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コデックス

どうも、永らく「黒斎」と自称していたので「黒澤」と名乗ることに若干の躊躇がある男です。こんにちは。

いやー、お陰様で『ラブ、安堵、ピース』に関しての反響を連日めっさ頂いております!

お手にとってくれた皆様、またレビューやご感想等を紹介してくれた皆様、本当にありがとうございます!

版元であります、アウルズ・エージェンシーさんにも、連日様々なお問い合わせの電話が入っておりまして、想像を上回る反響に驚いております。

そんな中、こんなお問い合わせが毎日のように寄せられております。

「あ、あの、先日『ラブ、安堵、ピース』を購入したのですが、背表紙が無くて糸が見えているのですが……」






その戸惑いのお気持ちは、わからなくもないのですが……

ご安心ください。不良品じゃ、ないです。

大事なことなのでもう一度言います。

不良品じゃないです。

あえてそのようなカタチの装丁としておりますので、何卒ご容赦を。


あまり見慣れない装丁だとは思いますが、これ、「コデックス装」と言います。

印刷・製本技術が発展した昨今ですと、一部の写真集や画集、デザイン書などでしか見ることのない装丁ですが、古代末期から伝わる由緒正しき製本スタイルです。

今回は『老子道徳経』というテーマだったため、その世界観を少しでも、ということでコデックス装にしてみました。

もちろん、この書が残された当時に、このような物があったわけではありません。

紙の発明・普及以前は、木や竹といったものが書写の材料として使われていました。

実際、時折出土される道徳経も、木簡・竹簡(木や竹の札を紐でまとめたもの)や、帛(きぬ)に記されたものだったりします。




簡(札)がバラバラにならないよう、紐でまとめ編む事を、「編集」と言います。

で、編まれた書を巻いたものを「一巻」、巻かずに束ねたものを「一冊」と言います。

本を数える時の単位「冊」は、この木簡を紐で束ねた「象形文字」なんですね。


おお! まさに、書籍の原点!

老子はいまなお謎の多い人物ですが、一説によれば、このような書写を管理する守蔵室の長、今で言うなら、国会図書館の館長のような役割だったとも伝えられています。

で、後世、紙が普及していき巻物が生まれ、巻物に代わって冊子写本(コデックス)が、印刷本が発明されるまでの間、流通しました。


この「写本」という流れも、老子の世界観にピタッと来たんですね。

と、言いますのも、「老子」は他の宗教の流れと根本的な違いがあるんです。

メッセージ性は仏教などと非常に親和性が高いのですが、その「伝わり方」がだいぶ違うんです。


皆様ご存じの通り、仏教やキリスト教などの宗教は、マスターから弟子への「口伝」を通して伝わってきました。

一方、老子は、その人物像さえ、おぼろげなまま。教えを説いていった記録が、まったくありません。

ただ一つ残された手がかりが「書」。

宗教が「口伝」で伝わってきたのに対し、道徳経は「写本」を通して脈々と書き継がれてきました。

「誰が説いたのか」ではなく、「何が示されているか」を大事にして残されたものです。

ちなみに、現在までに出土された道徳経は、すべて「写本」であって、オリジナルはいまだ発見されていません。


そのほか様々な、制作陣による「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ」という、松鶴家千とせチックな微妙こだわりを交えつつ、「コデックス装」と相成りました。

そういうわけでして、大事なことですので、繰り返させて頂きます。



不良品じゃないです。




【トークライブ・インフォメーション】

今週末は福岡へお伺いいたします!
今回は、東洋哲学の「基本のき」からドップリ「老子」の世界をお話いたします!

