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極楽飯店.42

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皆が閻魔から投げかけられた問いに頭をひねる中、最初に「あっ」と小さな声を漏らし目を大きく開いたのは藪内だった。

「全ての願いが叶う世界で求める、最後の望み……。それって、もしかしたら『思い通りにならない世界に行きたい』ってことじゃないっスか……」

すると閻魔は、パチパチと拍手をしながら嬉しそうにはしゃいだ。

「さっすが翔ちゃん!冴えてるじゃ~ん!!その通り、君たちは、そう願って天国から人間界に行くことを決めたんだ」

「そんな馬鹿な……」

信じられないといった表情でそう呟く坂本に視線を合わせて閻魔は話を続けた。

「ホント、馬鹿みたいだよね(笑)。でも、ホントにそうなんだ。君たちは望みが叶う世界に居ると『望みが叶いづらい世界』を、望みが叶いづらい世界に居ると、『望みが叶う世界』を望む。そして、自らの意志によって、その二つの世界を何度も何度も往復し続けているんだ。どう?君たちがマゾだって話、少しは納得できた?」

「何度も往復…、ですか?」

白井の声に、閻魔は小さく頷いて答えた。

「うん、何度も。彼なら知ってると思うよ、そのことが仏教でなんと伝えられているか。ねぇ、坂もっちゃん」

「……もしかしたら、そりゃ『六道』のことか?」

坂本の答えに閻魔はニコニコして頷いたが、俺を含む残りの四人には何が話されているのかさっぱりわからない。

「なんスか、ロクドウって…」

俺たちの気持ちを代弁してくれるかのように藪内が閻魔に尋ねたのだが、我先にとその答えを話し出したのは坂本だった。生き生きと目を輝かせながら、六道に関する知識を披露してくれたのだが、その説明はいまいちピンとくるものでは無い。

「聞いたことないのか?仏教に出てくる『六道輪廻』だよ。地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道、仏教において迷いある者が輪廻すると言われる六つの世界のことだ。地獄道ってのは生前犯した罪が重い者がその報いとして死後堕ちて苦しむ所と言われていてな、等活地獄・黒縄地獄・衆合地獄・叫喚地獄・大叫喚地獄・焦熱地獄・大焦熱地獄・阿鼻地獄の八つの……」

無駄に続くインチキっぽい説教にウンザリする俺たちを見て、閻魔はクスクスと笑いを堪えながら坂本の声を遮り話をまとめてくれた。

「とにかく、君たちはそういった苦悩と達成の世界を自分の意志でぐるぐると回り続けているんだ。つまりね、今君たちが願っている通り、このまま天国行ったとしても、いずれはまた別な世界に行くことを望み出してしまう。そして、最終的にはまたこの次元へと逆戻りだ。でも、もうそろそろ不毛さに気づいてそのループから出てもいいんじゃないかと思ってね。それでまぁ、天国ではなく、ここに来てもらったってワケなんだよ」

わかった様なわからない様な。閻魔の話をどう解釈すればいいのかと頭を整理している中、白井が上手い質問をしてくれた。

「いや、だとしたら…。地獄でも、天国でも、人間界でもないとすれば、それは一体……。私たちはこれからどうなるんですか?」

すると閻魔はニッと歯茎を見せて笑い、「うん、そこなんだ。みんなには、陰と陽を超えた次元を見てもらいたいと思ってね。で、それを踏まえて、実はお願いがあるんだ」と話を続ける。

「陰と陽を超えた次元って、それは一体……」

「『苦悩』と『達成』が描く螺旋を超えた、輪廻の外にある世界のことさ。そこへは、今の君たちからある一つの概念を消してしまうだけで簡単に行くことができる。さて、どうだろう。ここからは君たちの気持ち次第だ。予定通り、あらゆる願いが叶う世界へ向かうか、それとも輪廻のループを超えて、新たな次元へ飛び込むか。ねぇ、どっちを選ぶ?」



……つづく。



←黒斎の願い通り、ポイントが加算されるランキングページへ向かうか、それともリンクの束縛を超えて、新たなページへ飛び込むか。ねぇ、どっちを選ぶ?
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極楽飯店.41

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「とりあえずみんなに訊いておきたいんだけど、『天国』ってどんな所だと思ってる?」

