私には娘が1人いる。
そして、私が勝手に娘だと思っている子が、何人かいる。
そのうちの1人が、いま石川県金沢市で暮らし、大手飲料メーカーで奮闘している大食いのミーちゃんだ。
ミーちゃんは、一回の食事で必ず三合のメシを食うフードファイターだ。
白いメシに塩コショウを振りかけて食ったり、インスタントラーメンをかき込みながら、たまにハムをハムハムしながら白メシ三合を食うのである。
たとえば、寿司なら焼肉食い放題の店で、陳列してある寿司60貫を独占することもある。焼きおにぎり15個を独占することもある。カレーライスをライス大盛りで、カレールー少々をかけて6杯独占することもある。
独占禁止法違反ではないだろうか。
ミーちゃんは、中学3年のとき、私の娘と同級生だった。
そして、両親の離婚騒動に嫌気がさして、中学3年6月から高校1年の7月まで、我が家に居候をしていたことがあった。
両親の離婚調停は4ヶ月足らずで終わったが、ミーちゃんは、その後も我が家に居続けた。
一度だけ、父親に「しばらく夏帆の家にいて、頭を冷ますから」と電話をかけていた。
ミーちゃんは親権を母親が持ったのが、気に食わなかったのだ。ミーちゃんは23歳の今に至るまで、母親と折り合いが悪かった。8年以上まともに口をきいたことがないほどだ。
異常だ。
高校1年の夏休み前、この異常な事態を打破するため、ミーちゃんの母親が児童相談所と高校に相談に行った。
児童相談所の人が訪問してきた。児童相談所の女性はとても低姿勢で、私とミーちゃんの言い分を真剣に聞いてくれた。
しかし、高校の教頭や校長は、何の権限があるのか、私とミーちゃんを高校に呼び出して罵倒した。
「あんた、これは誘拐でしょうが! これは立派な犯罪ですよ、あんた!」
こんなバカな教育者がいることを想定していた私は、この会話を録音していた。
それを再生しながら、私は、名誉毀損ですね、と抗議した。
この子の母親は、1度も我が家にやってこなかった。電話をかけて、留守番電話を吹き込んでも無視。父親は「娘の好きなように」ですよ。
俺は、この子のご両親に会いたかったが、いつも門前払いだ。
あんた、それを知っていて俺を犯罪者扱いするのか。俺は逃げも隠れもしない。だから、あんたたちを訴える。裁判所で会おうか。
そんな風に、バカ2人にタンカを切ったが、賢いミーちゃんは、本当の親に他人が勝てる訳がないのを知っていた。
だから、泣きながら我が家を出て行った。
ミーちゃんが出て行った日。私は、ショックの大きさから、何の変哲もない道路を自転車で走っていたとき、転倒した。肋骨を折った。
無様過ぎて笑うしかなかった。
しかし、ミーちゃんは、その後も月に2、3回は我が家に泊まりにきた。
「だって、私がパピーに勉強を習うっていうスタイルなら、誘拐じゃないもんね。私の意思なんだから」
賢いね、ミーちゃん。
そんな娘のようなミーちゃんから、木曜日にLINE電話があった。
「パピー、信じられる? カレシからプロポーズされたの!」
心臓がドクンと大きく拍動して、息が苦しくなった。
ミーちゃんのカレシのことは聞いていた。
取引先の4歳年上の人だ。昨年の9月から付き合い始めたという。
「5人兄弟の長男で、リーダーシップがあって、男気もあるんだよね。それって、パピーに似てるよね」
いや、俺はリーダーシップはないし、男気もない。リーダーシップと男気は目黒川に捨ててきた。そして、脂肪もない。
「ああ、カレシも脂肪はないかな。ヒョロヒョロだから」
君は、ヒョロヒョロのカレシの前で、三合のメシを平気で食うのか。
「だって、たくさん食べる女の人が好きだからって」
のろけなくてよろしい。
「来週の土曜日、カレシと東京に行くから、会ってくれる?」
また心臓がドクン。
その儀式は、必要なのか。
俺は、君の父親がわりだが、父親ではないのだぞ。
「何を言ってるの! パピーは父親じゃん。精神的な父親だぞ! 悲しいこと言わないでよ」
誕生日。
ミーちゃんは、「パピー、身だしなみは整えよう。これで髭剃りなよ」と言って電動髭剃りをくれたことがあった。
夏、パンツ一丁でウロチョロしている私に、「パピーのパンツ、ヨレヨレだから、新しいトランクス買ってきたから使って」とトランクスをプレゼントしてくれたことがあった。
「お父さんにパンツをプレゼントしたことなんかなかったぞ。新鮮だったな」
ミーちゃんは理想的ないい子なのだ。
ついこの間は、娘のカレシと会った。
そして、今回は、ミーちゃん。
まだまだ、ずっと先まで、ミーちゃんと「親子ごっこ」をしていたかった。
それが、なくなるのか。
「なくならないよ。いつまでたっても、パピーは私のパピーだよ」
でも、他人なんだよな。
他人の俺が、若い娘のカレシに会って、いいのかな。
「あんた、これは誘拐でしょうが! これは立派な犯罪ですよ、あんた!」と罵倒された俺がですよ。
どのツラ下げて、ミーちゃんのカレシに会えばいいのだろう。
ちょっと、今度の土曜日が怖い。
娘に続いて、今度はミーちゃん。いったいこの悪夢は、いつまで続くのだろうか。