哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

『寅さんとイエス』(筑摩選書)

2012-10-30 21:43:00 | 
小学校の夏休みには、毎年祖父に連れられて映画の寅さんシリーズを見に行った。本当は怪獣映画が見たかったが、松竹の無料券だったらしく、寅さんしか選択肢がなかったのだ。毎年見ていると、概ねワンパターンのストーリー展開に慣れてきて、寅さんのユーモアに愛着が湧くようになった。小学生にしてみれば少しませた大人の世界であるが、ストーリーは主人公の恋愛ストーリーが軸であるから、そんなに退屈ではなかった印象がある。


さて、表題の本はそんなフーテンの寅さんと、史実上のイエス・キリストとの共通点を論じた最近の話題作である。もっとも共通するというのは、ユーモアがあった点のようだ。イエスはすこぶる愉快な人物だったそうで、イエスと一緒に食事をすれば、誰もが明るく楽しい気分になったという。寅さんもユーモアにかけては一流なのだろう。ユーモア以外にも、色気やつらさなど、イエスと寅さんの共通点を挙げて論じている。


そういう意味で大変面白い本であったが、数々の共通点があるとはいえ、それでも寅さんとイエスは決定的に異なると思わざるを得ない。それは刑死という違いだけではなく、もっとも異なるのはイエスが多くの民に実際に慕われ、大衆の支持を集めた点であろう。寅さんは所詮、柴又と旅行先との行き来で、旅先の人々との出会いと別れの繰り返しに過ぎない。イエスは多くの民に慕われ、その結果、為政者や旧来の勢力に敵対視された。それはご存じの通り、ソクラテスに近い。


イエスの行動は、貧しい人たちにやさしいが、時に激しい行動をとる。寅さんも他人のために労をいとわないが、イエスのような激しさはない。だから映画の寅さんも、誰もが安心して見ていられるのだ。きっとイエスが生きていたら、その行動にはとてもハラハラさせられたのではないだろうか。存命中の池田晶子さんの連載記事の言葉にも、私たちはハラハラとさせられたように。