閻魔の質問に、田嶋が答えた。

「そりゃぁ、幸せな所なんでしょ?」

「いや、だからね、その『幸せな所』って、どういう所だと思ってる?ってこと」

「え~っと。全ての願いが叶い、何不自由なく思い通りに生活できる所……、でしょうか」

田嶋のその答えを聞くと、閻魔は「どう?みんなもトモちゃんと同意見?」と、他のメンバーを見回した。

突然の投げかけに、どう答えればいいのかが浮かばない。「その質問にどんな裏があるのか」などと考えてしまい、うかつに答えるのが怖くなる自分がいた。

メンバーは困惑しつつも、お互いの顔色を窺いながら「とりあえず」と曖昧な素振りを残しつつ、おおむね同意であることを示した。

すると閻魔はニヤリと笑って頷き、一言「やっぱりね」と小さく呟く。

「だとしたら…。みんながこのまま天国に行ったとしても、いずれまたここへ戻ってくることになるよ。それもやはり、自分の意志でね」

「それは、どういう意味ですか?」

白井が恐る恐るといった表情でそう聞くと、閻魔はいたずらな笑みを浮かべて「だってほら。君たち、みんなマゾだから(笑)」と答える。

どう反応すればいいのかわからないでいる俺たちの前で、閻魔は一人ケラケラと肩を揺らして笑った。

「あははは…、はぁはぁはぁ…。あ、ごめんごめん。じゃあ、もう一つ大事な質問をしてみるね。みんなは人間界に行く前、どんな所にいたと思う?」

今度は、白井が答えた。

「もしかしたら…。景洛町、ですか?」

すると閻魔は指先を左右に揺らしながら、チッチと舌を鳴らす。

「残念でした~。違うんだな、景・洛・町・じゃ・ありまっせ~ん♪」

聞いた事もないメロディーに乗せて答える閻魔に、多少イラつきを覚えながらも訊いてみる。

「地獄じゃないなら、一体どこにいたと言うんだ」

「うん。君たちが言うところの『天国』にいたんだよ。それはつまり、さっきトモちゃんが言った、全ての望みが叶う世界のことね。君たちは、その世界から自らの意志で人間界に行ったんだよ。で、その後肉体を失って景洛町に来たってワケ。つまり、君たちは今、元々居た場所に戻ろうとしているってこと。だから僕はさっき言ったんだ。『みんながこのまま天国に行ったとしても、いずれまたここへ戻ってくることになるよ』って。ねぇ、ホントにそれでいい?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

俺は閻魔の話を遮り、思わず口を挟んでしまった。

「どうも話がわからない。皆が皆そうじゃないかもしれないが、俺にとって人間界はある意味地獄の様なものだった。だとしたら、なぜ俺は、わざわざ天国からそんな所に行こうなどと思ったと言うんだ」

「だから言ってるじゃない。君ら、マゾだからだって」

さっきほどとはうって変わり、閻魔は真顔でそう答えた。

「白井、ヤツらの話してる『マゾ』って一体なんのことだ」

ジジィにはわからない単語なのだろうか。俺の横では、坂本が口元に手を添えて小声で白井に助けを求めていた。

「マゾってのは、つまり、その…、精神的・肉体的苦痛を通して快楽を得る人種のことで……」

白井がそこまで説明すると、坂本はまた茹でたての蛸みたいに顔を赤くして泡を飛ばす。

「こ、この野郎!さっきから聞いてりゃ言いたい放題っ…、トコトン失礼なヤツだ!!」

「失礼って言われても、ホントのことだからなぁ…。坂もっちゃんさぁ、そうプリプリしないでちょっと考えてみてよ。きっと自分がマゾだってことに気づくから」

「な、なんだとぅ!?」

「あのね、想像してみて欲しいんだ。いや、むしろ『思い出す』って方が適切かな。とにかく、坂もっちゃんが居た天国のことをね、じっくり考えてみて。そこはどんな世界だろう。全ての望みが叶い、全ての欲求が思い通りになる世界って、一体どんな生活になるんだろう。そして、そんな世界で、自分は何を望むのだろうかと、そういう風に考えてみて欲しいんだ。ちなみに、藪っちはどう思う?」

「えっ!?お、俺っスか?」

話を急に振られて、藪内が一瞬狼狽える。

「い、いや、そうっスね。天国っスか……。思い通りの世界ってのはつまりその、好きな人に囲まれて、嫌いな人がいなくて、腹が減ったらすぐに食べられて、欲しい物があったらすぐに手にすることが出来て……」

