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極楽飯店.9

※初めての方はこちら「プロローグ」「このblogの趣旨」からお読みください。

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「み、峰岸さん、や、やっぱ俺、死んでるんですね…。こ、ここ、地獄なんすね…」

「どういう意味だ?」

「だ、だって…、あれ…」

藪内はそう言うと、バスの外に見える、工事現場の入り口を指差した。

「っ!?」

藪内が、震える指先で指し示すフェンスのその先には、バスから降りる者たちを迎入れるようにして、鬼がずらりと並んでいた。

とはいえそれは、俺がかつて聞いていた昔話に出てくるような姿ではない。角が生えているワケでも、虎柄のパンツを履いているワケでもなかった。

俺に地獄行きを告げた、あの閻魔と同じ種類の生き物だろうか。SWATの様な、仰々しい黒いプロテクターで身を固めた大男たちが、バスから降りる人間をじっと監視している。その手には、黒い金属バットのような警棒が握られていた。

「大丈夫、言われた通りにしていれば安全ですから。ほら、びびってないで、早く降りて!」

たじろぐ俺たちを見て、田嶋が早くバスを降りろと急かす。

ほかの古株のチームの面々は、何事もないように「おはようございます」と挨拶をしながら、次々とフェンスの中へと入っていく。

「ホントに大丈夫なんですか?」と不安げに質問する藪内に、「大丈夫ですって」と田嶋が笑って答える。

48班のメンバーがバスを出ると、フェンスの向こうから、教育係の山崎がやってきた。

「おはようございます。ここが皆さんの担当となる、あけぼの台公団住宅B棟の建築現場です。これから皆さんの業務エリアへご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

山崎はそう言うと、おもむろにヘルメットを被り直し、俺たちを引き連れて現場へと誘導する。

フェンスの向こう側には、既に進行中の建物の姿があった。機械音と金属音が鳴り響くなかを、山崎の誘導のままに歩いて行く。

しばらくして、大量の資材が積み上げられた場所に出ると、山崎はその歩みを止めて振り返り、「皆さんには、このエリアでの作業を担当していただきます。具体的な行程は、現場監督のビエルの指示に従ってください」と、資材の前で仁王立ちしている鬼を大声で紹介する。鬼は、何も言わずじろりと俺たちを見ると、無表情のままペコリと軽く会釈した。

その後、「工程表」と呼ばれるプラモデルの説明書の様な冊子を手渡され、各自の業務分担と作業内容を説明されると、心の準備もできていないうちに、いきなり作業は開始された。

言われるがまま、俺と藪内が指定された資材にチェーンを取り付けると、田嶋がそれを遠隔操作で動くクレーンのような機械で移動させ、すでに地面に開けられている穴の中に埋め込んでいく。資材が穴の中に入ると、白井と坂本が太いボルトの様なものを通して固定し、俺と藪内が先に取り付けたチェーンを外す。

ビエルとかいう鬼が、じっと俺たちを監視する中、そんな単調な作業を、ただ延々と繰り返すだけだった。時間と共に柱の様なものが組み上がって行くが、これが最終的に何になるのかさえ想像がつかない。俺はただ、言われるがまま、目の前にある工程表に書かれた「A-14」とか「B-27」とかいう記号を目で追って、資材に刻まれた同様の記号の場所にカラビナみたいな金具を通してチェーンを取り付けるだけだ。

田嶋以外は皆、自分が何をしているか分からない様子だったが、鬼の監視の目が怖いのか、俺同様、何も言わず黙々と作業を進めている。


と、突然現場にけたたましいサイレンの音が流れ、しばらくすると、さっきまで現場に溢れていた機械音や金属音がピタリと止んでいた。

あまりにも突然のことに、田嶋を除くメンバーは皆、ビクリと身を固めてフリーズしている。

「な、なんだ一体…」

坂本が思わず声を出すと、田嶋が機械の操作盤から離れニコニコしながら俺たちのところへ近づいてきた。

「大丈夫、いまのは休憩を知らせるサイレンですよ。メシの時間です」



…つづく。


←大丈夫、言われた通りにしていれば安全ですから。ほら、びびってないで、早く押して!
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極楽飯店.8

