個人的な好き嫌いは誰でもあると思う。
私の場合は、タレントのヒロミ氏が、むかし嫌いだった。
お笑い芸人の範疇に入ったと思うが、彼のどこが面白いのか、まったく理解できなかった。
芸能人や一般人をけなして笑いを取る。
一番お手軽で、経験の蓄積も工夫もいらない芸ではないか、と思ったのだ。
ただ、もちろん芸能の世界というのは、素人の私が考えるような表層的な好き嫌いで判断できるものではないこともわかっている。
おそらくヒロミ氏にけなされて笑いを取られた芸能人たちは、それを喜んで、「いい仕事をした」と思っていたのだと思う。
彼にけなされることが、芸能人としてのステータスになっていたのかもしれない、ということは想像がつく。
しかし、それでも私は「他人をけなして笑いを取るのは芸ではない」という考えを捨てきれないのである。
だから、ヒロミ氏の名前が番組クレジットに載っているだけで、私はそのテレビ番組を見ないようにした。
彼は、今で言えば有吉弘行氏と同じくらいの売れっ子だったから、その結果、だいぶバラエティ番組の視聴からは遠のいた。
そんな日々を過ごしているうちに、いつの間にか、彼の姿がテレビから消えていた。
自主的に消えたのか、何かの力が働いたのか、経緯はわからないが、彼のいないテレビが当たり前になって、私はまたバラエティ番組の視聴を再開した。
先日、同業者との恒例の飲み会の席で、タモリ氏の「笑っていいとも」終了に関しての話題が出た。
それに関して、皆が口々に「残念だよねえ」「淋しいなあ」と言っていた。
しかし、そんな彼らに、私は言ったのだ。
君たちは、昨年の今ごろは、「まだやってたのかよ、全く面白くない! 痛々しいぞ」とけなしまくっていたことを忘れたのか。
俺だけが、タモさんの達観した芸を賞賛していたが、君たちはそれを全否定したではないか。
それなのに、この変わりようは何だ! 恥を知れ、恥を!
だが、「でも、matsuさんは、『笑っていいとも』は見てないんだろ、見てない人に言われても説得力がないよ」と全員から反撃を受けて、私はその主張を取り下げた。
その後、日本シリーズの話題になったので、興味のない私は飲み食いに専念することにした。
無言で、イカの塩辛とマグロ納豆の和え物を食いながら生ジョッキを傾けていたら、強圧的な声が私の耳に届いた。
「まったく、おまえら『ゆとり世代』は、礼儀を知らないんだからよお」
その声に反応して右の席を見ると、テーブルに男性4人が座っているのが見えた。
外見からすると、おそらくサラリーマン。
20代後半と思える男が、彼より少し下の男たち3人に対して、時に舌打ちを交えながら意見をしていた。
おまえら『ゆとり世代は』とは言っても、おそらく言っている彼も『ゆとり世代』のように思えるが、それは細かいことになるので詮索はしない。
彼らの会話を聞こうとして聞いたわけではないが、声が大きいので、勝手に耳に届いてしまった。
全体の話の流れからすると、絶えず文句を言っている人は、彼らの大学時代の先輩らしい。
つまり、体育会的封建主義。
「何でおまえ、俺の電話に1回のコールで出ないんだよ。俺を避けてるのか?」
「イブキ先輩の出産祝い、何で俺に相談なしに決めるんだ、おまえら、いつからそんなに偉くなったんだ」
「ほら俺のグラスが空だろ、すぐ注げよ、絶えず先輩の俺に気を配れ、気を抜くな」
「おまえら、二人でコソコソしゃべるな。俺に聞こえるようにしゃべるんだ。今日は、この4人がチームなんだから、関係ない話はするな」
「おい! トイレに行くときは、黙って行くんじゃない。先輩に対して、『トイレに行かせていただきます』が決まりだったろ」
見事な封建主義だ。
彼はきっと、自分も先輩から、このような扱いを受けてきたのだろう。
だから、それを受け継いで、彼も先輩風を吹かせる。
そして、この後輩たちも、その下の後輩に、封建主義で接しているのだと思う。
私も中学、高校、大学と体育会的封建主義の陸上部に所属していたから、それは理解できる。
彼らは、けなしたり叱ったりすることは、「愛ある行為」だという認識を持っているのだと思う。
しかし、こうやって酒を飲みながら、完全に第三者の立場で先輩の言葉を聞いていると、それは「言いがかり」にしか聞こえない。
とは言っても、それに目くじらを立てるのは、野暮というものだろう。
お互いが、その状態を納得しているのなら、それは平和な関係だ。
それを否定することはない。
おそらく、前述のヒロミ氏と、けなされた芸能人の関係も、この種のものだったのだろう。
私は見るのに耐えられなかったが、それは私だけの問題で、多くの人は、そうではなかったかもしれない。
笑いに対する好みは、人それぞれだ。
そんなことを考えていたら、その「けなしの先輩」が、居酒屋の女性店員に、こう怒鳴るのが聞こえた。
「なんだよ、おまえ。頼んだら、すぐ持ってこいよ。持って来れないなら土下座しろよ。いや、土下座はまずいか。炎上しちゃうからなあ。だったら、心の中で土下座しろ、シッ、シッ!」
そう言って、店員に向かって、さばくように手を振った。
その光景を見て、思った。
先輩後輩の間では許されることも、他人との間では許されないこともある。
客が店員に対して、何を言っても許されるということはない。
店員にマナーは必要だが、客にもマナーは必要だ。
それは、イーブンの関係である。
もしかしたら、ヒロミ氏も、そのあたりの区別を混同して、テレビ画面から消えたのではないか、と思った。