「そうそう!その通り!君たちはまさにそういう世界の住人だったんだよ!だからこそ君たちは、人間界に行くことを選んだんだ」

そう声高らかに説明する閻魔の高いテンションも虚しく、俺たちの頭上には相変わらずクエスチョンマークが泳ぎっぱなしだ。

「いや、悪いが、やはりわからん。なんだってそんな世界に居たというのに、わざわざ人間界へ行くことを望んだと言うんだ」

すると閻魔は大げさに身体を揺らして「あ~~~~っ、もう!ホントに想像力が乏しいなぁ」と悶えて空を仰ぐ。

「あのね、よく考えて見てよ。全てが思い通りの世界なんだ!出来ないことなど何もない。ありとあらゆる欲求が、その場で叶う世界なんだ。まさに、君たちが人間界で憧れていた夢の世界だよ。ほら、もっとリアルに、もっとクリアに、そこで長らく生活している姿を想像してごらん。そして考えるんだ。そこで君たちは、最後に何を望む?」



……つづく。



←鞭を一振りする気持ちでパシッと。すると黒斎くんは、鞭に打たれた気持ちで喜びます。そう。それはやっぱりマゾだから。
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極楽飯店.40

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先日、八戸・博多・鹿児島のトークライブを終え、東京へと戻ってまいりました!

我ながら、「なんだってこんなスケジュール組みで挑んでしまったのか」という怒濤の移動でヘロヘロになっております(笑)

鹿児島のライブではちょっとだけお話しましたが、僕、疲れてないとどうも繋がりづらくてですね…。

今回も、まんまと雲さんにしてやられた感じでございます。

とはいえ、とても楽しいライブをさせていただきました。

今回初となる夢駆さんとのコラボでも、いつもの調子のマシンガントークになってしまったらしく…(←どうやら自覚がないようです)お陰様で満喫させていただきました(笑)

夢駆さんファンの皆様、大変失礼いたしました。<(_ _;)>

また、各会場に足をお運びいただきました皆様、改めてお礼させて頂きます。

楽しい会をありがとうございました。

僅かな時間ではありましたが、お楽しみいただけたなら幸いでございます。





はてさて、大変長らくお待たせいたしました。

無事お食事も終え、これでいよいよ地獄脱出かと思いきや、突如現れた謎の穴に吸い込まれたAKB48の面々。

彼らに、一体何が起こったのか。

極楽飯店、第40話でございます。


……


俺を乗せた椅子は、クルクルと何度か回転しながら下降すると、しばらくして回転を終え、そのままなだらかなカーブの坂をすべり落ち、やがて薄暗い地下室の様な場所にたどり着いた。