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朝。

あけぼの台へ向かう五号車は、教育係に急かされてエントランスを出る藪内を迎え入れると、予定より五分ほど遅れて出発した。

「す、すいません、寝坊しました…」

試合後のボクサーみたいに両まぶたをボッコリ腫らした藪内が、ペコペコとアタマを下げながら座席の背を伝いバスの後ろへと移動する。

「お、おはようございます…。あの、ここ、いいっすか?」

藪内が、俺の隣の席を指差す。

「いいも悪いも、ここしか空いてないだろう」

「そ、そうっすよね…」ペコリとアタマを下げて、俺の右に座る。

「すいません。寝坊しました」

「もう聞いたよ」

「あ、はい…、すいません。あ、あの、昨日は、説明の最中もやかましくしてて、すいませんでした」

藪内はそう言うと、照れくさそうにハハハと渇いた笑い声を出してアタマを掻いた。

「俺、藪内、藪内翔吾です」

「………」

「………。あ、あの、すいません。名前、教えてもらってもいいっすか」

「あ、あぁ。峰岸だ」

「峰岸さん、ですね。よろしくです。すいません、俺、名前覚えるの苦手で…。で、昨日も話し、全然ちゃんと聞けてなかったもんですから…」

「………」

「あ、あの…。俺、やっぱ死んでるんですかね?」

「あ?」

「い、いや、なんつーか、昨日から全然、死んだとか、信じられなくて…」

「俺もだ」

「そ、そうですよね……すいません」

「………。さっきから『すいません』ばかりだな」

「すいません……、あ、やべ、また…ハハ……」

「………」

「……………」

「……寝坊して、誰かに殴られたのか?」

「え?」

「その目」

「あ、あぁ、これっすか。いや、そんなんじゃないっす……。ずっと、泣いてたから、ですかね。気づいたら、こんなんになってました……ハハハ…」

「そうか」

「………。あ、あの。み、宮岸さんは……」

「峰岸だ」

「あ、すいません。峰岸さんは、えっと、後悔っていうか…、そういうの、ないんですか?」

「あ?」

「い、いや、すいません。なんか昨日から、すごく、冷静っていうか、なんか、動揺しているように見えなかったもんで……」

「………」

「あ、いや、俺なんか、自分が死んだとか、ずっと信じられなくて……。なんでバイク乗っちゃったんだろうとか、家族とか、彼女とか、今どうしてるんだろうとか、そういうこと考えたら、なんか、もう、参っちゃって……。なのに、峰岸さんは、ドンと構えてるっていうか、そんな風に見えたんで、なんか、すげーなって……すいません」

「………。動揺、してるよ」

「え?」

「俺も、動揺してるよ」

「そ、そうなんですか?全然そういう風にみえないけど…」

「耳が…なくなったんだ」

「え?」

「昨日、気づいたら、耳がなくなってた」

「え?み、耳って…、耳ですか?」

「ほかにどんな耳があるんだよ」

そう言って俺が顔の左側を見せると、藪内は言葉を失っていた。

「動揺したよ。結局、一睡もできなかった」

「な、なんで耳、なくなったんすか…?」

「知るかよ」

「………。い、痛いんですか?」

「いや、痛みはない。いつ無くなったのかさえ覚えていない。ただ、なくなってた」

「み、耳って、勝手になくなるもんなんですか?」

「そんなわけねーだろ」

「で、ですよね…」

が、俺の耳は、なぜか勝手になくなっていた。

「わけがわからない…」


その後しばらくして、バスはあけぼの台の建築現場へと到着した。



…つづく。


←い、いつも押してもらって…なんか、すいません。
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極楽飯店.7

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突然の坊主の訪問を切っ掛けに、また新たな疑問が生まれた。……この世界で、食事をする必要があるのだろうか。

人は、死んでもなお、腹が減るものなのか?