いまさら、どうでもいい話だが。
私の場合は、タレントのヒロミ氏が、むかし嫌いだった。
お笑い芸人の範疇に入ったと思うが、彼のどこが面白いのか、まったく理解できなかった。
芸能人や一般人をけなして笑いを取る。
一番お手軽で、経験の蓄積も工夫もいらない芸ではないか、と思ったのだ。
ただ、もちろん芸能の世界というのは、素人の私が考えるような表層的な好き嫌いで判断できるものではないこともわかっている。
おそらくヒロミ氏にけなされて笑いを取られた芸能人たちは、それを喜んで、「いい仕事をした」と思っていたのだと思う。
彼にけなされることが、芸能人としてのステータスになっていたのかもしれない、ということは想像がつく。
しかし、それでも私は「他人をけなして笑いを取るのは芸ではない」という考えを捨てきれないのである。
だから、ヒロミ氏の名前が番組クレジットに載っているだけで、私はそのテレビ番組を見ないようにした。
彼は、今で言えば有吉弘行氏と同じくらいの売れっ子だったから、その結果、だいぶバラエティ番組の視聴からは遠のいた。
そんな日々を過ごしているうちに、いつの間にか、彼の姿がテレビから消えていた。
自主的に消えたのか、何かの力が働いたのか、経緯はわからないが、彼のいないテレビが当たり前になって、私はまたバラエティ番組の視聴を再開した。
先日、同業者との恒例の飲み会の席で、タモリ氏の「笑っていいとも」終了に関しての話題が出た。
それに関して、皆が口々に「残念だよねえ」「淋しいなあ」と言っていた。
しかし、そんな彼らに、私は言ったのだ。
君たちは、昨年の今ごろは、「まだやってたのかよ、全く面白くない! 痛々しいぞ」とけなしまくっていたことを忘れたのか。
俺だけが、タモさんの達観した芸を賞賛していたが、君たちはそれを全否定したではないか。
それなのに、この変わりようは何だ! 恥を知れ、恥を!
だが、「でも、matsuさんは、『笑っていいとも』は見てないんだろ、見てない人に言われても説得力がないよ」と全員から反撃を受けて、私はその主張を取り下げた。
その後、日本シリーズの話題になったので、興味のない私は飲み食いに専念することにした。
無言で、イカの塩辛とマグロ納豆の和え物を食いながら生ジョッキを傾けていたら、強圧的な声が私の耳に届いた。
「まったく、おまえら『ゆとり世代』は、礼儀を知らないんだからよお」
その声に反応して右の席を見ると、テーブルに男性4人が座っているのが見えた。
外見からすると、おそらくサラリーマン。
20代後半と思える男が、彼より少し下の男たち3人に対して、時に舌打ちを交えながら意見をしていた。
おまえら『ゆとり世代は』とは言っても、おそらく言っている彼も『ゆとり世代』のように思えるが、それは細かいことになるので詮索はしない。
彼らの会話を聞こうとして聞いたわけではないが、声が大きいので、勝手に耳に届いてしまった。
全体の話の流れからすると、絶えず文句を言っている人は、彼らの大学時代の先輩らしい。
つまり、体育会的封建主義。
「何でおまえ、俺の電話に1回のコールで出ないんだよ。俺を避けてるのか?」
「イブキ先輩の出産祝い、何で俺に相談なしに決めるんだ、おまえら、いつからそんなに偉くなったんだ」
「ほら俺のグラスが空だろ、すぐ注げよ、絶えず先輩の俺に気を配れ、気を抜くな」
「おまえら、二人でコソコソしゃべるな。俺に聞こえるようにしゃべるんだ。今日は、この4人がチームなんだから、関係ない話はするな」
「おい! トイレに行くときは、黙って行くんじゃない。先輩に対して、『トイレに行かせていただきます』が決まりだったろ」
見事な封建主義だ。
彼はきっと、自分も先輩から、このような扱いを受けてきたのだろう。
だから、それを受け継いで、彼も先輩風を吹かせる。
そして、この後輩たちも、その下の後輩に、封建主義で接しているのだと思う。
私も中学、高校、大学と体育会的封建主義の陸上部に所属していたから、それは理解できる。
彼らは、けなしたり叱ったりすることは、「愛ある行為」だという認識を持っているのだと思う。
しかし、こうやって酒を飲みながら、完全に第三者の立場で先輩の言葉を聞いていると、それは「言いがかり」にしか聞こえない。
とは言っても、それに目くじらを立てるのは、野暮というものだろう。
お互いが、その状態を納得しているのなら、それは平和な関係だ。
それを否定することはない。
おそらく、前述のヒロミ氏と、けなされた芸能人の関係も、この種のものだったのだろう。
私は見るのに耐えられなかったが、それは私だけの問題で、多くの人は、そうではなかったかもしれない。
笑いに対する好みは、人それぞれだ。
そんなことを考えていたら、その「けなしの先輩」が、居酒屋の女性店員に、こう怒鳴るのが聞こえた。
「なんだよ、おまえ。頼んだら、すぐ持ってこいよ。持って来れないなら土下座しろよ。いや、土下座はまずいか。炎上しちゃうからなあ。だったら、心の中で土下座しろ、シッ、シッ!」
そう言って、店員に向かって、さばくように手を振った。
その光景を見て、思った。
先輩後輩の間では許されることも、他人との間では許されないこともある。
客が店員に対して、何を言っても許されるということはない。
店員にマナーは必要だが、客にもマナーは必要だ。
それは、イーブンの関係である。
もしかしたら、ヒロミ氏も、そのあたりの区別を混同して、テレビ画面から消えたのではないか、と思った。
いまさら、どうでもいい話だが。