黒澤一樹(雲黒斎)ソロトークライブ in 福岡

【日時】12月4日(日)14:00~16:30(開場13:30)
【会場】天神クリスタルビル Bホール
    福岡市中央区天神4丁目6-7 (MAP
【料金】お一人様3,000円

詳細・お申し込みは『こちら』から
○主催/Be Here Now 常冨泰弘さま

*****

今年最後の『阿雲の呼吸』!
今回は「東洋哲学」をテーマに、阿部敏郎・雲黒斎それぞれのソロトークとコラボトークによる3部制でお送りいたします。

『阿雲スペシャル Part2』

【日時】12月18日(日)13:30~17:30(開場13:00)
【会場】KFC 2ndホール
    東京都墨田区横網一丁目6番1号国際ファッションセンタービル 2階 (MAP
【料金】お一人様4,500円+税

詳細・お申し込みは『こちら』から
○主催/いまここ塾さま

*****

12月の「平日のお話会」は、20日(火)名古屋、21日(水)大阪、26日(月)東京での開催を予定しております。
チケットのご購入や、事前予約等は不要です。当日、会場へ直接お越しください。

平日のお話会「でら☆月イチ」(名古屋開催)

【日時】12月20日(火)19:30〜21:30(開場19:00)
【会場】ウインクあいち 会議室906
    愛知県名古屋市中村区名駅4丁目4-38(MAP
【料金】お一人様2,500円

平日のお話会「月イチ☆WEST」(大阪開催)

【日時】12月21日(水)19:00〜21:00(開場18:30)
【会場】大阪産業創造館 研修室E
    大阪市中央区本町1-4-5(MAP
【料金】お一人様2,500円

平日のお話会「月イチ☆」(東京開催)

【日時】12月26日(月)19:30〜21:30(開場19:00)
【会場】三鷹産業プラザ7階 701会議室(エレベーターを出て右奥の会場です)
    東京都三鷹市下連雀3-38-4(MAP
【料金】お一人様2,000円

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←数千年後には、このブログも「USBメモリ」なんかで出土されたりするのかな?
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専門用語で苦笑い

「専門用語」というものは、どんなジャンルにも存在しますよね。

業界内においてなら、共通言語として成り立つとしても、その体系の中にいない者にとっては、さっぱり意味がわかりません。


<真のエクセレント・カンパニーを目指して>
今、IT業界は革命の時代に突入しています。
2000年初頭に起こったパラダイムシフトにより様々なキャズムが取り払われ、
各社のコアコンピタンスがコモディティ化された結果、先の見えない不況が我々の眼前に覆いかぶさってきています。
LIGは自社の強みでもあるファクトベースにおけるブルーオーシャン戦略、
いわゆるボトルネックを排除したベネフィット創出事業にフルコミットする事で、安定的な成長を続けています。



上記は今年の初め、「カタカナ英語が多すぎて何を言っているかわからない」と話題になった、ウェブ制作会社LIG代表・ 岩上貴洋さんの挨拶文の一部。

「ルー大柴かよ」「日本人同士なのに言葉が通じない恐怖を味わった」「さっぱり理解出来ないワードだらけ…」「読めない…(私がバカだからかな?)」「意識高い系語とかいう新種の言語」など、ネットで大きな反響を集め拡散されました。

もちろん、岩上さんにしてみれば、大きな注目を集め「してやったり」という気持ちもあるのでしょうが。

そのぐらい、この「通じなさ」がある種の「ネタ」として扱われています。


精神世界というカテゴリにも、とかく聞き慣れないカタカナ英語がモリモリ出てきますよね。


<真のワンネスを目指して>
今、社会は未曾有の混乱に突入しています。
2012年に起こったアセンションによっても様々なカルマは取り払われず、
人々のマインドがジャッジを繰り返す結果、先の見えない不安が我々の眼前に覆いかぶさってきています。
その中においても、ライトワーカーたちは存在の根底であるクオンタムフィールドにおけるヴォルテックス活用、
いわゆるマインドブロックを排除したワクワク創出をマスタリーする事で、安定的な成長を続けています。


こちらも、別な意味で「意識高い系」の振る舞いを見せています(苦笑)

