常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

翁草

2016年04月25日 | 斉藤茂吉


光禅寺の庭に翁草を見に行った。今年は花期が早く、ガクをを落としたものもあった。翁草を見に行くのは、斎藤茂吉のおもかげに会いに行くことでもある。茂吉の生家の近くの丘に、翁草の群落があり、茂吉は生涯、この花を愛した。

かなしきいろの紅や春ふけて白頭翁さける野べを来にけり 茂吉(歌集つゆじも)

大正10年5月9日に帰郷した折に詠まれた歌である。茂吉は翁草を、白頭翁と書いた。花が終わると、白い綿毛になるため、こう書いた。茂吉は和歌を詠むほかに、絵を描くことも巧みであった。絵においても、正岡子規を師と仰いだ。

大石田に疎開して、病を得たが、その時茂吉は再び絵筆をとった。日記に「柿ノ葉ノ色ヅイタノヲ写生シタ。絵ト云ッテモ、正岡子規ノヤウナ工合ニハドウシテモ行カヌコトガワカッタ」と書き、稽古しなければ駄目だと、病床で絵筆を動かし続けた。

疎開を終えて帰郷する日、茂吉は甥の重男さんと酒を飲みながら話した。そのなかで、茂吉は絵の話になり、「子規はうまいなあ、子規はうまいなあ」と何度も繰り返して話したことが忘れられない、と重男さんは語っている。そのとき見たスケッチブックには、翁草がたくさん描いてあったと、甥の重男さんは述懐している。上山温泉の山城屋が、茂吉の弟が婿入りした宿で、茂吉の資料が展示してある。重男さんは、旅館の経営しながら、ありし日の茂吉の話をしてくれた。



光禅寺の庭には、翁草のほか、苧環やイカリ草の花も咲いていた。牡丹がたくさんあるが、まだ花芽で、一輪だけ開き始めていた。
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2016年04月24日 | 日記


蒲公英の綿毛の向こうで、雉のつがいが鳴きかわしている。雉の鳴く季節になった。里の草むらに営巣するので、身近な野鳥である。日本の国鳥になっているが、オスの羽の豪華さ尾の立派なのに対し、メスは地味な姿である。ケーン、ケーンと鳴くのは、メスを誘うためと同時に、自らの縄張りの主張でもあるらしい。

ちゝはゝのしきりにこひし雉の聲  芭蕉

芭蕉は雉の鳴き声を聞いて、「山鳥のほろほろと啼く声聞けば父かとぞ思ふ母かとぞおもふ」という歌を思い出しこの句を作った。芭蕉は貞享5年、吉野に花見に行く旅の途中であった。この年、芭蕉の亡父与左衛門の33回忌にあたっていた。この年の帰郷が、亡父の法要を行うためであったから、この句が生まれた。因みに、貞享元年にはその前の年に亡くなった供養のためであった。芭蕉の帰郷は、父母への思いと強く結びついていた。
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月山

2016年04月23日 | 登山


家の付近から望む月山と、頂上に立って見る景色の落差に驚かされる。素晴らしい晴天のうちに出発したが、山中ではガスがかかり、強い風が吹いた。登山道から時おり、頂上の様子を見せるがあっという間にかき消される。右手奥には湯殿山が見え、写真では見えないがその右手には品倉山から、羽黒山の出羽三山の山々が、朝日連峰に対峙している。この風景に接して、この山塊で修業を積んだ修験道のことをふと思い浮かべた。この荒涼とした山道を、走り登り、駈け下りながら肉体限界までいじめ、そこに宗教の開眼を得る。そのためには、この大自然の大きさが必要条件であったのではあるまいか。

朝、7時に山形を出発、午前9時には姥沢のスキーリフトに着く。姥沢では、例年に比べて雪は少ないものの、雪解けの始まった月山の景色が目に美しい。本日の参加者6名。初て参加するYさんの姿があった。



駐車場でゆっくり時間をとって装備を整える。ここではまだ微風で温かささえ感じられるが、リフトや山頂では、風や気温が低下することを予測して冬装備をしっかりと確認。目を西南に転じれば朝日連峰へと続く山並みが指呼の間である。