俺の横には、青い顔をした白井が、その向こうには、坂本と藪内の顔が見えた。皆、ぐったりとうなだれ椅子の背に身体をあずけている。

まもなく、俺たちの後を追うように田嶋が絶叫と共に滑り落ちてきた。

田嶋を乗せた椅子が俺たちの目の前まで来ると、クルリと半回転してその背を向け、そのままバックで俺の右側へとスライドしてきた。

「カチャン」と田嶋の椅子がレールから外れた音を立てると、薄暗かった部屋にまばゆい明かりが灯り、同時に俺たちの手足を固定していた金具が開く。

が、椅子から離れる者はいない。茫然自失として、その場に凍りついたままだった。


「一体、なんだってんだ…」

落ち着きを取り戻した坂本がそう小さく呟いたのは、ここに来てから数分が過ぎてからのこと。

白井の顔にも血の気が戻ると、皆はようやく椅子から腰を離し、よたよたと立ち上がった。

「ここは、一体どこなんでしょう…」

田嶋がキョロキョロと周りを見渡しながらそう聞いても、答えられる者などいない。

「天国……、ではなさそうだな……」

俺たちの目の前にあるのは、出入り口らしい物も見あたらない、四方が壁で囲まれた小さな空間。

そこにあるのは、俺たちが座っていた椅子だけだった。

なぜ、何もないこの場にいるのか。何のために、何をするためにここにいるのか……。

皆が途方に暮れているその時だった。

「やぁみんな、よく来たね。ま、立ち話もなんだから、座って座って」

突然の声に、全身が硬直した。

一体どこから入ったのか。その声の方に顔を向けると、優しい笑みを浮かべる鬼がいた。

鬼は、俺と目が合うと「やぁ、タクちゃん」と言いながらにこりと口元を緩めた。

そして視線をずらすと、メンバーそれぞれの表情を確認して「皆さんも、おひさしぶり~♪」と愛想を振りまく。

「お、お前は……」

坂本が顔を引きつらせてそう言うと、鬼は「あ、うれしいなぁ~。覚えていてくれました?そうそう、僕」と、人差し指をその鼻に向けた。

俺たちの前には、この世界にきて初めて見た人間以外の生き物、あの世の門で出会った閻魔がいた。

「まずは、ファーストステージクリアおめでとうございます。皆さんは、皆さんの願い通り、自由獲得に向けての第一歩を踏み出しました。わ~!おめでと~!パチパチパチ……。ただ、残念なことにまだ大切なことに気づけていないんだよね~。なので、天国に戻る前にお話しておかなきゃと思って」

この世界に来てからというもの、想定外の展開は何度も遭遇してきたが、それでもやはり、慣れるというものではない。

今、目の前で起きていることも、閻魔が口にしている言葉の意味も上手く飲み込めずにいた。

それはどうやら、俺だけではないらしい。俺が質問をする前に、田嶋が先に口を開いた。

「ファ、ファーストステージ?……ということはつまり、まだ先があると?極楽飯店を出たら、天国にいけるんじゃないんですか?」

「??? 誰がそんなことを?」

閻魔がそう訊くと、田嶋は無言で坂本を指差した。

「どこで聞いた話かはしらないけど、自分でも経験の無いものをそれらしく語るのはよくないね。坂もっちゃんは、これまでも結構そういうこと、してたでしょ。仏壇に手を合わせないから先祖が泣いてるぞだとか、寺への寄付で徳が積めるだの、信仰心をお布施の額で表現しろだの、檀家さんにアレコレ言って回ってね。まぁ、そういうこと鵜呑みにする方もなんだけど、聞きかじりの情報を自分勝手に解釈して人に迷惑かけるのは、あまり褒められるものではないね」

「な、なんだとぅ!」

閻魔の一言に、坂本が顔を真っ赤にして答える。

「な、なにか、私を、そこらのエセ新興宗教の輩などと同じだとでも言うのか!私がどれだけ真摯に仏道をあゆんできたかを、お前は知らんだろうが!」

「真摯だろうが、不真面目だろうが、そんなの関係ないよ。どの道、坂もっちゃんは、ただの宗教オタクだもん」

「もっぺん言ってみろこの野郎!」

目の前の鬼以上に鬼の形相で迫る坂本を、白井がまぁまぁとなだめる。

坂本には悪いが、閻魔の一言が気持ちよく、笑いと共に先ほどまでの緊張が吹き飛んだ。

「それはともかく、私たちは、やはり天国には行けないってことなんですね?」

両の手で坂本を押さえつつ、白井が話しを進めると、閻魔は意外な答えを口にした。

「いや、行けないってことじゃないの。そうじゃなくてね、一応確認しておこうと思って」

「確認?何を?」と、田嶋。

「うん。行きたいなら行きたいでいいんだけど、ホントにそれでいいのかなって」

「どういうことっスか?」

「あのね、もう随分前のことだから、みんな忘れちゃってると思うんだけど、君たちが天国にいないのは、君たち自身が望んだ結果なものだから……」

「まさか!僕たちはそんなこと望んでなんかいませんよ!」

「いや、う~ん……。困ったな。やっぱりそこから話さないとダメかぁ」

すると閻魔は、「立ち話を続けるのもなんだから」と俺たちを椅子に座らせてから話しを続けた。



……つづく。



←うん。押さないなら押さないでいいんだけど、ホントにそれでいいのかなって
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極楽飯店.39

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まず先に、俺がはやる気持ちを抑えて、ターンテーブルの上の取り皿と料理の横に添えられた赤い取り箸に手を伸ばした。

