報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
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 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「明日ハレの日、ケの昨日」

2016-03-10 21:13:57 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[3月10日08:00.天候:曇 JR中央本線特急“スーパーあずさ”6号・1号車内 稲生勇太&マリアンナ・ベルフェ・スカーレット]

 2人の魔道師を乗せた特急列車は、定刻通りに松本駅を発車した。
 尚、中央本線とあるが、実際は松本駅を出た時点で走る線路は篠ノ井線である。
 乗車率は90%近くあり、この時点で満席に近い。
 春休みだからなのか、稲生達と大して歳の変わらぬ若者達が多い。
 イリーナが一緒にならグリーン車に乗せてもらえたかもしれないが、弟子2人だけとあってはそんな贅沢はできなかった。
 マリアは一応、免許皆伝を受けた1人前となってはいるが、あくまで独り立ちが認められたというだけで、自分も新たに弟子を取って育成する権利を手にしたわけではない。
 多くはそのタイミングは、かつての自分の師匠や大師匠ダンテから、
「そろそろ弟子を取ってはどうか?」
 と指摘されて、ようやく腰を上げるのが通常のパターンだという。
 イリーナの腰の重さには、さしものダンテも閉口したらしいが。

 外はかなり冷えるのか、窓ガラスは湿気で曇っていた。
 2人は座席からテーブルを出してそこに駅弁を置いたり、窓側に座っているマリアは窓の桟に飲み物を置いたりしていた。
 さすがに普通列車内では着ていたローブやコートを、ここで脱いでいる。
 稲生にも見習魔道師用のローブは支給されているのだが、あまり似合わないので、普段は持ち歩いて、いざという時に着るようにしている。
 さすがに“魔の者”との戦いの時は常に着ていた。
 マリアはローブと、モスグリーンのブレザーも脱いでいる。
 小柄で童顔な彼女は、ブレザーとプリーツスカートがよく似合っていた。
 ダンテ一門の魔女で、こういう恰好している者はあまりいない。
 せいぜい、エレーナが黒いベストに白いブラウス、赤いリボンに黒いスカートを穿いているくらいだろうか。
 ホウキで飛ぶ魔女はある程度スカートが短いのだが(長いとホウキに跨りにくいとのこと。エレーナ談)、そうでないマリアが丈の短いスカートを穿いているのは、稲生を意識しているからではというのが同期の魔女達の噂だ。
「本当に日本は、食べ物が美味い」
 マリアは買った駅弁をパクパク食べていた。
「“魔の者”から逃げる為に日本まで来たけど、ここならずっと住んでていいかもしれない」
「イギリスに帰る予定ではあったんですか?」
「どうかな……。ハンガリーの生家ももう無いし、イギリスでは私はもう死んだことになってるから」
 マリアは生粋のイギリス人ではなく、ハンガリー生まれのイギリス育ちである。
「“魔の者”も、いつ襲って来るか分からないし、そもそもいつ倒せるかも分からない。だから……」
「分かりました。僕も他人事じゃないですし、一緒に頑張ります。この日本で、しばらく一緒に……」
「ありがとう」
 マリアは笑みを浮かべた。

[同日10:53.天候:雨 JR東京駅 稲生&マリア]

