”BACH ORGAN MASTERWORKS”
いろいろままならぬ現世の成り行きのせいか、このところ気持ちが鬱に傾斜するばかりであって。だからこういうCDを聴いている、というのも理屈に合うような合わないような、やっぱり合わない話かと思うが、バッハのオルガン曲集だ。
こうして外の雨の音を聴きながら深夜、一人で出口のない気分で聴いていると、「この音楽はブルースだな。それも戦前の、盲目の黒人がギター一発でやってる奴だ」なんて確信が沸いて来るのだった。
ズリズルと蠢きまわる低音と、ガシガシと奔放な走りを見せる高音部。即興性という名のもとに奔放な暴走を繰り返す演奏者の指先。
20世紀のはじめ、アメリカ南部の夕暮れに街の辻に立ち、聴衆にギターのネックに紐で結んだ空き缶めがけて銅貨一つを放り込んでもらわんがために渾身の演奏を聴かせた貧しい盲目のブルースシンガーのギター演奏に、これら秘儀を尽くしたオルガンの響きは似たものを持ってはいないだろうか?それは人の魂のどこか深く、奇妙に歪んで生暖かく懐かしい場所での出来事なのだが。
地中海の陽光に祝福されたローマ帝国の栄光を思えば辺地と言える、雪に閉ざされたドイツの地で、音楽上の様々な実験を鍵盤の上に、五線譜の上に展開させつつバッハは、ふとペンを止めて呟く。
「ミシシッピィ河とは何のことだったかな?どうやら地名のようだが、どこで私はそのようなものを覚えてきたのか?」
思い出せなかった。しつこいセキが、またひとしきり彼を苦しめた。今年の冬はことのほか寒く、そして長く続き、もしかしたら永遠に春は来ないのではないか、などという気持ちにまで襲われるのだった。
ウィリー・ジョンは日がな一日続く綿摘み作業で痛む腰を叩きながら、今朝方から何度も頭の中で蘇っている”フーガ”とか”コラール”とかいう言葉の意味はいったいなんだったろうか、という妙な疑問の答えを探している。頭の隅のどこからか、そんな言葉が湧いて出たのだが、どこで聞いた言葉だったのか。
いかん、こんな事をしていると白人の旦那方は、またオラたちを仕事をサボるなと叱るだろう。ああ、年老いたミシシッピィ河よ。お前は何を思いながらそうして毎日、流れ続けているのだ。俺らの苦労など知らぬ顔で。
頼りに出来るものは何もない。ただ高みにいてすべてを見守っていてくださるあの方だけが心の支えだ。そう信じよと、教わって来た。
雲の切れ目から陽が差している。また楽想が浮んだ。指が自然に鍵盤を、あるいはギターのフレットをまさぐる。音楽は続く。
いろいろままならぬ現世の成り行きのせいか、このところ気持ちが鬱に傾斜するばかりであって。だからこういうCDを聴いている、というのも理屈に合うような合わないような、やっぱり合わない話かと思うが、バッハのオルガン曲集だ。
こうして外の雨の音を聴きながら深夜、一人で出口のない気分で聴いていると、「この音楽はブルースだな。それも戦前の、盲目の黒人がギター一発でやってる奴だ」なんて確信が沸いて来るのだった。
ズリズルと蠢きまわる低音と、ガシガシと奔放な走りを見せる高音部。即興性という名のもとに奔放な暴走を繰り返す演奏者の指先。
20世紀のはじめ、アメリカ南部の夕暮れに街の辻に立ち、聴衆にギターのネックに紐で結んだ空き缶めがけて銅貨一つを放り込んでもらわんがために渾身の演奏を聴かせた貧しい盲目のブルースシンガーのギター演奏に、これら秘儀を尽くしたオルガンの響きは似たものを持ってはいないだろうか?それは人の魂のどこか深く、奇妙に歪んで生暖かく懐かしい場所での出来事なのだが。
地中海の陽光に祝福されたローマ帝国の栄光を思えば辺地と言える、雪に閉ざされたドイツの地で、音楽上の様々な実験を鍵盤の上に、五線譜の上に展開させつつバッハは、ふとペンを止めて呟く。
「ミシシッピィ河とは何のことだったかな?どうやら地名のようだが、どこで私はそのようなものを覚えてきたのか?」
思い出せなかった。しつこいセキが、またひとしきり彼を苦しめた。今年の冬はことのほか寒く、そして長く続き、もしかしたら永遠に春は来ないのではないか、などという気持ちにまで襲われるのだった。
ウィリー・ジョンは日がな一日続く綿摘み作業で痛む腰を叩きながら、今朝方から何度も頭の中で蘇っている”フーガ”とか”コラール”とかいう言葉の意味はいったいなんだったろうか、という妙な疑問の答えを探している。頭の隅のどこからか、そんな言葉が湧いて出たのだが、どこで聞いた言葉だったのか。
いかん、こんな事をしていると白人の旦那方は、またオラたちを仕事をサボるなと叱るだろう。ああ、年老いたミシシッピィ河よ。お前は何を思いながらそうして毎日、流れ続けているのだ。俺らの苦労など知らぬ顔で。
頼りに出来るものは何もない。ただ高みにいてすべてを見守っていてくださるあの方だけが心の支えだ。そう信じよと、教わって来た。
雲の切れ目から陽が差している。また楽想が浮んだ。指が自然に鍵盤を、あるいはギターのフレットをまさぐる。音楽は続く。