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極楽飯店.61

※初めての方はこちら「プロローグ」「このblogの趣旨」からお読みください。

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その答えに納得した田嶋が静かに頷くと、閻魔は「じゃ、ここまでの所をもう一度整理しよう」と人差し指を立てた。

それを合図に、これまで何もなかった無機質な壁がスクリーンと化し、いままでの話しが綺麗に綴られていく。それを指差しながら音読していく閻魔は教師のように見えた。

その光景を学校の授業と重ね合わせたのは俺だけではないようで、「こういう内容なら、もう少しは勉強したかも」と藪内が苦笑いを浮かべていた。


1、求めよ、さらば与えられん。(願うことからはじまる)

2、具現化するためのエネルギーは源(ソース)にある。願いはそこへ送ること。

3、願いを源(ソース)へ送るには、その間にある詰まり(思考と恐れで構成された「カルマ」)を無くさなければならない。
  ※ただし、多くの願いにはすでに恐れが内包されている。

4、「願い続けている(願いがある)」という状態は、願いが源(ソース)に届いていない証。願いは、願いを手放した時(源へ届いた際)に叶う。

5、詰まりは、思考と恐れを手放すこと(源に対する絶対的な信頼)によって消滅する。

6、源(ソース)に届いた願いは、「与える者」を担う場へと分散される。


  願う→手放す→源に届く→具現化が始まる


そして閻魔は振り返り「これで終わりじゃないんだ」と意味深に微笑む。

  →受け取る

「願いが源(ソース)に届きプレゼントが用意されたとしても、君たちは最後のこの段階でも躓いちゃう。ムネっちや翔ちゃんは特にこの傾向が強いね」

「え、俺っスか?」「私が、ですか?」

突然の指摘に、白井と藪内がびくりと身を弾ませた。

「うん。自己卑下っていうのかな。自分の価値を自分で下げてしまっているんだ。『自信の無さ』が引力になって余計なカルマを引き寄せやすい傾向があるんだよ。そのカルマのせいで『私には受け取る資格がありません、私にはふさわしくありません』って、折角のプレゼントを受取拒否しちゃうんだ」

すると、閻魔はまた手をマジシャンのように動かし、どこからともなく虫眼鏡を取り出した。

折角だからカルマの中を見せてあげるよ、そう言って虫眼鏡を風船の中にある氷に重ねた。



「名前や性別・年齢に職業・趣味嗜好などといった『自分』の定義(他者との違い)や、善悪基準や価値観、罪悪感、劣等感や優越感また、『自分以外』に対する意味づけなど、ありとあらゆる観念がカルマの元になっちゃうんだ。その観念が固定化されていくと錯覚が増して、いよいよカルマ自体がイニシアチブを取ろうと働き出す。『この詰まり(分離した自分)こそが私だ』と錯覚しているから、決して詰まりを手放そうとはしない。むしろ『分離した自分』という状態を守ろうと、より『個』を強化させることを選んでしまう。『あなたより不幸な私』や『今まさに苦しんでいる私』なんて言うのも、『個』を維持するための大切な材料になるんだ。そして、こうして生まれた源(ソース)との分離感の深さが、苦しみとして現れ『不幸』や『地獄』というバーチャルな世界を生むんだ」

「バーチャル? 不幸が、バーチャル?」

納得できないと首をかしげる藪内に視線を合わせて閻魔は話しを続けた。

「うん。それは、世界は一つだけじゃないってことなんだ。世界は人(分離した自己)の数だけ存在するんだよ。例えばね、『馬鹿』と言われて平気な人もいれば、深く傷ついちゃう人もいるでしょ。さっき話した通り、カルマは思考と恐れによって形成されてる。そして、その内容も人によって違うんだ。恐れの対象も、思考のクセも人それぞれ。それがポジティブなものでもネガティブなものでも、思い込みの強さは源(ソース)からの乖離を生んでしまう。凝り固まった思考であればあるほど、壁が厚くなっちゃうんだ。その厚み(分離感の増幅と、それに伴う信頼の欠如)が、苦しみの深さと比例していくんだよ」



「とにかく、君たちに何かを『願う』必要が生まれたのも、その『成就』を受け取れずにいるのも、ひとえに自分が神である自覚を見失ってしまった事が原因なんだ。自分を神として認めないその姿勢が、『天の王国にふさわしくない者』として自分を不幸に追いやるエネルギーになってしまっているんだ」




……つづく。




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