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極楽飯店.34

※初めての方はこちら「プロローグ」「このblogの趣旨」からお読みください。

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「今の状況って……、どういうことっスか?」

「お前が部屋を出ずに、ここに残っているというこの状況だよ。これは、お前の記憶と思いが創り上げた紛れもない現実だ」

俺がそう言うと、藪内は相変わらずキョトンとした顔をして俺を見て、無言で先を求める。

「お前はさっき、俺の話を『ヤバイ事になっても知らない』という意味で受け取ったよな」

「ええ、そうっスね」

「なぜそう思ったのかを振り返ってみればわからないか?」

そう問い掛けてみたが、藪内は頭を掻くばかりで返答がない。

「そう難しく考えるなよ。単純な話なんだ」

すると、藪内より先に田嶋が声を出した。

「あ……。なんとなく、わかったかも……」

皆の目が田嶋に向く。

「え~と、記憶と思い、ですよね。ということは……、お婆さんが言っていた《記憶と思いが、現実を創る》ということと、《天国にあって地獄にないもの。地獄にあって天国にないもの》
というのは、結局同じことだ。あ、やっぱり、さっき峰岸さんが話したことと同じですね……」

「え?どういうことっスか?」

「いや、だから……、不信とか、警戒とか、そういうのって、僕たちの今の思いであると同時に、その思いが形成されるための記憶があるじゃないですか。もしですよ、藪内君がこれまで、誰かに裏切られたり、危害を加えられたりしたことが全く無かったとしたら、今の状況下で峰岸さんの言葉を元に、不信や警戒が生まれるってことはあり得たでしょうか?藪内君が峰岸さんのことを心から信頼していたとしたら、もっと不安を煽る様な事を言われたとしても、理解できないか、冗談としか捉えられないかもしれない」

田嶋の説明が、上手く言葉にできないでいる自分の気持ちを代弁してくれているようで嬉しい。が、俺にはもう少しだけ付け加えて話したいことがあった。

「ああ、確かに俺が話したかったのはそのことなんだ。もちろん、いま田嶋が説明してくれたように、過去に自分が受けた記憶を引っ張りだして恐れを抱くことは多々あるだろう。それに、自分の身においてじゃなくても、テレビでも見れば人様の不幸はいくらでも目にすることが出来る。だが、それ以上に、恐れを確信してしまう要因があるんだ」

「え?なんすか、それ」

「自分自身がしてきたことだ。自分が、誰かに危害を加えるということを経験したことがあるなら、それは、自分が危害を受けること以上に、その可能性を強く確信させる。誰かがしていることを見聞きする以上に、自分自身がしていることは、自分にとって疑いようのない現実であり、確信だろ。どんなことだってそうだ。誰かを騙したことがあるなら、それは同時に『自分も誰かに騙される可能性がある』という確信を生むことになる。誰かを裏切っているのなら自分も裏切られるという可能性を、誰かを殺したことがあるのなら、自分も殺されるかもという不安を人一倍抱えることになる」

「それは……」

「ああ、俺自身のことだよ。殺すか殺されるかという世界に身を置いていたからな、不安も警戒も人一倍だ。俺がどうして死んだか、覚えてるか?」

田嶋が、一度唾を飲み込んでその問いに答えた。

「確か、仲間に殺されたんですよね……」

「まさか舎弟に殺されるとは夢にも思っていなかったがな。が、改めて考えると、自分の愚かさに心底笑えるよ」

「どういうことです?」

「ヤツに仕事の仕方を教えたのは他でもない、この俺なんだよ。金を作るために他人を騙すこと、裏切ること、そして、殺し方や遺体の処理の仕方に至るまで。ここに連れてこられた時に聞かされた説明が本当なら、アイツはまさに、俺が教えた通りのやり方で俺を殺したってことになるな。でもまぁ、そのお陰で、こうして色んな事に気づけたわけだ。あはははは」

軽い気持ちで話したつもりなのだが、俺の笑い声とは裏腹に、場には奇妙な空気が流れていた。

「おいおい、そんな青い顔して怯えないでくれよ。別にあんた達を殺そうって話じゃないんだから。元より俺らは既に死んでるからな。殺そうったって殺せやしないし、それに、そんなことしようものなら、俺が大変な目に遭っちまう。自分の蒔いた種は、自分が刈ることになるのは、もう十分にわかったんだ。田嶋、お前のお陰でな」

「え?ぼ、僕?」

田嶋は人差し指で鼻を指して呆然としていたが、これ以上怯えられてはかなわない。耳の話をするのはやめておこう。

「とにかく俺たちは、自分の記憶と思いを通じて選択してきた結果として、ここにいる。なぜだろうな。何に目を向け、何を選択するかは自分の自由だというのに、俺たちは望まないものばかりに焦点を当ててきたみたいだ。だが、その仕組みを知った今、もう選択する道は一つしかない。俺たちは、自分の望む道を進もう」

一体なんなのだろう。自分で話しておきながら、自分の口から出た言葉とは思えなかった。

自分の言葉に、自分でハッとさせられる。そして、それがまた新たな気づきに繋がるのだ。

気づいた時には、周りの目など関係なしに笑いが込み上げて来た。

「あははははは!そうか!そういう意味か!!」

「え?何がです?」

皆が目を丸くして俺を見ていた。

「いや、何、今話してたらな、不意にビエルの言ってたことの意味がわかったんだ」

「ビエルの言っていたこと、ですか?」



←普段僕たちが何気なく目にしているアレコレ。その一つひとつは、誰かの頭の中にあり、それが具現化されたものです。貴方の目の前にあるパソコンや携帯電話、そしてこのボタンのデザインも。それらは全て「思いが具現化された」ことを証明する、わかりやすい一例です。
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