ここに来てから半日以上が過ぎているが、今現在、特に空腹感はない。もしかしたらもう、メシを食う必要そのものがないのではないだろうか。だって、死んでいるのだから…。

いや待て、そうなると、坊主が食い物を探していた理由がわからない。それに、ここにはトイレがある。俺はこの部屋に入り、確かに一度使用した。何も食わずに、排泄だけが行われるというのも納得がいかない。

「どういうことだ…」

そこで俺は、もう一度トイレに入り、用を足してみることにした。

やはり、ちゃんと小便は出る。そして前回同様、モニターでは俺の体重の測定結果が流れていた。

「測定完了 体重:62.9kg」

シュコッ、「尿検査実行中」…ピッピッ、「異常なし」

一連の流れは、俺の記憶どおりだった。

トイレを出て、洗面台で手を洗おうとすると、ハンドソープの隣にコップと歯ブラシセットが置かれているのに気がついた。

やはり、メシは食うのか…。だとしたら、どこで、どのように…。先ほど集会室で行われた説明でも、食事について話されていた記憶はない。聞き逃していたのだろうか。

何かヒントがあればと、俺はリビングに戻り、安達の置いていった「景洛町 生活のしおり」を広げてみた。

地図の中に、スーパーやコンビニエンスストアなどは見あたらない。それどころか、この町には、八百屋も、魚屋も、肉屋も、電気屋も、布団屋も、百貨店も…、ありとあらゆる物販店がなかった。

別なページの説明を見てみると、生活に必要な物資は、町の中央に建つセンタータワーへ受け取りに来いと書いてある。食料も、ここで供給されているのだろうか…。

しおりを読み進めていくと、そこには色々なことが書かれていた。ゴミの廃棄方法、洗濯の出し方、ルームクリーニングサービスの申請方法など、日常生活全般に関わるものから、各戸に提供されている設備・家電品の取り扱い方法、娯楽施設の紹介に至るまで、様々な情報が事細かに網羅されている。先ほど田嶋が説明していた「シティ・ランナー」の使用規定と操作方法も記載されていた。

「そうだ、包丁…」

田嶋の顔が浮かんで、部屋に戻ったら包丁を探そうとしていた事を思い出した。が、そうだ…。ここにはキッチンがない。

……まぁ、いいか。

そう思い直し、改めてしおりをめくっていると、しばらくして「景洛町 飲食店案内」というページが現れた。

「なんだ、メシはここで食うのか」

坊主に教えてやろうかとも思ったが、部屋を探すのも面倒だからやめた。

しおりに一通り目を通し終わると、いよいよアクビが出てきた。時計を見ると時刻は十時半過ぎ。少し早いが、軽くシャワーでも浴びて寝るとしよう。


肌を打つ、あたたかな刺激が気持ちいい。浴室にあるシャワーはパネル式で、上部・胸部・腹部・脚部、いろいろな位置に取り付けられた複数のノズルから湯を吹きだし、全身を優しくマッサージしてくれた。つくづくこの宿舎の設備の豪華さに感心させられる。やはり、人間界と比べると、ここはまさに天国のようだ。これから共に生活するメンバーに若干の不満は抱いたものの、ここで堅気の暮らしを試してみるのも悪くないと、本気で思えてきた。

すっかり上機嫌で、不似合いなハミングなどを口ずさみながら浴室を出る。洗面台の鏡の中には、しばらくご無沙汰だった柔らかい表情を浮かべる自分がいる。…が、何かおかしい。

濡れたアタマをバスタオルで拭きながら、よくよく鏡の中を見ていると、しばらくしてから、ようやくその異変に気がついた。

見慣れた自分の顔から、左の耳がなくなっている…。



…つづく。


←褒められて伸びるタイプです。
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極楽飯店.6

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バスから降りてくるオレンジ色の人の流れは、その行き先を2つに分けていた。