「ルー大柴かよ」「日本人同士なのに言葉が通じない恐怖を味わった」「さっぱり理解出来ないワードだらけ…」「読めない…(私がバカだからかな?)」「意識高い系語とかいう新種の言語」といった違和感は、かつて僕が精神世界やスピリチュアルなどの本を手にした時と、さして代わらないのです。

僕も、いまだに「え?」と戸惑ってしまう本に出会うことも、決して少なくありません。

「文章のわかりずらさ」以前に、「用語」が理解できないため、読み進められないのです。

用語を平たくすれば、案外「へ?」って拍子抜けするぐらい、なんてことない内容だったりするんだけどね。

それでも「慣れ」というのは怖いもので、その体系の中に馴染んでいくと、そういった用語も何となくの雰囲気で身近に感じられていき、ついつい自分の口からも飛び出てくるようになってきて。


そんな反省なども踏まえつつ、今回の新刊ではできるだけ精神世界特有の用語を使わず、言葉を選びながらまとめてみました。

僕がお借りしているデスクの隣に席を構える橋詰さんに「編集・校閲」をお願いし、徹底的にダメ出しをいただきました。

「黒斎さん、ここの『ワンネス』と『カルマ』、アウトです。それと、ここの『ジャッジ』も、もっとわかりやすい表現にしてください」

「えーーー!?『ジャッジ』もダメなのーー?」

「これは、スピリチュアルじゃなくて、老子ですから。言葉の雰囲気に逃げちゃダメです」

「じゃ、ここの『マインド』もNG?」

「うーん、ギリギリ、セーフとしましょうか」

なんて感じのやりとりがしばらくの間続きまして、僕の中にある「専門用語癖」が再確認できた次第です^^;

いやはや、本当に言葉というのは難しいですね。


さて、そんな新刊の件。

本当にたくさんのご予約や応援のお言葉、また、SNSのシェアなど、ありがとうございます!

お陰様で、私はじめ制作陣の想像を遙かに上回るご予約をいただきまして、初版分がご予約で完売しそうな勢いとなり、先日急遽増刷の運びとなりました。

元々控えめな初版部数だったとはいえ、こうして発売を前に重版できましたのも、ひとえに皆様のお力添えのお陰です。

厚くお礼申し上げますとともに、今後とも引き続き応援のほど、よろしくお願いいたします!


発売を前に、結局何かとワタワタしてしまい、相変わらずブログの更新は鈍行ではありますが、それ以上の大ボリュームで「音声配信」をさせていただいております。

会員登録時だけではなく、最新話につきましては「毎週無料」でお聴きいただけますので、どうぞそちらもお楽しみください。

もちろん、会員登録も無料でございます。(登録についての疑問などがございましたら【こちら】をご参照ください)


《おまけ》

先に記載しました、岩上さんの挨拶を勝手に訳してみました。

<真の卓越した会社を目指して>
今、コンピュータの基礎・及び応用技術業界は、革命の時代に突入しています。
2000年初頭に起こった劇的な価値観の変化により、新技術の導入時における躊躇が取り払われ、
各社の強みが商品化された結果、先の見えない不況が我々の眼前に覆いかぶさってきています。
LIGは自社の強みでもある、事実に基づいた理論における「競合相手のいない戦略領域」、
いわゆる流量制限を排除した商品長所創出事業に全力で取り組み、安定的な成長を続けています。



うん、これはこれで難しいね(てへぺろ)←これもある種の専門用語か



【トークライブ・インフォメーション】

大阪、梅田蔦屋書店さんにて新刊の発売イベントが決定しました!

