哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

『日本辺境論』(新潮新書)

2009-12-27 22:04:08 | 
 掲題は今話題のベストセラー書である。いわば内田氏の日本論なのだが、極めて平易に書かれていて、大変読みやすい内容であった。また、丸山真男氏や岸田秀氏など、懐かしい日本論も取り上げられており、かつてブームとなった彼らの著作も思い起こすきっかけにもなる。

 内容は、「辺境」というキーワードで日本の特殊性を論じたもので、全体を大きく分ければ、前半と後半の2つのテーマがある。前半は、日本は中心から外れた位置にあるがため、常に中心となる他者を学ぶ地位に在り続けており、日本はそのようにしか振舞えない、というものだ。そこから「機の思想」という学びの極意なるものに繋げている。後半は、漢字と仮名のように表意と表音が同時に存在するのは日本語くらいであり、その特殊性が世界に誇る漫画文化となったり、外国文化の吸収に役立っているというものだ。

 辺境人たる日本人は自らは中心を持たないため、中心たる他に依存する。それが、長いものには巻かれるとか、空気を読むなどの場の大勢になびく風習を定着させているという。確かにKYは空気読めないだから、場の空気を読めない人は嫌われる。政権交代もそういう空気のもとでの話だろうか。

 ところで、この本にはヘーゲルなど哲学者に関しても多く触れられているが、つくづく思ったのは、池田晶子さんは辺境人ではない、ということだ。日本人は辺境人であるが、池田晶子さんには、その片鱗も感じられない。もとから「池田某は日本人であっても、この私は日本人ではない」と言い放っていた池田さんである。フランス人だかが、池田さんの著作の翻訳に関して、日本に独創的な哲学などありえない、と言っていたということを、確か笑い飛ばしてように思う。

 池田さん自身、自らが世界である、宇宙であると言っていたのだから、辺境であるわけがない。

辻井伸行さん

2009-12-26 05:40:50 | 音楽
 最近、辻井伸行さんのドキュメンタリーを2本見た。1つはNHKのETV特集で、優勝したコンクールの密着取材であった。もう1つは民放のドキュメンタリーで、小さい頃からコンクール優勝までの11年くらいの期間を取材したものであった。

 感動的だったのは、やはりNHKの方であった。常々ドキュメンタリーものはNHKの制作がすばらしいと思う。池田晶子さんは晩年にNHK批判をしていたが、池田さん自身もともとNHKくらいしか見ない性質だったと思うし、個人的にもテレビを見るならNHK優先である。

 さて、NHKのドキュメンタリーでは、ヴァン・クライバーン・ピアノコンクールの優勝までのリハーサルなどのやりとりが大半であったが、そこでは、目が見えないことにより、アンサンブルや協奏曲でいかに他の奏者やオーケストラと合わせるかが大きな課題となっていた。

 例えば、協奏曲のリハーサルで指揮者が、ピアノから始まる章でのタイミングを計るのに苦労し、前章終了から4拍数えてスタートするなどいろいろ提案していた。すると、通訳が言うには「辻井さんのマネージャーによると、彼は指揮者の息遣いでタイミングを計っているそうです」と。そこで、指揮者が指揮棒を振るタイミング通り強めの息遣いをすると、ピッタリのタイミングで辻井さんが演奏を始めたのである。指揮者が最良の解決策を見つけて、喜んで辻井さんの肩を叩いていた。

 誰もが息をしているし、何か新しい動作をする時、強い息使いをするものなのだろう。普段は気づかないようななんでもない事が、困難な事態の解決策になることに大きな感動を覚えた。上杉鷹山の「なせば成る」どころではない。「不可能を可能にする」ことができてしまうのだ。

 NHKのETV特集は再放送をすると思うので、是非視聴をお薦めしたい。

ブログの次はtwitter!?

2009-12-23 18:38:58 | 時事
 今やブログよりも、twitterなるものが話題だという。140字以内で書く”つぶやき”をそう言うのだそうだ。ブログでさえ考えられた言葉が一体果たしてどれだけあるのか?と言っていた池田晶子さんだから、twitterに対しての評価は言わずもがなであろう。

 一体なぜ、つぶやくような軽い言葉が流行るようになったのだろうか。池田さんでなくとも少し理解を超えるところがある。つぶやきを商品開発に利用するとか、有名人の軽いつぶやきを聞きたい人が多くいるとか聞くが、あえて想像すると、軽いつぶやきにこそ本音が漏れるから、有名人や消費者の本音を聞きたいということなのだろうか。

 他人が本音をつぶやくのを聞きたいという欲求については、そんなものに池田さんは何がしかの価値も見出さないであろう。他人がどうではなく、自ら考えよ、というのみだ。

池田晶子さんの本を一冊選ぶなら

2009-12-20 19:03:21 | 
 最近また雑誌などで本特集が多い。そこで、池田晶子さんの著作の中から、誰かに薦めるために一冊を選ぶとしたら、何を選ぶだろうか。