上雲はうづまく尾根に下雲は展けし谷のうへをとびをり 結城哀草果

斎藤茂吉しかり、その門人であった哀草果もまた月山に連なる出羽三山に畏敬の念を払っていた。この見はるかす景色に触れる時、この大自然のもとに育った詩人の心情がすんなりと受け入れられる。

先行して10数名のグループが頂上を目指している。大雪原にごまを散らしたように見える人影は春スキーを楽しむスキーヤーやボーダー達だ。駐車場に止めてある車を見ると、ほとんどが県外からやってきているスキーヤー達だ。尾根に出るころ、雲が厚くなり、風が吹き始めた。やはり山の天気は、里でいる時の予想を超えて厳しい。それだけに、普段見ることのできない気象の激変に遭遇する。火事小屋跡に至る急坂で、先行していたグループが下山してきた。みなアイゼンをを履き、急坂を駆け下りて来る。元気のいい女性が大きく手を振り、頂上がよかった声をかけてきた。聞けば地元鶴岡の人たちであった。



頂上前の尾根では強風とはいえまだ温かい風であったが、頂上の広場に出て吹き荒れる風は、皮膚を切るような冷たい風になった。それでも山小屋の陰で風を避け弁当を食べる。Tさんの持参した厚焼き卵がおいしい。初めて登るYさんは、やはり長い雪道で疲労困憊の様子だった。



春スキーは、冬のスキーに比べてハードだ。ゲレンデの上に導くロープトウが1基あるだけで、登りもスキーを履くか、急坂ではスキーを担いで、高みへと登って行かなければならないからだ。しかし、ゆったりと気温の高い解放感は、冬スキーにない魅力を感じさせる。関東周辺から車を走らせて、この奥深い山に来ることが絶えないのは、その魅力によるだろう。スノボーに向くゲレンデ作りにも工夫の跡が見られる。
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朝取り野菜

2016年04月22日 | 農作業


野菜作りの楽しさは、昨秋に蒔いた種が越冬して春になって収穫できることだ。コリアンダーも五月菜も今が伸び盛り。そのため全体がやわらかく、春の味覚が堪能できる。スーパーで買ったものとは一味違う、懐かしい味である。それは多分、農家育ちの子どものころの味覚体験を思い出させてくれるためだと思う。

人の体内には、グルタチオンという抗酸化物質がある。この物質が多く体内に持っている人は、健康レベルが高い。病気や事故からの回復が、若い人と同じように早いことが知られている。酸化した食べ物を取り込んだとき、グルタチオンは腸壁でその食品を無害化する。これは、食事でこの物質多含んだ食材をとることで、抗酸化に強い体質を獲得できる。

グルタチオンを多く含んでいる食べ物としては、野菜と果物があげられる。なかでも、アボガド、アスパラガス、スイカがその筆頭格だ。キャベツやブロッコリーは、体内でグルタチオンを作りだす働きがある。ネギなども効果があると、ものの本に書いてある。

朝取りのおいしい野菜は、自分で食べるのは一番だが、近所や知り合いもおすそ分けしたり、また子どもたちに送ることで、その楽しみを共有できる。そこから、昔ながらの日本特有の懐かしい人間関係が、生まれ維持することができる。
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石楠花

2016年04月21日 | 


朝の散歩の途中に、大きな石楠花を植えているお宅がある。そろそろ花をつけたのではないかと足を延ばしてみた。すると、木にある花芽という花芽が見事な花をつけて、満開であった。山の石楠花を見る前に、住宅街で山の花を見る至福を得た。庭の花は、そこの家人が愛してやまないものであろうが、通りすがりの人々の目を楽しませる存在である。このお宅の庭も、2、3年前に初めて見たのだが、花の季節になると、「そういえばあそこのお宅の石楠花は咲いただろうか」などと、想像をたくましくして、散歩の足を延ばす。

空の深ささびし石楠花さきそめぬ 角川 源義

石楠花は高山に咲くため、季語は夏になっている。角川源義がさびし石楠花と表現したのも、山に咲く石楠花であろう。里に栽培されている石楠花は、八重桜のころ、百花繚乱の春の花の一部になっている。同じ桜でも、西蔵王の高地に咲く大山桜は、これからが見頃である。八重桜の豊穣、サツキの清楚、菜の花の可憐、春の一番いい花の季節である。



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