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「グリーンラタン」のカクテルと喫煙所

2014年07月11日 | ここで一服・水元正介
虎ノ門ヒルズ2F・アジアンダイニング&カクテルハウス「グリーンラタン」のカクテルは、下戸の私にも美味しく飲めるドリンクが揃っていました。喫煙可能な個室のほかは、テーブル席が禁煙でした。
しかし、飲み物を出し、空きぐらすがずらっと並ぶカウンター前の壁に、灰皿の置かれた棚があって、オーブンスペースで一服することができます。お店の賑わいを感じつつ、天井も高いので、くつろいだ気分を味わえます。
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セブンスター10を吸ってみました!

2014年07月10日 | たばこの気持ち
7月1日に、セブンスターが1、4、7、10の4シリーズ、同時発売されました。すべてソフトパックです。とりあえず、オリジナルに近い10をコンビニで買って、試しに一箱いただいてみました。自分には、メビウスが合っていることを再確認しました。でもね、たばこ屋さんもたばこの種類が増え過ぎちゃって、本当は困っているんじやないか、と思いました。
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路上禁煙条例の威力!

2014年07月09日 | たばこの気持ち

田町駅から、慶応仲通りに入り、出口手前の角にスタンド灰皿がありました。しかし、7月1日に港区路上禁煙条例が施行され、無残にもスタンド灰皿は撤去されました。固定していたボルトの跡が、とても痛々しいですね。区の条例とはいえ、威力絶大であることを改めて認識させられました。
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「カノン」中原清一郎著を読んで(下)

2014年07月08日 | 小説・映画等に出てくる「たばこ」

最終の3回目は、煙草に関する以外の記述で、私が「いいなぁ!」と思った部分を抜き書きさせていただきました。自分のつたないコメントなど、さしはさめる余地はなく、そのままでも何かを感じとっていただけると信じます。それで、すべてを読みたくなったら、ぜひ本屋さんに立ち寄りお買い求めください。

163ページ
紗希は鼻先で笑って、おどおどする歌音の肩を軽く叩いた。
「母親だったら、誰でも経験するわ。そうやって、子どもとぶつかり合って、火花を散らして、へとへとになって、ようやく母親と子どもが出会うのよ。初めから母性のある女なんていないんだから。女の母性って、後悔と涙の結晶したクリスタルみたいなもんよ。透明で頑丈に見えるけれど、脆くって、すぐに壊れ、鋭い割れ目が指先を傷つける。でも、何度壊れたって、図太くまた結晶を積み重ねていくしかないのよ」

164ページ
子どもを、子ども扱いしない? 歌音は不思議そうに、その言葉を口の中で反芻した。でも、だったら、大人のとして扱えってことなの? 歌音の疑問を先取りして、紗希が畳み込んだ。
「子どもは、子ども。もちろん、まだ知識も経験もないに等しいから、大人とは違う。でも、はなから子ども扱いすると、子どもは本能的に反発する。どんなときでも、全力でぶつかってきてほしいのよ、子どもって。だから、怒るときも、甘やかすときも、抱くときも、全身全霊をこめてぶつかるの。恥も外聞もなく、真剣に向き合う。そうやって我を忘れる母親に、子どもは抱きしめられていたいのよ」

166ページ
「そう、鉄の腕。馬って、初対面のときに、乗り手の技量を試すね。手綱の先に轡があって、それを馬にハミで銜えさせている。手綱を引き絞ると、それが合図で馬は止まるの。ところが、馬ははじめ、頭でイヤイヤをして、手綱の動きに逆らおうとする。それを無理に引っ張ると、馬は痛がって暴れまわる。手綱を緩めると、乗り手を馬鹿にして、いうことを聞かなくなる。そういうときは、馬が左に引っ張ったら左の手綱を緩め、右を引っ張ったら、右を緩める。馬は、どんな姿勢をとっても、手綱がいつも同じ力で、鉄の腕のように安定していることを知って、乗り手のいうこと聞くようになる。そうなれば、ちょっと手綱を絞るだけで、馬がいうことを聞くのね。そんなふうに、達ちゃんを育てるんだ、っていっていたわ」
「でも、それって、子どもを馬扱いにすることなりません? 自分の思うように操縦するなんて」
「でもね、歌音のいう意味は違った。子どもって、いつか親の目の届かないところで遊ぶようになるでしょう。そんなときは、自分で自分を守るしかない。その日のために、危険を危険とわかり、本能的に自分の身を守るようにさせる。それが「鉄の腕」よ。どんな場合にも、守らなくてはいけない鉄則がある。子どもがそれを理解するまで、歌音は達ちゃんがどんなに泣き喚いても、妥協しなかった。達ちゃんが床を転げまわって駄々をこねても、歌音、1時間以上、平気で腕を組んで、微笑んでいたわ。周りの人が驚いても、全然平気。あの人、強いから」