手にしてからしばし様子を窺ったが、箸が伸びる様子はない。

「……取り箸、だからですかね?」白井がずり落ちた眼鏡を直しながら言う。

それを聞いた藪内が「なら、その箸で食べちゃえば簡単なんじゃ……」と続けたが、それではテーブルマナーに反すると田嶋が制した。

たしかに、ここは田嶋の忠告を素直に聞いておくべきだろう。

とりあえず、一番手前にあった棒々鶏から自分の分を取り分けて、箸を皿に戻した。

「料理を取り分けるのは、問題なさそうだな」

坂本が小声でそう言うと、メンバーは無言で頷き、各々が取り皿を手に取り料理を小分けしていく。

ターンテーブルが回る度に、目の前に小分けされた料理の数が増えてゆく。誰もが溢れる涎を押さえながら黙々と作業を続けると、いよいよ準備が整った。

坂本がゴクリと一つ喉仏を上下させたのを合図に、俺は目の前にある箸に手を伸ばした。

藪内が触ったとき同様しゅるりと伸びる。なるほど、やはりこの長い箸では、それを直接口にするどころか、手元の料理を掴むことさえできない。

坂本は躊躇することなく「はやく喰わせろ」と、母に餌を乞う雛鳥のように口を開けて海老の乗った小皿を掲げた。

が、箸は想像以上に使い勝手が悪い。二本の箸が交差して空を舞い、うまく料理を掴むことができないのだ。ようやく掴めたかと思っても、すぐにポトリと滑り落ちてしまう。

「あーー、もう!何をしている!」

「いや、別に意地悪をしているつもりはないのだが、この箸はどうにも……、くっ」

何度目かにしてようやく一つ持ち上げると、坂本はすかさず顔を寄せて海老に食らいついた。まぶたを伏せ、大げさに顎を動かして噛みしめる。もういいだろうと思えるほど何度も噛みしめてから飲み込むと、坂本は目尻にうっすらと涙を浮かべて「幼虫じゃねぇぞ、本物の海老だ」と笑って見せた。

「鬼も、現れることは無かったですね。問題なく食べられそうです」

白井がそう言うと、皆も箸を持ち、同じようにお互いの口へ料理を運んだ。食事が進むと、テーブルの上で互いの箸が交差し、綺麗な五芒星を描く。ふと、この店の入り口に下げられていた提灯のマークが思い出された。

五人が揃わないと入れない。そして、互いに食べさせることができなければ、料理を口にすることができない店。

もしかしたら、あのマークにはそんな意味が込められていたのかも知れないなどという思いが一瞬頭をよぎった。



夢中で食べたせいだろうか。扱いづらい箸と格闘しながらも、三十分もするとテーブルの上の料理は綺麗に無くなった。

食事を終えると、皆、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていた。満たされたのは、空腹感だけではない。「ごちそうさま」と同時に「ありがとう」という感謝の念でいっぱいになり、ありとあらゆる欠乏感が無くなっている。

ただただ至福の中に身を委ね、食後の余韻を味わっていた。

と、その時だった。

「ウーーー!ウーーー!」

突然個室の照明が消え真っ暗になったかと思うと、続いて壁から青いパトランプが現れサイレンが鳴った。

「な、なんすかこれ!!」藪内がキョロキョロしながら叫ぶ。

「まさか、私たち、何か間違ったことでもしたのでしょうか!?」藪内の動揺が白井に伝染した。

サイレンが鳴り終わると、続いて女の声のアナウンスが流れた。

『エーケービー フォーティーエイト、ファーストステージをクリアしました。エーケービー フォーティーエイト、ファーストステージをクリアしました』

足下から「ガチャリ」という金属音が聞こえたかと思うと、金属の輪で手と足が椅子に固定された。

「っ!」坂本が声にならない叫びを上げる。見ると、他のメンバーも俺同様椅子に固定され目を丸くしていた。

「なんなんだ、一体!」

俺たちの動揺をよそに、個室の様子が瞬く間におかしくなってゆく。

頭の上に一筋の光が現れたかと思うと、大きく両側にスライドして天井が開きだした。そこから光の柱が現れると、目の前にあったテーブルが宙に浮かび、そのまま吸い込まれるように天井の中に格納され、再び閉じる。

続いて「ブーーン」という音と共に、テーブルがあるはずの床に大きな穴が開く。青白い光の中に、螺旋を描いて下へと続くレールのようなものが伸びていた。

『ガチャン!』

「う、うわーーー!」

藪内の座る椅子が金属音と共に前にせり出したかと思うと、そのままレールに沿って穴の中にすべり落ちていった。

「な、な、な、な…、うわーーー!」

藪内が見えなくなると、次いで、もがく坂本が、それに続いて白井が穴の中へと落ちてゆく。

……グンッ!