 電車は中央本線を東に進む。
 過去に合宿を行った藤野駅を軽やかに通過し、高尾駅から先はオレンジ色の快速電車とのすれ違いを繰り返す。
 三鷹から先は総武線各駅停車とも並走し、こちらも軽く追い抜いた。
 近くの席には小さい子供とその父親が座っていて、子供が特急の速さについて喜んでいたが、それに対して父親が、
「各駅停車はサイコロ1つだけど、こっちはサイコロ3つだから」
 と答えていたが、その意味を知っているのは、その車両で稲生だけだったかもしれない。
(特急カード、か……)
 稲生は心の中で苦笑いしながら魔道書のページを捲った。
 マリアのは上級者向けだが、稲生のは初心者向けである。
 その差はマリアが高校の教科書で、稲生が小学校の教科書とでも言えば良いか。
 で、その稲生が自分に与えられた魔道書を開くと、
「ん?」
 そのページにカードが挟まっていた。
 一瞬、何かのタロットカードかと思ったが、そうではなかった。
 デザインはタロット風なのだが、その絵柄が、どう見ても583系電車そっくりなのである。
 で、『Ⅲ(ローマ数字で3) Ltd exp.』と書かれていた。
(リミテッド・エクスプレス……?……!!)
 バンッ!と、慌てて稲生は魔道書を閉じた。
「どうした?ユウタ?」
 うつらうつらしていたマリアがそれで目を覚ます。
「あ、いえ、何でもありません」
 稲生は慌てて、手を振った。

 そうしているうちに電車は神田駅を通過し、すぐに東京駅中央線ホームへと入線した。
「さあ、降りましょう」
 稲生は魔道書を荷物の中に入れると、デッキに向かった。

〔「ご乗車ありがとうございました。終点、東京、東京です。……1番線の電車は折り返し、回送となります。これからのご乗車はできませんので、ご注意ください」〕

(あー、ビックリした。まさかタロットカード……のようなものが出てくるなんて)
 稲生は冷や汗をかきながら電車を降り、エスカレーターに向かった。
「何かあったのか?」
 マリアが不審そうに聞いて来た。
「あ、いえ……その……。2番線に止まっている快速なんですけど……」
「うん」
「快速列車も、区分上は普通列車の部類に入るんですよ」
「それで?」
「“特急カード”使ったら、サイコロ3つ振って、特急に化けるんだろうなぁ……って」
「??? 何言ってるの???」
 マリアは怪訝な顔をした。
「……魔道書にそんなこと書いてあった?」
「無いです」
 むしろ、書いてあってたまるか。

 中央線ホームから新幹線ホームに移動する。
「人が多いですから気をつけて」
「ああ。……あんまり人間の多い所は嫌いだな」
「ですよねぇ……」
 特にマリアのように、人間時代、多くの人間から虐待だの迫害だの受けた魔女にとってはだ。
 稲生が手を差し出すと、マリアは手袋越しながら稲生の手を掴んだ。
「新幹線改札口は自動改札なので、キップは1人ずつ持ちましょう」
「まだ少し、時間があるみたいだな」
 乗り換え先の新幹線特急券には、『やまびこ49号』と書かれていた。
 スムーズに乗り換えるなら、もう1本前の“はやぶさ”17号でも良かったと思うが、これは万が一、中央線のダイヤが乱れ時のことを考えて余裕を持たせた結果である。
 実際、駅構内放送では総武快速線が人身事故で止まり、総武線各駅停車にも少なからず影響が出ているらしい。
 大学時代まで首都圏の電車で通学していただけに、そこは抜かりなかった。
 また、イリーナ組の信条として、『常に余裕を持った思考・行動を』というのもある。
 余裕の無い精神状態は、正に悪魔が付け入る隙を与えてしまうからというのは表向きの理由で、実際はイリーナがのんびりやりたいからである。
「そうですね」
「まあ、ユウタは新幹線を見る楽しみもあるのかな?」
「いや、ハハハ……」
 稲生は図星を突かれて、苦笑いした。
 そして、緑色に塗られた大きな自動改札機を通った。
「列車の乗り換えは、これで最後ですから」
「ああ、分かった」

 ホームへ上がるエスカレーターへ向かう最中、マリアの手持ちの水晶球が鈍い光を放った。
「ちょっと待って。師匠からだ」
「!?」
 イリーナからの緊急電か。
 一体、何があったのだろうか。
 マリアは神妙な顔をして、ローブの中から水晶球を取り出した。
 まさか、いきなり“魔の者”の情報だろうか。
コメント (4)
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