ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ブルー・スピリット・ブルース

2011-02-15 02:02:13 | 60~70年代音楽
 ”Blue Spirit Brues”by 浅川マキ

 この間も書いたけど、事情が事情だけに「待ちに待った!」とか書くわけにも行かない複雑な成り行き。
 自作のCD化を強硬に拒んでいた歌手本人の死去によって、やっと再び世に出ることの可能になった、浅川マキ70年代作品の一つ。今回が初CD化である。
 などと言っているけど、このアルバムは当方も聴いたことはなかった。オリジナルは1972年度発売ということで、その頃には私も、それほど気の入ったマキ・ファンでもなくなっていたということか。

 飛び出してきた音の、ある種の湯上り感覚に、こちらの方の力も抜ける思いがした。湯上り感覚ったって、冒頭の曲は”自分が死んだ夢を見て、夢の中で地獄の鬼にフォークで差されて・・・」なんて歌詞内容のドロドロのブルースなんだから、こんな不適当な表現もないものだが。
 それでも。なんかマキの背負っていたいろいろなものが洗い流されていて、そのスッキリ感がまず印象に残る。

 淡々とリズムを刻むギターとブルージィに合いの手のフレーズを入れるギター、これだけをお供のブルース小唄集だ。細かく見れば、それにトランペットが入ったりピアノが入ったりはあるけれど、基本はシンプル、モノクロな音像で事は淡々と進んで行く。マキの歌声も明るい。いや、明るくはないか、暗くはあるが湿度がずいぶんと排除された歌声である。
 そこにはデビュー当時色濃く影を落としていた寺山修司もいなければ、60年代末の重苦しいアングラ魂も淀んでいない。フフン~♪と好きなブルースをハミングしてみるマキがいるだけだ。

 ある日ふと立ち止り、歌手稼業をここまで続けて来た自分を振り返ってみた。そして、いつのまにか背負わされていたさまざまなものを、いったん地面に下ろしてみた。そんな盤じゃないのか、これ?
 そうだよ、重過ぎる曲、”奇妙な果実”だって、「あのビリー・ホリディの」なんて考えすぎずに歌ってしまえばいいんだ。という次第でここに収められたそれは、”洋楽好きなマキ”の横顔をがうかがえる嬉しい作品となった。

 それから。ライブや別の盤で聴いてよく意味の分からなかった"大砂塵”なんて曲がスッと心に入ってきた。何でそんなことになったのかまるで分からぬままに見知らぬ街の夕暮れを見上げる永遠の迷子。それにしても、”ハスリン・ダン”みたいな歌、もっと歌ってくれたら良かったのにな。
 とはいえ荷を下ろし一息ついたのもつかの間。人間は生きて行くうちに、またいつかいろいろ余計なものを背負い込んでしまうわけなんだけれども。