[3月11日19:00.天候:晴 仙台市宮城野区福室・仙台コロナワールド1F男子トイレ 稲生勇太]
退館してバス停に向かう前に、トイレに寄る稲生。
「ふう……。風呂上がりのマリアさんもかわいいな」
便器の前に立ってホッと一息つく稲生の隣の便器に立つ者がいた。
「うむ。因みに、マリアンナは生理前……2〜3日前の今くらいが1番性欲が高まる傾向があるので、更なる告白をするなら今だよ」
「は!?」
バッと隣を見ると、そこにはタキシードと蝶ネクタイを着けたベルフェゴールの姿があった。
「ベルフェゴール!マリアさんの使い魔が何の用だ?お前の仲間の“色欲の悪魔”なら、僕が1人前になってからの契約のはずだぞ?」
「はははは……(苦笑)。使い魔か。まあ、実質そのようなものだな」
「僕に何か用か?」
「もう少し落ち着きなさい。私が立場上、キミの魂を食らうことが今できるとでも思うのかい?もう少し、自信を持ちたまえ。稲生勇太君?」
稲生は足が震えていた。
隣にいる悪魔は、キリスト教でも名高い“七つの大罪の悪魔”の1つ、“怠惰の悪魔”のベルフェゴールなのである。
RPGでは大ボスを張ることが多い。
ゲームによっては魔王扱いされる“暴食の悪魔”ベルゼブブの同僚でもある。
「マリアさんを不幸にした悪魔が!」
「おいおい、勘違いしてもらっては困る。私は契約通りに動いただけだ。稲生君、今度から契約書とか規約書はよく読んでからサインした方がいいよ」
「なに!?」
稲生は便器から離れて、洗面所に向かった。
「私とてキミとマリアンナの仲については、是非進展してもらいたいと思っている。もし何だったら、私に頼めばいくらでも協力するよ」
「悪魔に頼むつもりはない!」
魔道師が悪魔と契約するのは、悪魔から更なる魔力をもらう為と、自身の身辺警護の為である。
「人間と契約する時の悪魔と、魔道師と契約する時の悪魔の立場の違いがよく分かっていないようだな。帰宅したら、その辺よく確認すると良い」
ベルフェゴールはそう言うと、先にトイレから出ていった。
間髪いれず、稲生もすぐにトイレを出たのだが、既にベルフェゴールの姿は無くなっていた。
[同日19:20.天候:晴 仙台市宮城野区鶴巻・仙台市営バス『鶴巻』バス停 稲生、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
夜になって、市内は風が出て来たようだ。
ヒュウと風が吹いて、稲生を除く魔道師達のローブが風に靡く。
「19時21分発、荒井駅行き。これですね」
バス停に並ぶ乗客はおらず、稲生達だけである。
すぐ近くの産業道路からは、多くの車が往来する音が聞こえる。
バス停のある場所はそこから1本入った道であり、道幅は狭くないのだが、その割には交通量が少ない。
「何か、ベルフェゴールが余計なこと言ったみたいで申し訳無い」
マリアは稲生に謝った。
「あ、いや、いいんですよ。ただ、何で今さらあんなこと言ったのかなぁって……」
もちろん、生理前云々については喋っていない。
「ちょろっと様子を見に来ただけだったんだろうけど、“使い魔”扱いされたから、少しカチンと来たのかもね」
と、イリーナ。
「えっ?」
「使い魔と契約悪魔は違うよ」
「そうなんですか!?」
「うん。実は近いうち、ユウタ君にも使い魔と契約してもらおうと思ってる。使い魔は文字通り、魔道師の“使い”だからね。つまり、使役する下級の悪魔のこと。ベルフェゴールなどは、私達魔道師に魔力を付与してくれる『対等の相手』。まあ、今は私らの買い手市場ではあるけれど、立場的にどっちが上でも下でも無いのよ。まあ、ボケとツッコミかな」
悪魔がボケ役で、魔道師がツッコミ役だろうか。
確かにどちらも重要な役なので、どちらが上でどちらが下でもない。
「そうだったんですか。ベルフェゴールに悪いこと言っちゃったな」
