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「カノン」中原清一郎著を読んで(中)

2014年07月04日 | 小説・映画等に出てくる「たばこ」
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「そうだ拓郎、一杯、やろうか」
自分でも意外だったが、拓郎がビールを飲むのに付き合っているうちに、下戸だった北斗も、無性にビールを欲するようになった。いや、意識の上ではまだ嫌がるのだが、体や喉が欲しがる。これは煙草も同じで、コンビニの棚で煙草のパッケージを眺めるうちに、思わず特定の銘柄の名を口にし、買ってしまっていた。自分では吸いたいという意識もないに、久しぶりに火をつけて大きく吸い込むと、頭がクラッとして、その後に頭の痺れがやってくる。鈍痛のように体に響くのに、その痛みがある種の快感を伴っていて、歌音はまた、喫煙を始めたのだった。

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だがもちろん、そんなことは起きなかった。時折、店番のいる煙草屋や、店先に呼び込みが立つ家電量販店を見つけては、自転車を降り、達也らしき男の子を見かけなかったかどうか尋ねたが、何の手がかりも得られなかった。

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「生ビールください」
篠山は呆気にとられて歌音の顔を見た。
「お前、いや、きみ、酒を飲むんですか」
歌音は恥ずかしそうに微笑んだ。
「ええ、彼女、酒飲みなんです。それに、煙草だって吸います」

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歌音はぐいっとグラスを空け、細長いミントの煙草出して火を点けた。篠山は目を細めて、紫煙の向こうの暗がりに霞む歌音の顔を眺めた。
「変われば変わるもんだ。こうやって、艶かしい妙齢の女性になったきみと再会するとはな。人生って、面白いもんだ」

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篠山も、上着のポケットから煙草を取り出し、火を点けた。日々迫る老いを肌で感じ、身近で幾人もが病に襲われ、冥界にさらわれていくのも見てきた。そうしてみると、死が近づくにつれ、生まれたことが喜びであるより、苦しみではないかと反問したくなることがある。篠山がそういうと、歌音は目を輝かせて言った。
「そう、私も前はそう考えていました。でも、こうなってから、少し考えが変わったんです。生老病死は、「生」と「死」がセットになった言葉です。その間に、「老」や「病」がある。生と死に比べれば、病や老なんか、何ほどのことでもない。この言葉、そんなことを訴えてくるような気がするんです。だから、男が女になったり、老人が若者になったりしても、たいしたことじゃない。最近は、そう思えるんです」

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ベランダに出て歌音が細身の煙草を吸うと、拓郎の鼻腔をミントの香りがくすぐり、また流れていった。
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