「電」という字は、なぜアメカンムリなのだろう。
いつも疑問に思っていた。
諸説あるようだが、「カミナリ」が由来、というのが一番わかりやすかった。フランクリン博士がカミナリを発見したかなりあとで、雨が降ると平らな場所にカミナリが落ちることがあるから、雨の下に田をつけて「雷」と読ませた。
では、電は?
雷は自然現象だ。それに対して、人が作ったエネルギーと雷を分ける必要があった。だから雷に尻尾をつけて「電」としたのかもしれない。
後半は、私の推理だから、きっと間違っていると思う。
・・・という長い前振りのあとに、今回も、誰からもあまり共感されない話を。
同業者に、人類史上最も馬に激似の「お馬さん」がいる。
馬の年はわかりづらいのだが、おそらく私より10歳近く下だと思う。
お馬さんとは、15年以上の付き合いになる。埼玉のメガ団地に住んでいた頃からの付き合いだ。
ただ、この馬は金持ちだ。私は賃貸に住んでいたが、お馬さんは、分譲マンションに住んでいた。車は、ボルボとフォルクスワーゲンを持っていた。ワーゲンは、もっぱらお馬さんの奥さんが運転し、お馬さんはボルボに乗っていた。
お馬さんは、極度の潔癖症だ。電車に乗れないのだ。吊り革に掴まれないし、誰が座ったかもわからないシートにも座れない。
だから、移動はいつもボルボだ。
お馬さんは、トイレも自宅のものしか受け付けない。外では用が足せないのである。催してもひたすら我慢する。
体に悪いよ、と言っても、「だって、無理ですもん」と、鼻息荒くいななくのだ。
お馬さんとは、仕事をシェアすることがある。打ち合わせは、ファミリーレストランが多い。そこで、お馬さんは、携帯用除菌スプレーをひたすら自分の身の回りにシュッシュしまくるのだ。
私には、その行為は病的に映るが、お馬さんにとって、それは心を落ち着かせるためには、なくてはならない儀式なのだろう。
だから、それはいい。気がすむまで、どうぞ、と言うしかない。
ただ、お馬さんの生真面目さと几帳面さは、なんとかならないものか、と私は思う。
私は、「生」という言葉は好きだが、「真面目」と「几帳面」は好きではない。
この部分だけは、うまく調教したいと思っていた。
世の中には、電話が鳴ると「すぐ出る派」と「出ない派」がいると思う。
お馬さんは、すぐ出る派だ。打ち合わせの最中に電話が鳴ると、「ちょっとすみません」と言って必ず出る。
それを見て、俺との打ち合わせは、後回しかよ、と私はいつも思う。
電話が終わって、急ぎの用だったの? と聞くと「いえ、急ぎと言うほどでは・・・」といつもお馬さんは答える。
でしょ。
私の長いフリーランスとしての経験上、99%の電話は緊急性がない、と断言できる。
リアルタイムで出なくても、留守番電話を聞いて内容を吟味してからでも事足りる電話ばかりだ。
場合によっては、留守番電話を聞いたとしても折り返し電話する価値のないものも多くある。
なんで、そんなに電話に出たがるの?
私は、打ち合わせ中にiPhoneが震えたとしても絶対に出ない。だって、目の前の打ち合わせの方が大事だから。
時に相手が気を使って、「電話鳴ってますよ、遠慮しないで出てください」と言われることがあるが、遠慮なんかしてませんから。どうせ緊急性なんかないんだから。
ただ、大学時代の友人カネコの娘のショウコのときだけは必ず出る。
あとが怖いから。
スマートフォンのディスプレイを見て、直感的に出ることも稀にあるが、多くは、放っておく。
留守番電話で「修正があります。今日中になんとかなりますか」と切羽詰まった声を聞いて、折り返して詳しく話を聞くと、大した修正ではないし、校了まで5時間以上もある。全然、緊急性がない。
心配性にもほどがある。
そもそも私は、時と所構わず、勝手に鳴る電話が好きではない。
俺、仕事中なんだけど。晩メシを作っている最中なんだよね。電車に乗ってるのよ。自転車漕いでますけど。トイレの最中だわさ。仕事がひと段落して脱力してるんですけど。
そんなとき、そっちの都合で電話かけてきても、俺は出ないよ。
どうせ、大した用事じゃないんだから。
留守番電話が吹き込まれていたら、必ず聞く。その中で、折り返しが必要だと思ったら、メールかLINEを送る。
今は手が離せませんが、何時何分にこちらから連絡します。時間の都合が悪い時だけ返信ください。
そのように送ると、お馬さんは、こちらが指定した時間を無視して、こちらがメールやLINEを送った1分後に電話をかけてくるのである。
メールやLINEで時間指定した意味が、まったく分かっていない。
「だって、忘れてしまうかもしれないでしょ」