248ページ
母親だって父親だって、子どもに言葉で伝えられることは、たかが知れている。言葉で覚えた知識は、別の言葉でたやすく置き換えられていく。まして親の言葉と裏腹の行動とっていれば、そのギャップは偽善として、すぐに子どもに見透かされる。親ができることは、子どもをある状況に置いて、自ら何かを察知させること、気づかせることだけなのかもしれない。

262ページ
「怒りを否定するな。その向きを変えよ」
「ーーー怒りはコントロールをしようと思ってもできない。ちょっと向きを変えて、エネルギーを解き放つしかない。しかしコツさえ呑み込めば、さほど難しいことではありません。向きを変えるのは造作ないことです」

326ページ
「ひとつの小さな命を育むには、それと命を引き換えにしてもいいような、全身のエネルギーを注ぐ大人が周りに必要なのね。そうでないと、小さな命は、たちまち萎れてて、枯れてしまうか、歪なかたちで固まってしまう。わたしね、達ちゃんを見守る歌音の姿をみていて、そう教えられた。わたしが58歳の男とか、32歳の女か、こだわっていたら、達ちゃんのことを守れない。わたしたちは、ただ命を擦り減らし、へとへとになって、その小さな命を育て、朽ちていく。そのために与えられた命なんじゃないかしら」

342ページ
「達也のために------引き延ばされた10年なのね?」
「そう、それで歌音は決めたの。あの子も、あなたも、遅かれ早かれ、お終いに向かって進む針。私だってそうなの。さ、湯あたりしちゃう。早く出ましょう」
和子はそういって立ち上がり、汗の雫を痩せた全身に滴らせて湯船を出た。

359~360ページ
「ーーーもしかすると十数年後に、達也はまだ老いるには早い母親が、物忘れが多くなり、すぐ前の記憶もなくしていくことに、おろおろするかもしれない。彼はきっと泣くでしょう。でもそのときに泣けるのは、彼が愛情に包まれ、そのことに気づくことすらないまま、10数年を過ごした証なのです。
笑うこと、泣くこと。そんなことですら、どんなに周囲の愛情が注がれた結果なのかに、気づくだけでいいのです。ーーー」
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蒙古タンメン亀戸店

2014年07月07日 | たばこの気持ち
初めて食べた蒙古タンメンは、むせるほど辛く、それでもスープをほとんど飲んだため、翌日、ひどい目にあいましたが、あの美味しさはクセになりますね。
店先の右端に、愛煙家用として、真っ赤な円筒型のスタンド灰皿が置かれてありました。
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ちょっと不便だけれど、ありがたい!

2014年07月06日 | たばこの気持ち
浜松町の金杉橋近く、入口でたばこの吸える小さなビルがありました。先日、そこに立ち寄ったら、細長い丸型のスタンド灰皿が撤去されていました。
仕方ないので、その隣にある中華料理店入口で一服させていただきました。いろんなものと一緒に、狭いスペースの中に灰皿があるのは、「ちょっと不便だけれど、あるだけありがたい」と思いました。
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台東区1丁目あたりの路地!

2014年07月05日 | たばこの気持ち
秋葉原駅で下車し、法務局の台東出張所へ行ってきました。住宅ローンの完済に伴う抵当権抹消手続きの書類について、提出前に不備があるかどうか、チエックしていただきました。とても親切な所員さんに対応してもらい、よく理解できました。その帰路、秋葉原駅に向かう路地で、赤いブリキ製のスタンド灰皿があったので、一休みさせていただきました。
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「カノン」中原清一郎著を読んで(中)

2014年07月04日 | 小説・映画等に出てくる「たばこ」
147ページ
「そうだ拓郎、一杯、やろうか」
自分でも意外だったが、拓郎がビールを飲むのに付き合っているうちに、下戸だった北斗も、無性にビールを欲するようになった。いや、意識の上ではまだ嫌がるのだが、体や喉が欲しがる。これは煙草も同じで、コンビニの棚で煙草のパッケージを眺めるうちに、思わず特定の銘柄の名を口にし、買ってしまっていた。自分では吸いたいという意識もないに、久しぶりに火をつけて大きく吸い込むと、頭がクラッとして、その後に頭の痺れがやってくる。鈍痛のように体に響くのに、その痛みがある種の快感を伴っていて、歌音はまた、喫煙を始めたのだった。

269ページ
だがもちろん、そんなことは起きなかった。時折、店番のいる煙草屋や、店先に呼び込みが立つ家電量販店を見つけては、自転車を降り、達也らしき男の子を見かけなかったかどうか尋ねたが、何の手がかりも得られなかった。