『ラブ、安堵、ピース』発売記念 黒澤一樹トークライブ

【日時】11月26 日(土)13:30~15:00(開場13:00)
【会場】梅田蔦屋書店 4thラウンジ
    大阪府大阪市北区梅田3-1-3 ルクア イーレ9F (MAP
【料金】お一人様1,500円

詳細・お申し込みは『こちら』から

*****

11月の「平日のお話会」は、24日(木)東京、25日(金)名古屋での開催を予定しております。
チケットのご購入や、事前予約等は不要です。当日、会場へ直接お越しください。

平日のお話会「月イチ☆」(東京開催)

【日時】11月24日(木)19:30〜21:30(開場19:00)
【会場】三鷹産業プラザ7階 701会議室(エレベーターを出て右奥の会場です)
    東京都三鷹市下連雀3-38-4(MAP
【料金】お一人様2,000円

平日のお話会「でら☆月イチ」(名古屋開催)

【日時】11月25日(金)19:30〜21:30(開場19:00)
【会場】ウインクあいち 会議室1204
    愛知県名古屋市中村区名駅4丁目4-38(MAP
【料金】お一人様2,500円

*****

12月は、福岡へお伺いいたします!
もちろん新刊もお持ちしますよ!

黒澤一樹(雲黒斎)ソロトークライブ in 福岡

【日時】12月4日(日)14:00~16:30(開場13:30)
【会場】天神クリスタルビル Bホール
    福岡市中央区天神4丁目6-7 (MAP
【料金】お一人様3,000円

詳細・お申し込みは『こちら』から
○主催/Be Here Now 常冨泰弘さま


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ラブ、安堵、ピース

プロローグ


なぜこうも人生は思い通りに進んでくれないのか。

よかれと思った選択の数々が、ことごとく裏目に出る──。

これまでの半生を反芻し、どうすればこんな目に遭わずにすんだのだろうと考えてみても、明確な答えは見つからない。

もとより、それが見つかったところで時すでに遅し。仮に原因がわかったとしても、過去に舞い戻ることはできないのだから、いま目の前にある現実が変わることなどないのだ。

「もしあの時、違う選択、別な行動をとっていたら……」と、どれだけ後悔の念を深めたところで、なんの解決にもならないとわかってはいるものの、その不毛な思考の繰り返しから逃れられずにいる。

陰湿な思考から、夢や希望といった明るいビジョンに切り替えようとしても、「別な国や別な時代に生まれていたら。奇跡を起こせたなら」といった、現実離れしたものばかりが浮かんでしまう。

その日も、尹喜(いんき)は槍を片手に門の前に突っ立ったまま、モヤモヤを募らせていた。

なによりこの「門番」という役職は暇である。

都の役所にいたときは何かと気を紛らわせてくれる忙しさもあったが、ここ、西の国境に建つ関所「函谷関」での仕事は特に暇だ。日がな一日突っ立っているだけで、正直、犬でも勤まるのではないかと思ってしまう。

門を破ろうとする者がいなければ本来の職務も果たしようがない。何をすることもなく、ただ立ち尽くすだけの毎日は、ある種の拷問のようですらあった。

もちろん、また大きな戦が始まるともなれば話は一変し、生きるか死ぬかの血なまぐさい状況に身を置くことになるのだから、それはそれで地獄だ。真っ平御免被りたい。

しかしだ。さすがにこの「なにも起こらない」という日々の中では、手柄のひとつも立てられることはなく、毎日のように稼ぎの少なさを責める、妻の悪態にうんざりするとともに、自分の不甲斐なさに打ちのめされていた。

人一倍志が高い分、理想と現実とのギャップに苛立ちが募った。

頑張っても頑張っても、一向に報われる気がしない。と言うか、いまさら何をどう頑張ればいいって言うんだ?


