチブックを素早く取り上げると「使うのはこっちです」と、新品のスケッチブックを乱暴に広げた。
「で?」
坂本同様、鼻に皺を寄せた面々が田嶋の顔をのぞき込む。
「わからないですか?これにメッセージを書くんですよっ!それを、バスの中からおばあさんに見せるんです!」
田嶋はその場に立ち上がって、白紙のスケッチブックをバシバシと叩きながら力説する。
「作戦会議って、もしかして……、それだけっスか?」
藪内があきれ顔で言い捨てると、「他に何かいい方法があるって言うなら、言ってごらんなさいよ」と田嶋が顎の肉をプルプル震わせながら不服そうに口を尖らせた。本当なら眉間に青筋でも浮き出そうな顔をしているが、残念ながら血管は脂肪に埋もれて見えない。
「そうですよね。他にアイデアがあるわけでもないですし、やってみましょう」
白井がやんわりと田嶋の提案に応じる。
「さて、なんて書いたらいいですかね。田嶋君、ペンはありますか」
田嶋から極太のマジックを借りた白井は、キュッと歯の奥が痒くなる音を立てながらスケッチブックいっぱいに文字を走らせた。「遠くからでも見えるようにね」と言いながら同じ文字をなぞり、太く、力強くしていく。
《助けて》
口にはしていなかったが、黙々とスケッチブックに向かう白井からは「どうか、このメッセージが届きますように」という強い思いが感じられた。
「できました」
白井はそう言うと、「ジャラララ」と気持ちのいい音を立ててページをリングから離して玄関へ移動し、リビングにいる俺たちの方へ「どうでしょう」と掲げて見せた。
「ちゃんと読めますか?」
1621号室に、パチパチという拍手の音が響く。
手を打つ振動を感じているうちに、いつの間にかその音が焚き火の爆ぜる音のように聞こえていた。
気がつくと、本当に胸が熱くなっていた。
…つづく。
←長らくお待たせいたしました。
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「TOMOYA TAJIMA」のプレートがつけられた1621号室は、俺の部屋と同じ作りだった。
海外のインテリア雑誌にでも載っていそうな洒落たリビングに、あまりにも不相応な肉体労働者の面々が、顔を向き合わせて集っているこの光景は、やはり異様だ。
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さすが元坊主。ヘルメットを叩く姿も、まるで木魚を打っているようで様になる。
部屋着に着替えた田嶋がリビングに戻りドタリと腰を下ろすと、「こないだセンタータワーで貰ってきたんです。これを使おうかと思って」と、テーブルに何冊かのスケッチブックを置いた。
坂本がその一つに手を伸ばしておもむろにページをめくると、童顔の癖にやけにデカイ胸を揺らした少女が淫靡な目つきで手招きするイラストやら、羊みたいな角とコウモリのような翼を生やした巨乳の悪魔が、自分の尻尾を舐め回しているイラストやらが次々に現れた。
「なんだこりゃ。……これで、何しようってんだよ」
坂本が鼻に皺を寄せて、あからさまに「趣味を疑う」といった表情を浮かべて田嶋に問う。
「ぼ、僕の絵は関係ないですよ!」
田嶋はそう言って坂本の手にしたスケッチブックを素早く取り上げると「使うのはこっちです」と、新品のスケッチブックを乱暴に広げた。
「で?」
坂本同様、鼻に皺を寄せた面々が田嶋の顔をのぞき込む。
「わからないですか?これにメッセージを書くんですよっ!それを、バスの中からおばあさんに見せるんです!」
田嶋はその場に立ち上がって、白紙のスケッチブックをバシバシと叩きながら力説する。
「作戦会議って、もしかして……、それだけっスか?」
藪内があきれ顔で言い捨てると、「他に何かいい方法があるって言うなら、言ってごらんなさいよ」と田嶋が顎の肉をプルプル震わせながら不服そうに口を尖らせた。本当なら眉間に青筋でも浮き出そうな顔をしているが、残念ながら血管は脂肪に埋もれて見えない。
「そうですよね。他にアイデアがあるわけでもないですし、やってみましょう」
白井がやんわりと田嶋の提案に応じる。
「さて、なんて書いたらいいですかね。田嶋君、ペンはありますか」
田嶋から極太のマジックを借りた白井は、キュッと歯の奥が痒くなる音を立てながらスケッチブックいっぱいに文字を走らせた。「遠くからでも見えるようにね」と言いながら同じ文字をなぞり、太く、力強くしていく。
《助けて》
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「できました」
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手を打つ振動を感じているうちに、いつの間にかその音が焚き火の爆ぜる音のように聞こえていた。
気がつくと、本当に胸が熱くなっていた。
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