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極楽飯店.33

※初めての方はこちら「プロローグ」「このblogの趣旨」からお読みください。

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「え?え? 何、一体なんなんスか!?」

ゲラゲラと笑う坂本を見て、藪内が狼狽えている。

「そういうことだよ。お前は今まさに、当たり前に出来ることも実現できなくなったんだ」

俺がそう言うと、続いて田嶋が膝を打ち、白井が笑った。藪内だけが、ぽかんと口を開けている。

「まだわからないか?」

「え…、なにがなんだか……」

「そのドアを開け、俺の部屋に行くことは、お前にとって『出来ること』だろう?どうすればドアが開くかなんて、考えなくても出来るはずだ」

「いや、そりゃそうですけど、峰岸さんがヘンなこと言うから…」

「ヘンなこと?」

「言ったじゃないっスか!『ヤバイことになっても知らない』って。そんなこと言われたら躊躇しますって」

「いや、そんなこと言ってないぞ。俺はただ、お前の身に何が起きたとしても一切責任を持たないと言っただけだ」

「同じじゃないっすか!」と、藪内がわずかに顔を赤くして言い返す。

「で、一体何が起こると思ったんだ?」

「いや、何って……。そんなのわかんないですけど、あんな言い方されたら、何かヤバイことでもありそうな感じじゃないっすスか」

「なぜそう思ったんだ?それは、お前の勝手な妄想だろう?俺は具体的なことなど何も話していないんだから。ましてや『ヤバイ事が起こる』だなんて、これっぽっちも言っちゃいないぞ」

「いや、でも……」

「だからな、そういうことなんだよ」

「は?」

「お前は今、俺の部屋に行けなかったんじゃない、行かなかったんだ。この意味がわかるか?」

「なんでですか?峰岸さんがあんなこと言うから『行けなかった』んじゃないですか」

「おいおい、俺のせいかよ」

藪内の反応があまりにも想像通りに返ってくるので、思わず笑いが込み上げてきた。声を上げないように我慢していたが、つい口元が揺るんでしまう。

「なにが可笑しいんスか?」

「いや、だからな、俺の言葉を『ヤバイ』って解釈したのは、お前の勝手だろう?繰り返しになるが、俺はそんなこと言ってないんだから。お前は、俺の言葉を『ヤバイ』と捉えたからこそ、俺の部屋に『行かなかった』んだ。そうだろ?」

「いや……、そう言われればそうかもしれませんけど、それと、お婆さんの話とどうつながるんスか?」

「だから、今のお前の妄想が、『地獄にあって天国にないもの』なんだよ」

「妄想?」

「ああ。もっと言えば、怯えとか、恐怖とか、不信とか、警戒とか、そういった類のものだ。お前は俺の言葉を聞いて、それを元に『行っても大丈夫だろうか』と考えた。その思考が、単に俺の部屋に行くという簡単な事すら出来なくさせてしまったんだ。もし、お前が今の状況や俺のことを全面的に信頼していたとしたら違う結果になっていたはずだ」

「え?違う結果って……」

「なんの問題もなく、俺の部屋に行けただろうよ」

そこまで説明したら、ようやく藪内もハッとした表情を浮かべてくれた。

一呼吸置いて、横から白井が話をつなげる。

「なるほど。地獄にあって天国にないものが『恐れ』だとしたら、天国にあって地獄にないものが見えてきますね」

「ああ、恐れが無くなったときに現れるものがそうだろう。つまり、『信頼』や『安心』といった類のものだ。多分、婆さんが俺たちに伝えたかったことは、そういうことじゃないだろうか」

俺がそう話すと、皆は無言で頷いた。が、しばらくして藪内がボソリと声を出した。

「え~と……。ってことは、不安とか恐れとかを抱かずに行動すれば、何でも叶うってことっスか?それってなんか、すげー無謀な様に思えるんですけど。どうなるかもわからないのに動くってヤバくないっスか?」

「そう思うなら動かない方がいい。『闇雲に動いたら大変な事になる』と思って行動すれば、それに伴った現実を生み出すことになる。婆さんが言った通り、自分の記憶と思いが現実を創るはずだ。いや、『記憶と思い』と言うよりは『確信』の方がしっくり来るような気がするな。多分俺たちは、自分の確信に基づいて現実を創っている」

「マジっすか?」

「ああ。多分、婆さんの言葉にウソはないだろう。現に今の状況も、その理屈で説明できてしまう」



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