「よう! 憂鬱の国の王子様、今日はいったい何を思い悩んでおられるのかな?」

一時間も遅刻してきた同僚が、尹喜の肩に軽々しく手を添え声を掛けた。

「よくまぁ毎日毎日飽きもせず、そう鬱々とした表情でいられるな。今日の不満はなんだよ。金か? 女房か? それとも仕事か?」

「お前のそのヘラヘラした態度もだよ」という言葉をぐっと押しこらえ、尹喜は「全部だよ」と苦虫を噛みつぶしたような顔で答えた。

元をたどればどこからになるのだろう。かれこれこの三年ほどは、何ひとつ幸せな気持ちになれた記憶がない。いつのまにか人生の歯車はすっかり狂ってしまって、身の回りに起こるすべての出来事が、苛立ちや不満の対象でしかなくなっている。

「結局誰の人生だってそんなもんなんだよ。いいかげんにしてくんねぇかなぁ。お前のそういう表情みてると、こっちまで気分が悪くなってくる。笑顔とまでは言わないから、せめてその眉間の皺ぐらいは無くしてくれよ」

その言葉が、余計に尹喜の眉間にザックリと切れ込みを入れた。

「うるせえ! 他人事だと思って簡単に言うんじゃねーよ!」

「……んだとこの野郎! 人がせっかく相談に乗ってやろうとしてんのに逆ギレかよ!」

ほらまただ。日々鬱積したストレスが、ちょっとした拍子で破裂してしまう。一事が万事この調子で、すべてが崩れていく。

ほとほと自分に嫌気がさしているところに、ゴッという鈍い音がした。

一瞬のうちに尹喜の視線は流されて、気づけば目の前には地面が見えていた。左の頬にはジンジンとした熱さが、口の中には鉄の味が一気に広がる。

もう、殴り返す気力すらなかった。ただただ、どこにもぶつけることができない怒りと、抱えきれなくなった自己嫌悪の気持ちだけが尹喜の心にドロドロと押し寄せる。

「畜生ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!! 俺はいったい何の為に生きてるんだよ! 教えてくれよ! 人生っていったい何なんだよぉぉぉぉ!!!」

誰に聞いているわけでもない。尹喜は、額を地面にこすりつけながら、腹の底から悶えるように叫び続けた。


 * * *


「伯陽っ! 伯陽はおるか!?」

ズカズカと歩み入った男の大声が、静まりかえっていた図書館の壁を振るわせた。

筆を進めていた司書がビクリと跳ね、大声の主を見上げておずおずと答える。

「李先生なら、つい先日引退なされましたが……」

「なっ!? 引退っ!? まさか、職を捨てたというのか!?」

国が混乱しているこの最中に引退するとは何事ぞと、男は息巻きながら司書に詰め寄った。

「太師から要請があった。あの男の知恵が必要だ。一刻を争う、すぐに呼び戻せ!」

「し、しかしながら、先生はすでにお住まいも引き払われたと伺っております。呼び戻すにせよ、どこを尋ねればよいものかも……」

「家を引き払った?」

「なんでも、ご旅行に出られると」

「以前から掴み所のない爺だとは思っていたが、まさかこの一大事に暢気に旅に出ようとは」

男はあきれて大きくため息をついた。

「で、どこに?」

「いえ、特に目的地は定めておられなかったようです。ただ、西へ向けて放浪すると……」

司書が申し訳なさげに頭を下げ、小さな声で答えた。

「まったく……。しょうがない、それでは彼を連れ戻すよう、各関所に通達を出せ。姓は『李』、名は『耳』、字は『伯陽』または『耼(たん)』。のらりくらりとした、大きな耳が特徴の男だ。国の一大事につき、大至急見つけ出して帰還させよ、それなりの褒美も用意すると。念のため、西だけではなく、すべての関所に連絡をまわせ。ほれ、何をボーッとしている! さっさと通達を書いて馬を出さぬか!」

「か、かしこまりました!」


数日後、その通達は尹喜のもとへも届いた。

「李、伯陽……」

尹喜は通達を見ながら、どこかで聞いたことがあるような、と視線を虚空に泳がせながら記憶をたどる。
しばししてからハッと目を見開いた。

「守蔵室・図書館司書の李伯陽! もしや、噂に聞いた『老耼(ろうたん)』ではないか!?」

抜群に頭が切れ「まさに周の生き字引」と称される要人でありながら、出世や権威に興味がなく、前に出ることも嫌がるため、お上の連中も、時折「頼りたくても扱い切れぬあまのじゃく者」と囁かれている男。