宿舎に戻るヤツもいれば、部屋に戻らず、そのまま町中へ向けて歩いて行くヤツもいる。

町へ向けて移動する者の中には、不思議な機械に乗って走り抜けていく者の姿も見えた。

「なんだありゃぁ」

それを見た坊主が思わず声を発した。

「シティ・ランナーですよ」と、デブが得意げに答えている。

「電動の立ち乗り二輪車です。セグウェイって知りませんか?体重移動で運転するんですけど、あれみたいなものですね。この町、結構広いんですよ。だから、遠方へ向かう時は、あれを使う人がほとんどなんです。ほら、あそこに駐車場が見えるでしょ。町中にはあれと同じような駐車ポイントが沢山あって、そこに置いてる空車は誰でも使えるんです。ようは、この町で僕たちが自由に使える、唯一の公共交通機関なんですよ。…じゃ、そういうことで、僕はこれにて失敬っ」

田嶋はそんな説明を一気に捲し立てると、ピッと雑な敬礼をして街中へ消えていった。

その顔の造形だけではなく、しゃべり方から仕草の一つ一つまで、いちいち腹が立つ。


気がつくと、茶髪と桃屋の姿はすでになかった。宿舎を出て行った様子は感じられなかったから、たぶん、早々と自分の部屋に戻ったのだろう。

残された坊主は、「わけがわからん」と相変わらずぶつくさ独り言をつぶやきながら困惑している。

エレベーターの到着を待っていると「あんたはどうする」と、坊主に声をかけられた。

「明日は言われた通りバスに乗るんかい?」

「ああ、そのつもりだ。俺もじいさん同様、何がなんだかわからない。今後何が起こるかなんて想像もつかないから、下手に動くよりは言われるがままにしてしばらく様子を見るのが得策だろう」

「駅に行くことは、考えていないのかね」

「その話を聞いた時は若干迷ったがね。が、生まれ直したところで、どうせまた死ぬんだろ。遅かれ早かれここに戻ってくることになると言うんだから、行っても意味がなさそうだ」

俺がそう答えると、坊主は口をへの字にしてうつむき、じっと何かを考えていた。


信じがたい出来事が立て続けに起きたからだろうか。部屋に戻り、リビングのソファに腰掛けると、どうしようもない脱力感に見舞われた。全身からどっと疲労が溢れ、身動きが取れない。その反面、妙に気が高ぶっているせいで眠れもしなかった。

それから1時間ほどが過ぎた頃だろうか。何をするでもなく、ただひたすらソファに寝転がっていると、インターホンが鳴った。油の切れたロボットみたいにギシギシ音を立てる身体を無理矢理起こし、リビングの入り口横についているモニターを見ると、玄関前に立つ坊主の姿が写っていた。

「一体なんの用だ」

そう言って俺が玄関のドアを開けると、坊主は開口一番「食い物があったらゆずってくれ」と言い出した。

「食い物?」

そう言われてみれば、ここへ来てからというもの、何も口にしていなかった。部屋の中で食料を見た覚えもない。

俺がぼーっとしていると、坊主は勝手に部屋に上がり込み、キョロキョロあたりを見回すと「やっぱり同じか」と言って舌打ちした。

坊主は振り返り、「ここには冷蔵庫もねぇんだよ」と、弱々しい目で俺を見る。

そう言われて再度部屋を確認すると、確かにどこにも見あたらない。この部屋には、食料や冷蔵庫どころか、キッチンそのものが無かった。

「それは気がつかなかったな…」

俺がアタマを掻いていると、坊主は「突然すまんかった」と言って、足早に俺の部屋を出て行った。



…つづく。


←峰岸の部屋を訪ねた、坂本さんになりきって「ピンポ~ン」
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極楽飯店.5

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「この町での生活を選択されるということでよろしければ、続いて集会室へご案内させていただきます」