 池田晶子さんの著作を初期から最後まで比較すると、当然ながら文体も異なり、初期のほうには、なるほど説明を尽くそうとする意思は感じられず、とても一般大衆に理解してもらおうとする文体とはいえないようである。「なんでこんなこともわからないのか」という嘆息がきかれそうな、上から目線にみえる池田さんの文体は、一般の人には独善的と映りやすいのだろう。

 ただ子供向けは別で、例えば『14歳からの哲学』については、子供のほうが真理をしっかり掴める、という直感を持ちながら書いている文体であり、大変目線がやさしい。そしてその後、池田さんも晩年になればなるほど、説明をできるだけ尽くそうとする姿勢を見せた文章が多くなった。

 大人向けでも講演会の記録のようなものは、語り口がやさしい。しかし、どうもそういう文章は逆に池田さんらしく感じられない。いわば牙を抜かれたライオンみたいなものなのだ。

 あえて池田さんらしい文章といえば、やはりがつんとぶっ飛ばすような文章がよい。その意味ではとりあえず一冊選ぶとすれば、『残酷人生論』がお薦めのように思う。
 人生において救いを求めようとするとき、その救いとはどういうことか、と問えば、救いというのは存在をありのままに認めることだと、正当にも論拠づける。そして、ありのままを認めるのであれば、救われたことになっていないではないか、と言われれば、そうなのだ、と残酷に言い放って煙に巻く。大変池田さんらしいと思うのだが、かえって池田さんが嫌われてしまうだろうか。

価格破壊は文明破壊

2009-12-13 08:33:33 | 時事
 表題の言葉は、最新号の「文藝春秋」の連載で塩野七生さんが書いていたものだ。長期間にわたりデフレが続く日本について、国力低下の悲観的話題も多い昨今だが、塩野さんはそもそも、何でも安ければいい、という風潮に異を唱える。高価な価値あるものには、想像力をかきたてるものがある、という。価値あるものを作ることが技術であり文明であるが、何でも安ければいいという発想で安く作られていくのでは、高度な技術者が生き残れず、文明の破壊につながるというのが、大まか話の流れであったと思う。

 一方、人気ブロガーのぐっちーさんのブログでは、似たようなことをユニクロ批判者に対して書いていた。ユニクロと他の廉価販売者とは異なるという。ユニクロは安く作って薄利多売をしている業者ではなく、もともとアパレルのぼったくりのような利益部分を品質改善に回したら安くていいものができるはず、というのが発想の原点なのだそうだ。だからこそ、手頃な値段で品質の高いものができるという。

 いずれにしても、価値あるものを見分けることは重要なのであろう。池田晶子さんは言葉の価値というものを最大限重視し、低価値に発信される言葉を嫌った。自分の言葉というのは自分自身のことであるから、価値あるものを見分けるということは、自分自身の価値を守ることでもある。

NHKドラマ「坂の上の雲」

2009-12-06 02:58:58 | 時事
 いよいよ掲題ドラマの放映が始まった。極東の小さな国、日本が世界に踏み出した時期を描いたという。ドラマの冒頭でのナレーションでは、誰もが楽天主義だった時代だともいっていた。確かに資源もない国が、欧米の列強に対抗できると考えていたとは、とんでもなく楽天的ともいえる。

 一方で、司馬遼太郎氏がこの小説を書いた理由の一つは、日本は日露戦争まではまともに振舞っていたのに、それ以降太平洋戦争敗戦に至るまで日本がなぜ異常な道を歩んでしまったかを考えるためだという。日露戦争には必ずしも勝ったとはいえないが、日本は新興国としてよく頑張った。しかし、その後は国際的に孤立の道を歩み、日本は自滅していったといえる。

 とくに、日露戦争の講和条約に対する国民の反応が過激だったというから、既にこの頃から日本国民は何か間違っていったように思える。それが太平洋戦争後には、一億総ざんげとか言われたりするのだから、国民総意でイメージに踊ってしまう癖は戦後も必ずしも直っていない。

「政権交代」というイメージワードだけで突っ走ってしまう今の時勢を考えれば、国民総意でイメージに踊ってしまう癖は、実は未だに直っていないのかもしれない。アメリカでも「Yes,We can」のキャッチフレーズで大統領が選ばれたが、「政権交代」という言葉に踊って投票してしまう日本人の方が幼稚にみえてしまうのはどうしてだろう。


 池田晶子さんはもちろん国民とか国家という枠組みそのものにとらわれる発想をしないが、歴史に学ぶことについてはむしろ推奨されるだろう。決してノスタルジックになることなく、ドラマ「坂の上の雲」を見たい。