なにより老耼の噂が広まった最大の理由は、誰もが幸せになれる、「道(タオ)」なる秘密の教えを知っているという話だ。

噂を聞いた連中は、是非ともその秘密を教えてくれと彼の元を尋ねるが、飄々と話をはぐらかしては核心を語らないという。

もしもこの通達にある「李伯陽」が老耼その人だとしたら、なるほど噂通りの変わり者だ。

「職も世も捨てての放浪の旅。そこにきて国から呼び戻されるってんだから、こりゃあ噂も本当だな」

彼が西へ旅立ったとなれば、ここを通る確率が一番高い。久々に訪れた、手柄を挙げる大チャンスに、尹喜の胸はドクンと跳ねた。

さて、どうやって引き留め連れ戻そうか──。

「そんなに頭の切れる変わり者じゃ、一筋縄ではいかないよなぁ」

尹喜が胸に妙なざわつきを抱いていたまさにその時、水牛にまたがったひとりの男が、函谷関を通り過ぎようとしていた。

「やあやあ、お役人さん、おつとめご苦労様。では、失礼いたしますよ」

「いや、おじさん、ちょっと待って!」

尹喜は慌てて男の行く手を妨げた。

「呼び止めてすみませんね、一応これも仕事なもので」

「どうなさいました?」

「いえ、ちょっとだけお伺いしたいことがありましてね。これからどちらへお出かけですか?」

「どちらへって言われてもねぇ……。特に決まってないんですよ。まぁ、自由気ままに、放浪の旅ってところです」

そらきた大当たり! あてのない旅に大きな耳、この飄々とした佇まいは間違いない「李伯陽」だ!

もう聞くまでもないのだが、と思いながら尹喜は尋ねた。

「すみませんが、お名前を伺えますか?」

尹喜の表情を見て、男は何かを察したのだろうか。「あれぇ?」なんて言いながら大げさに後ろを振り返ってこう続けた。

「名前、名前ねぇ。どうやらどっかに落っことしちゃったみたいだ」

思いも寄らない返答に尹喜は言葉を失い、あからさまに呆れてみせる。

「ああ、大丈夫、大丈夫。名前ぐらい落っことしてもなんてこたぁない。もとより世を捨て旅に出るんだ。もう使うこともないだろう」

そう言って男は笑ったが、「はいそうですか」と言うわけにはいかないと、尹喜は男にお達しを見せた。

「李先生、ですよね? 申し訳ありませんが、お戻りいただけますか? こうしてお達しが出てしまっている以上、わたしもそのままお通しするわけにはいかないのです」

男は尹喜が手渡した通達に目を通し終わると、頭を掻いて「見逃してくれないかな?」とかわいらしく伺いを立てた。

「そういうワケには参りません」

「いや、そこをなんとか。別に悪事を働いて指名手配を受けているわけじゃないんだからさ。お上はやたら知恵を貸せと言うわりに、てんで話を聞いちゃくれないんだ。連中の頭の固さと身勝手さは君もよく知っているだろう? ほら、僕はご覧の通りの老いぼれだ。残されたわずかな余生ぐらい、静かに過ごさせてはくれないかね」

そこからの伯陽の話はさすがだった。言葉少なでありながら理路整然と話を進め、あれよあれよという間に、すっかり尹喜の心を掴かみ、いよいよ「見逃してもいいか」なんて気持ちにさせてしまう。

たしかに彼の言うとおり、悪人を取り逃がすわけでもない。見逃したところで咎められるような証拠もない。

しかしだ、このまま彼を通してしまえば、せっかくの手柄がパーだ。みすみす褒美を逃してしまうのもまた忍ばれる。

どうしようかと尹喜が頭を悩ませていると、不意にひらめきが降りてきた。

少々小賢しい気もするが、ダメで元々、お願いするだけしてみようと、尹喜は男に話しかけた。

「李先生。先生のお気持ちはよくわかりました。僕も先生を通してあげたい。でもです……。先生が世を捨て国を出る前に、ひとつだけ、わたしの願いを叶えてはくださいませんか?」