長い付き合いなのに、お馬さんは、私という人間が理解できていない。
俺のメールやLINEなんて、忘れてくれたっていいんだよ。相手から返信がなかったり、電話に出なかったとしても、俺は、そんな小さなことは気にしないから。
忘れているのかな、と判断したら、また翌日にメールやLINEを送るから。それで、いいではないか。
この私の方式が、なかなか理解できなかった生真面目なお馬さんだったが、2年くらい前から突然「ヒヒン(わかりました)」と馬格(人格?)が変わった。
実は、お馬さんにはお孫さんがいた。馬二世が22歳で結婚し、子供が生まれた。しかし、すぐに離婚。子どもの親権は馬二世が持ち、お馬さんと同居した。お馬さんは40代でおじいちゃんになったのだ。
孫が3歳後半の頃、公園でお馬さんは孫と遊んでいた。そのとき、電話がかかってきた。馬の習性として、すぐに電話に出た。
しかし、電話を終えたあと、孫がお馬さんに対して怒ったのだ。
「なんで、僕と遊んでるのに、電話に出るの! 僕と電話、どっちが大事なの!」
孫の抗議にショックを受けたお馬さんは、それ以来、孫の前では電話を受けないようになった。
さらに、お馬さんは「ながら馬」だった。
メシを食いながら、テレビを見たり、新聞を読んだり、スマートフォンをいじるのは当たり前。それが、日常生活にこびりついていた。
我が家では、「ながら」は、ありえない。メシのときに、テレビをつけたり、スマートフォンをいじることはない。メシのときは、会話がオカズだ。
しかし、お馬さんは、平気で「ながら」をする。愚かなことに、ファミリーレストランで打ち合わせをしたとき、「ご飯を食べながら、打ち合わせしませんか。その方が効率的ですよね」と提案してきたことがあった。
効率的? は? 何を根拠に?
一応、お馬さんの顔を立てて、食いながら打ち合わせをしてみた。
1時間以上かかった。しかも、メシは冷めて不味くなっているし。
他の日。
メシを食ったあとで、打ち合わせをしてみた。メシで15分。打ち合わせで25分。40分で終わった。さあ、どっちが効率的ですかね。お馬さん。
世の中の会社には、ブレックファースト会議なるものがあると聞く。
みんなで朝メシを食いながら会議をするというのだ。
アホじゃないか。
普段だって、いいアイディアが浮かばないのに、朝メシを食っただけで、いいアイディアが浮かぶという考えが愚かだ。
そんなことを考えるやつは、きっと新宿でいかがわしいコンサルタント業を営む白痴的な男と同類に違いない。
ある日、孫と2人で晩メシを食っていたお馬さん。
いつもながら、メシの間中、テレビがつけっぱなしだった。ニュースが流れていた。お馬さんの目と耳はテレビの方に向いていた。
孫は、そんなお馬さんに真剣に語りかけていた。だが、お馬さんはうわの空。
「なんで、おじいちゃんは、僕の話を聞いてくれないの! 僕より、テレビが好きなの!」
孫がキレた。
それ以来、お馬さんは、孫の前で「ながら」をやめた。
お馬さんが言う。
「Mさんには、色々と教わりました。携帯に振り回されてはいけませんよね。テレビ見ながら食事もダメですよね」
そうですよ。馬には馬のマナーというものがあります。
そうしないと、ウマくいくものもウマくいきませんから。
「ところで、もう一つ教えてもらえませんか」
ガストのチーズINハンバーグはウマいね。
ウマウマ。
「ボク、最近、衰えを感じてきましてね」
もう年なんだから、レースは引退した方がいいと思いますよ。牧場で、ノンビリ過ごしたらいかがですか。
「だから、ランニングを始めようかと思ってるんですよ」
まだ、走るつもりですか。地方競馬?
「Mさんは、ずっと走っているじゃないですか。10キロくらいは、平気で走れるんですよね」
いや、平気ではないですよ。まず、右足と左足をなるべく早く動かして、重心を前に移動させないと早く走ることはできません。
そして、呼吸。吸うだけではダメなんですよ。吐かないと息が続かないんです。息が続かないと心臓が止まって死んでしまいます。
さらに、ランニングにはランニングシューズが必要です。ランニングウエアもあった方がいいでしょう。それと、できればストップウォッチ付きの腕時計があればベターですね。
つまり、結構カネがかかるんですよ。
でもね、お馬さん、それよりも重要なことがあります。何かわかりますか?
「重要なこと?」
そうです。
これが、一番重要なのですが、市民マラソンでは、人間と盲導犬以外は走れないんですよ。
わかりますか? 走れるのは、人間と盲導犬だけなんです!
ヒヒン?