ジェットコースターの出発時の様な衝撃を感じると、今度は俺の椅子が前へと移動し、カチャリとレールに接続される。気がつくと「ふわっ」という気持ちの悪い感覚と共に、俺は穴の中へと滑り落ちていった。



……つづく



←これを押すと、峰岸に続いて田嶋君が落ちていきます。さぁ、スイッチ・オン!
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極楽飯店.38

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「いらっしゃいませお待ちしておりました。さっそくお席へご案内させていただきます」

店に入るや否や、チャイナドレスに身を包んだ美女が現れ、俺たちは店の奥へと案内された。

漆塗りのようなツルリとした質感で輝く黒い壁に金箔の装飾を張り巡らした細い廊下を一列になって進むと、通路を曲がった先にいくつかの個室の入り口が見えた。空っぽの個室を四つ通り過ぎ、五つ目の個室へと通される。

赤と白の壁に大きな書が掲げられた「いかにも」といった内装に、真っ白いテーブルクロスがかけられた円卓。その中央にある赤いターンテーブルには「RESERVED」の札が輝いていた。

メンバーが皆席に着くのを確認すると、チャイナドレスは何も言わずにぺこりと一礼だけして部屋を出た。

ぴしゃりと入り口を閉じられたとたん、それまでかすかに聞こえていた調理場の音が消え、個室の中はしんと静まり返った。

「どうだ?お前が行った店と同じ感じか?」

坂本のしゃがれ声が、ぽかんと口を開けた田嶋に向けられる。

「い、いや、それが……。全然違うんです……。僕が行った店は、大衆店って感じで、こんなに高級そうじゃなかったし、なにより出迎えてくれた店員があんな綺麗なお姉さんじゃなく、『鬼』だったので……。というか、何から何まで、まるで印象が違いま……あれ?」

そわそわと室内を見回していた田嶋の目が手元に向いて止まった。

「なんだ?どうした!?」

坂本が口から泡を飛ばして訊くと、田嶋はテーブルの上を指差す。

「景洛町にあった店の箸は、坂本さんが言っていた通りとんでもなく長かったんです。でも、見る限り、これって普通の箸……、ですよね?」

田嶋の説明どおり、俺たちの目の前には何の変哲もない箸が並べられていた。

沈黙の中、皆が口を開けて見つめ合う。

「……普通に食えるってことっスかね?」

薮内がそう言っておもむろに箸を手に取ると、瞬く間にしゅるりと伸びる。

「っが!」

伸びた箸の先が、藪内の左隣に座る白井の眼鏡をはじいた。

「あ、す、すんません!」

慌てて藪内が手を放すと、箸はまたその身を縮め、カラリとテーブルに落ちた。白井の硬直した表情をよそに、「やっぱり、伸びるんだな」と坂本が顔をクシャクシャにして笑う。

大丈夫だとは思っていたが、先ほど聞いた物語通りの展開に、深い安堵が込み上げて来る。

皆の顔から緊張が消えて頬に柔らかさが戻ると、タイミングを見計らったかのように扉が開き、チャイナドレスの擦れるシャリシャリという音と共に大皿にのった料理の数々が運ばれてきた。

トマトが花の様に飾られた棒々鶏、黄金色に輝くフカヒレの姿煮、野菜の彩りを纏った帆立貝に海老のマヨネーズ和え、小籠包に春巻きに……

ターンテーブルの上が見る見る埋められていく。

口にせずともその姿と香りで確実に旨いとわかる料理を前に、皆が前のめりになった。

「お待たせしました、本日のランチメニューでございます。どうぞごゆるりとお召し上がりください」

「い、いただきます!!」


……つづく



【インフォメーション】

この度、拙著『あの世に聞いた、この世の仕組み』が、ブックレビューサイト「ブクログ」主催の「第2回ブクログ大賞」のエッセイ・実用書10選に選出されました!

ヾ(≧▽≦)ノ 皆さん、いつも応援ありがとう!

「フリー投票部門」なんてのもあるらしいので、「よし、ここは一つ応援してやるか!」という優しい方がいらっしゃいましたら、コチラから投票いただけますと、小躍りしそうな嬉しさでございます。

どうぞよろしくお願い致します<(_ _ )>


また、久方ぶりのトークライブが、いよいよ一週間後に迫って参りました。

2月11日の八戸12日の福岡、13日の鹿児島26日の香川ともに、まだまだ受付中ですので、ご都合がつきましたら遊びにいらしてください。

八戸会場では、有志の皆様のご協力でライブ中の託児も承ることが出来るようになりましたので、こちらもご利用いただければと思います。(※詳しくはコチラから)

ライブ当日は、東京へと引っ越してきたシティボーイぶりを遺憾なく発揮したいと思っております。(←こういう発言が出るあたりが田舎者丸出しです)



←触ると伸びます(カウントが)
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