「なんだい、その願いってのは?」

「無理を承知でお願いします。風の噂で聞きました。あなたは人生最大の秘密を知っていると。『道』という、究極の教えを説いていると。なにとぞ、わたしにその教えを書き残していってください」

尹喜が深々と頭を下げる中、伯陽は深く何かを考えるようにゆっくりまぶたを閉じると、「わかった」とだけ言い残してその場を去った。


その数日後、彼は五〇〇〇字余りの言葉で綴られた手紙だけを残して、どこかへと姿を消した。

時を遡ることおよそ二五〇〇年、古代中国は周の国でのお話 ──

この置き手紙こそが、現在もなお語り継がれる東洋哲学の巨人、老耼(老子)による『道徳経』である。


 * * * * *





大変長らくお待たせいたしました!

新刊の予約受付が始まり、ようやく情報公開できることになりました。


と、いうことで。本日は上記において、新刊のプロローグをそのまま転載させていただきました。

こんな感じで始まる本なのですが、いかがでしょう?

関心をお寄せいただけましたなら幸いです。


発売は、11月22日(火)なのですが、今回は一般的な書籍流通と、ちょっと違う形をとらせていただいているので、店頭に並ばないお店も多いと思います。

お手数をおかけしてしまいますが、お近くの書店さんで、入荷予定があるか聞いていただけると確実です。

もちろん、全国どこの書店さんでも、ご予約をいただけたら入荷してもらえますので、その場合は下記内容を書店員さんにお伝えください。


タイトル:『ラブ、安堵、ピース 東洋哲学の原点──超訳「老子道徳経」』
著者名:黒澤一樹
出版社:アウルズ・エージェンシー
ISBNコード:978-4-865380-58-3



また、通信販売につきましては、いまのところ「アマゾン」での予約受付が開始されております。

こちらでご予約いただければ、いち早くお手元にお届けできます。

アマゾンでのご予約は【こちら】から


応援のほど、なにとぞよろしくお願いいたします!!


【トークライブ・インフォメーション】

大阪、梅田蔦屋書店さんにて新刊の発売イベントが決定しました!

『ラブ、安堵、ピース』発売記念 黒澤一樹トークライブ

【日時】11月26 日(土)13:30~15:00(開場13:00)
【会場】梅田蔦屋書店 4thラウンジ
    大阪府大阪市北区梅田3-1-3 ルクア イーレ9F (MAP
【料金】お一人様1,500円

詳細・お申し込みは『こちら』から

*****

11月の「平日のお話会」は、24日(木)東京、25日(金)名古屋での開催を予定しております。
チケットのご購入や、事前予約等は不要です。当日、会場へ直接お越しください。

平日のお話会「月イチ☆」(東京開催)

【日時】11月24日(木)19:30〜21:30(開場19:00)
【会場】三鷹産業プラザ7階 701会議室(エレベーターを出て右奥の会場です)
    東京都三鷹市下連雀3-38-4(MAP
【料金】お一人様2,000円

平日のお話会「でら☆月イチ」(名古屋開催)

【日時】11月25日(金)19:30〜21:30(開場19:00)
【会場】ウインクあいち 会議室1204
    愛知県名古屋市中村区名駅4丁目4-38(MAP
【料金】お一人様2,500円

*****

12月は、福岡へお伺いいたします!
もちろん新刊もお持ちしますよ!

黒澤一樹(雲黒斎)ソロトークライブ in 福岡

【日時】12月4日(日)14:00~16:30(開場13:30)
【会場】天神クリスタルビル Bホール
    福岡市中央区天神4丁目6-7 (MAP
【料金】お一人様3,000円

詳細・お申し込みは『こちら』から
○主催/Be Here Now 常冨泰弘さま


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