「集会室?」

「はい、この宿舎の一階です。そこで、AKB48のメンバーをご紹介させていただきます。峰岸さま同様、つい先ほどこの宿舎へ到着した方がほとんどです」

女のその言葉の響きに反応して、俺のアタマはまた、パブロフの犬のように、秋葉原の歌姫達を映し出した。

狭いマンションの集会室の中で輪になって歌い踊る少女の群れ、そんな映像が勝手に巡る。

さほど興味もなかったのにも関わらず、たった5つの文字の羅列だけでそんな絵が浮かんでしまうのだから、垂れ流される情報の力は恐ろしい。

「いらっしゃいませ、おじさま♡」

集会室のドアを開いたとき、ホントにそんな少女達に迎入れられたらどうしようかなどと、勝手に暴走する自分の思考に笑えてきた。

つい先ほどあの世の門をくぐり、これからどうなるかも分からないこの状況においてもなお、そんなどうでもいいことしか浮かばない自分にあきれかえる。


エレベーターを降り、通路の先にある「集会室C(使用中)」のプレートが貼られた部屋の中に入ると、半円を描くように配置された椅子が5つ並び、そこには既に4人の男が座っていた。

その輪の中央には、胸元に「教育係 山崎」と書かれた名札をつけた、安達と同じ紺色のスーツを着た女が立っている。

「あなたで最後です。そこの空いている椅子に座ってください」

山崎にそう促された俺が椅子に腰掛けると、安達はペコリと一礼してそのまま退室した。

「ここからは、案内係にかわり、わたくし教育係の山崎が、ここでの生活についてご説明をさせていただきます」

女はそう言って、壁に取り付けられたスクリーンに説明画面を映し丁寧に話し出したが、その大半は先ほど安達の口から聞いていたものばかりだった。

今の俺には、その話の内容よりも、ここに座っている4人の男のことの方がよほど気になる。

建築現場に配属されるチームと聞いていたから、体格のいいガテン系のヤツばかりが集められているのだろうと想像していたのだが、ここにいる者にはなんの統一性も見られない。

ギュッと拳を握り、顔を真っ赤にしてすすり泣いている、秋刀魚みたいにテカったブルーとシルバーのスカジャンを着た茶髪小僧。

くたびれた灰色のスーツに黒縁の眼鏡を合わせた、桃屋のCMキャラクターを彷彿とさせるルックスの青白い中年オヤジ。

貧乏ゆすりを続け、妙に白い肌をポテポテと揺らす落ち着きのない二重あごのデブ。こいつだけは、なぜか既にあのオレンジ色のつなぎを着ている。

そして、特別異色を放っているのは、仰々しい袈裟をまとった坊主。ダライ・ラマ14世を、極端に下品にしたようなジジイだ。女が話をしている最中も、口をとがらせながら一人でブツブツと何かをつぶやいているが、念仏を唱えているようには思えない。

俺自身、人のことをどうこう言える人間ではないが、ここにいると自分が一番まともな人間に思えてくるから不思議だ。

これからこいつらと一緒に生活を送っていくことになるのかと考えると、先ほどまで抱いていた淡い期待が、徐々に薄らいでいった。まぁ、こいつらも俺同様、個別に部屋を割り当てられているのだろうから、現場での付き合いだけと割り切ればいいのかもしれないが。

町についての説明が一通り終わると、続いてメンバーの紹介となった。

自己紹介という形ではなく、女の口から、それぞれの名前や生前の職業、死因などが告げられていく。ご丁寧にも、スクリーンに生前の写真とともに、プロフィールが写し出された。


茶髪の兄ちゃんは藪内翔吾、19歳。

仲間と暴走族を気取ってバイクを乗り回しているうちに路上でこけ、そのまま縁石にアタマを強打。さほどスピードを出していたわけではないらしいが、ノーヘルだった為、簡単に頭蓋骨が割れてそのまま即死になったという。付き合っていた同い年の彼女はこいつの子を孕んでおり、結婚を間近に控えていたいう説明が女の口から出ると、いよいよ大声を出して泣きはじめた。生前は埼玉で鳶をしていたらしく、その経験があるので、このチームに振り分けられたそうだ。

桃屋のオヤジは白井宗雄、46歳。

建築資材の卸会社で営業をしていたが、その会社が不況の煽りを受けてあえなく倒産。職を求めてハローワークに通ったが雇ってくれる会社が長らく見つからず、数ヶ月後に甘い口車に乗って闇金に手を出したという。その後、膨大な借金と違法な取り立ての連続でノイローゼとなり、チープなビジネスホテルの一室で首を吊った。表情は暗いものの、どこかホッとしたような顔をしている。