281ページ
「生ビールください」
篠山は呆気にとられて歌音の顔を見た。
「お前、いや、きみ、酒を飲むんですか」
歌音は恥ずかしそうに微笑んだ。
「ええ、彼女、酒飲みなんです。それに、煙草だって吸います」

282ページ
歌音はぐいっとグラスを空け、細長いミントの煙草出して火を点けた。篠山は目を細めて、紫煙の向こうの暗がりに霞む歌音の顔を眺めた。
「変われば変わるもんだ。こうやって、艶かしい妙齢の女性になったきみと再会するとはな。人生って、面白いもんだ」

293ページ
篠山も、上着のポケットから煙草を取り出し、火を点けた。日々迫る老いを肌で感じ、身近で幾人もが病に襲われ、冥界にさらわれていくのも見てきた。そうしてみると、死が近づくにつれ、生まれたことが喜びであるより、苦しみではないかと反問したくなることがある。篠山がそういうと、歌音は目を輝かせて言った。
「そう、私も前はそう考えていました。でも、こうなってから、少し考えが変わったんです。生老病死は、「生」と「死」がセットになった言葉です。その間に、「老」や「病」がある。生と死に比べれば、病や老なんか、何ほどのことでもない。この言葉、そんなことを訴えてくるような気がするんです。だから、男が女になったり、老人が若者になったりしても、たいしたことじゃない。最近は、そう思えるんです」

324ページ
ベランダに出て歌音が細身の煙草を吸うと、拓郎の鼻腔をミントの香りがくすぐり、また流れていった。
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「カノン」中原清一郎著(河出書房新社刊)を読んで(上)

2014年07月03日 | 小説・映画等に出てくる「たばこ」

私が読んだ本は、恒例に従い「たばこ」の登場する記述を抜き書きしてきました。中原清一郎さんは、こだわりを持っているかのように、「たばこ」のほとんどを「煙草」と書いています。というわけで、今回も3回にわたり紹介します。とはいっても、「たばこ」の部分は2回です。3回目は物語終盤、私が「いいなぁ!」と思った記述です。

25ページ
山形県出身で帝山大経営学を卒業し、入社後はニューヨークや香港、北京に駐在しました。飲酒、喫煙歴、ともになしです。趣味は歴史と園芸、読書。

26ページ
カノンは、歌音と書きます。32歳。都内の電子出版社「アイ・ピー・フォー」で編集者をしています。札幌の生まれで京都の立志社大を卒業後、都内のいくつかのプロダクションでファッションやデザインの編集をしてきました。飲酒、喫煙歴あり。

37ページ
拓郎は、しばらく歌音の顔を見守った。その視線に気づき、歌音は箸をやすめ、テーブルの上に置いた。ビールを飲み干し、「ちょっと一服するね」と言って、ベランダに出て煙草を吸った。ミント味の細巻きで、煙草を吸わない拓郎も、匂いは気に入っていた。ーーー
拓郎が黙っていると、歌音は棚の上にあった灰皿を取り出し、煙草を揉み消した。卓郎を見上げる両眼から涙が溢れている。いきなり、抱きついてきた胸がが、小刻みに震えている。

51ページ
ある夜のことだ。柔らかな大気に、かすかな温もりが立ちこめるのを感じながら、ベランダで歌音が煙草を吸っていると、拓郎が出てきて、手すりに体をもたせかけた。母の和子のおかげで、最近の歌音はすっかり落ち着いてきた。記憶は相変わらず、砂時計の粒のように刻々と消えていくが、それで歌音が動揺することはめったになくなった。

52ページ
「私、その手術を受けてみようかって、思うんだ」
えっ、と短く声をあげて、歌音を振り返った。歌音は煙草を揉み消し、話を続けた。

92ページ
「鴨下エリさま(職場の編集者)
同僚として、よきライバルとしてお互い頑張ったわね。戻ってくる私は、あなたとまたお酒を飲むかしら。飲みすぎに注意。新しい私、きっと禁煙するでしょう」
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友人が勧めてくれた「カノン」

2014年07月02日 | O60→70(オーバー70歳)
先日、JR総武線・平井駅前のマクドナルド2階、まるでお年寄り専用席みたいになっている、窓に向かったカウンター席で、「カノン」中原清一郎著(河出書房新社刊)を読み終えました。お年寄りグループの隣席で、必死の想いで涙をごまかすのに苦労しました。

「お終いに向かって進む針」、深刻な題材だけれど、文中には随所に自分でも思いあたるシーンがありました。親子、子育て、男と女、夫婦、認知症、介護、老後の生き方など、今、私が読むべきベストの本だと思いました。勧めてくれた友人に感謝です。
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