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極楽飯店.32

※初めての方はこちら「プロローグ」「このblogの趣旨」からお読みください。

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「婆さんが伝えてくれたのは、そんなことじゃない。婆さんは俺たちに、望みを叶える方法を教えてくれたんだ」

「望みを叶える方法……? それと、このメッセージになんの関連があるんスか?」

「天国にあって地獄にないもの。地獄にあって天国にないもの。それが、願いを叶える為に知っておくべき大切な要素なんだ」

「いや、すみません。さっぱりわからないっス……」

くそっ。つい勢いで俺が説明するとは言ってはみたものの、これをどう話せばいいものか……。わかってはいるのだが、それを話そうとすると、どうにも言葉に詰まってしまう。

言葉にしたとたんに、大切な何かを逃してしまうような歯がゆさを感じながら、何とか話を続けた。

「あのな、俺たちは、これまでもいくつも願望を実現させてきているんだ。ただ、それがあまりにも当たり前すぎて、願望が実現しているということすら実感できていない」

「どういうことですか?」と、白井が質問を重ねた。

「例えばだ。白井、あんたは自分の右手を挙げたいと思ったとき、挙げることができるだろう?この部屋を出ようと思えば、そこのドアを開けることができるだろう?」

「それは、そうですけど……。それは普通にできることであって、特に『願い』というわけでは……」

「そこなんだ。だから婆さんはこう言ったんだ。《願いは、願いを捨てた時に叶う》と。俺たちは、当たり前にできることは、わざわざ『叶えたい』とは思わない。願う必要もない。当たり前に実現出来ると知っているからだ。が、当たり前のこととは言え、それでも『願望を実現させた』ということに違いはない。俺たちは常に、願望を実現し続けて生きているんだ」

「いや、そう言われればそうですけど、思い通りにならないことだって、沢山あるじゃないっスか」

「だから、それこそが、《地獄にあって天国にないもの》なんだよ」

「は?」

「それがあれば、当たり前に出来ることすら実現できなくなってしまうんだ」

「なんすか、『それ』って」

「だ、だから、今おまえが口にしたそのことだよ!」

話がうまく伝わらずイライラしてきた。確かに、思い通りにならないことは多々ある。

が、何とかして伝えたい。どう説明すればいいものか……。

頭を掻きむしりながら考えていたら、ふと「これだ」と思えるものが湧いてきた。多少意地が悪い気もするが、やるだけやってみることにしよう。

「あのな、藪内。教えてやるから、一つ頼まれてくれ。おまえ、今から俺の部屋に行けるか?1703号室だ」

「峰岸さんの部屋っスか? いいっスけど…、行って、何をすれば?」

「いや、ただ行くだけでいい。中に入ったら一度玄関のドアを閉めろ。それが確認できたら、そのまま戻ってくるだけでいい」

「え?それだけ?」

「それだけだ」

俺がそう言うと、藪内は頭をかしげて怪訝な表情を浮かべながらも「じゃぁ…行ってきます」と腰を上げた。

藪内がドアノブに手をかけ、リビングから出ようというその時、改めて声をかける。

「そうだ藪内。もう一つだけ言っておくことがある。俺の部屋に入ってから、お前の身に何が起きたとしても俺は一切責任を持たん」

「……ちょっ!それ、どういうことっスか!」

思惑どおり、藪内の足が止まる。一拍おいて、やりとりを見ていた坂本が、膝を叩いて笑い出した。

「ワハハハッ。地獄にあって天国にないもの。なるほど、そういうことか」

思わず、俺も笑顔で坂本と目を合わせた。よかった。どうやら、坂本には通じたようだ。



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