下品な坊主は坂本竹蔵、64歳。

栃木にある妙孔寺という寺の住職らしい。ある葬式で読経をあげている最中に脳溢血でポックリ。葬式の最中に坊主が目の前で死ぬなんて、参列者もさぞビックリしただろうに。人騒がせなジジイだ。

「坊主が地獄送りとは笑えるな」

俺が思わず口を滑らすと、ジジイはその通りだと唾を飛ばしながら山崎に抗議を始めた。

口の両脇に白い泡を溜めながら、長らく仏道を歩んできた私がここにいるのはおかしい、何かの間違えだ、早く上の者を連れてこいと必死に訴えている。

聞けば、あの世の門で閻魔に地獄行きを告げられたにも関わらず、無視して天国行きのドアを通ってきたそうだ。同じところに出るとも知らずに、馬鹿なヤツだ。

どんな仏道を歩んできたんだかは知らないが、その必死の形相は悪質なクレーマーの姿と同じに見え、このジジイが地獄送りにされたのも妙に納得がいった。

その様子を見て思わず声を出して笑っていると、ジジイは怒りの矛先を変えて俺を睨みつけだしたが、山崎がプロジェクターの画面を切り替え、俺が極竜会の幹部だったことを話し出すと、急に弱々しく目を反らしやがった。

小刻みに揺れるデブは田嶋智弥、25歳。

死因は、急性心筋梗塞による突然死。イラストレーターらしい。が、プロとして活躍していたわけではなく、その作品のほとんどは萌え系で、仲間内で細々と立ち上げた、美少女ゲームの同人サークルでしか使われていなかったという。コンピューター操作に適応力があるという理由で、現場での機械オペレーションを任されることになった。ここへは3週間前にやってきたらしいが、当初配属されたチームの他のメンバーが、つい先ほどこいつを残して景洛駅へ向かったため、このチームに異動してきたそうだ。なるほど、それでこいつだけつなぎを着ていたのか。

改めて「コンピューター操作に非常に長けている」と女に紹介されると、ふふんと誇らしげに口元をニヤつかせた。その表情がなんとも気持ち悪く、腹立たしい。

ここへ来る前、安達にこの町の治安について質問したとき、彼女は「しかしながら、どのような理由で争いが起こるのでしょうか?」と言っていた。その話を聞いている最中は「確かにここで争いごとは生じないのかもしれない」などと思っていたが、その時の自分の思いは撤回する。

人には、「顔が気にくわない」という、ただそれだけの理由で殴りかかりたくなる衝動があることを、田嶋の顔を見て思い出した。

いや、正直に言えば、殴りかかりたいどころではなかった。

「こいつの耳を、ナイフでそぎ落としてやりたい」。俺は、目の前でニタつくデブを見てそう思っていた。

そこまでキレていたわけではないが、これ以上死ねないというこの世界において、もし耳を落としたら、その後どうなるのかという好奇心が生まれたのだ。そぎ落とした耳が勝手に元に戻るのか、それとも、新たな耳が生えてくるのか、はたまた、傷付けるというそのこと自体が不可能なのか。

そう考えると少しワクワクしてくる自分がいる。よし、部屋に戻ったら包丁を探そう。


教育係による、景洛町生活の説明とメンバーの紹介が終わり、「あけぼの台 公団住宅 B棟建設チーム 第48班」の5人が集会室から出されると、宿舎のエントランス前に、刑務を終えた者達を乗せたバスが次々と帰ってきていた。

山崎はそこを指差し、明日の朝7時にそこに見えるバスが迎えに来るので、時間厳守のうえ5号車に乗り込めと言い残すと、宿舎の隣にあるという「管理棟」へと帰って行った。

エントランスでは、6機並ぶエレベーター前の空間が、オレンジ色のつなぎを着た人の群れで、見る間に埋め尽くされていく。



…つづく。


←いらっしゃいませ、おじさま♡
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