「まあ、ベルフェもバカじゃないから、ユウタ君が知らずにそんなことを言ったくらいは知ってると思うわ」
「師匠、バスが来ました」
そこへ、バスがヘッドライトの眩い光を照らしてやってきた。
〔「宮城運輸支局前、荒井駅方面、鶴巻循環です」〕
かつては起点・終点のバス停であったが、地下鉄東西線開通に伴うバス路線再編成のせいか、ここを発着するのは循環バスだけになってしまった。
その為、起点・終点の停留所ではなくなっている。
なもんで、既に乗っている乗客がいたが、数人だけと数えるだけになっていた。
まだSuicaが使えないので、整理券を取る。
乗り込むと、1番後ろの席に3人並んで座った。
〔「はい、発車します」〕
バスが夜の工場街を進む。
〔毎度、市営バスをご利用頂きまして、ありがとうございます。次は鶴巻保育所前、鶴巻保育所前でございます。お降りの際はお忘れ物の無いようご注意願います〕
「マリアさん、温泉はどうでしたか?」
「ああ。日本に来て良かったよ」
「いやあ、ダーツで決めて良かったねぃ」
と、イリーナ。
「ダーツで決めたって本当なんですか?所ジョージじゃあるまいし……」
「そうだよ。ね?マリア?」
「はい。ダーツで決めて良かったです」
「そ、そうですか」
要は世界地図を広げて壁に張り、ダーツを投げたら日本に刺さったという話だ。
大師匠ダンテも、『アジアへ行け』という指示は出していたらしいが……。
「痣が消えて行く感じだ。まだ、気休め程度だけどね」
マリアの体には、人間時代に受けた暴行の数々の痕がまだ残っている。
ベルフェゴールと契約する直前には、女の尊厳も奪われた。
魔道師と契約する時の悪魔は対等(現在は若干、魔道師側が有利)だが、人間と契約する時は悪魔の方が上であることに気づけない人間を狙うのだという。
マリアも見事に狙われ、彼女の思い通りの復讐劇を繰り広げたが、最後にはものの見事に騙された。
ベルフェゴールは、『契約の時に確認しなかったマリアンナが悪い』の1点張りで突っぱねている。
現在はイリーナも立ち会っての契約なので、変な特約が付けられることはない。
時折、Windows10の無償アップグレードのポップアップ並みに、それとなく特約を付けるよう勧誘してくることはあるが。
もちろん、魔道師となったマリアはそれを断っている。
(そういえばベルフェゴールやアスモデウスはたまに姿を現すけど、イリーナ先生のレヴィアタンは姿を現さないな。まあ、個性的な悪魔達だからな……)
稲生がそんなことを考えていると、マリアが、
「ベルフェのヤツ、他に何か言ってなかったか?」
と、聞いて来た。
「あー、えーと……」
「言って!」
「はあ……。マリアさんは今、生理2〜3日前だから性欲が強いだとか、今着けてるブラ・ショーツは白系だとか、そんなこと言ってました」
「くっ!あのクソ悪魔……!」
マリアは顔を赤らめた。
「多分、アスモデウスの入れ知恵だね。さすがは色欲の悪魔だよ」
イリーナは呆れたように言って、天井を見上げた。
「♪」
バスの屋根の上に上半身だけ起こして寛ぐベルフェゴールとアスモデウスの姿があったが、気づいたのはイリーナだけであったようだ。
退館してバス停に向かう前に、トイレに寄る稲生。
「ふう……。風呂上がりのマリアさんもかわいいな」
便器の前に立ってホッと一息つく稲生の隣の便器に立つ者がいた。
「うむ。因みに、マリアンナは生理前……2〜3日前の今くらいが1番性欲が高まる傾向があるので、更なる告白をするなら今だよ」
「は!?」
バッと隣を見ると、そこにはタキシードと蝶ネクタイを着けたベルフェゴールの姿があった。
「ベルフェゴール!マリアさんの使い魔が何の用だ?お前の仲間の“色欲の悪魔”なら、僕が1人前になってからの契約のはずだぞ?」
「はははは……(苦笑)。使い魔か。まあ、実質そのようなものだな」
「僕に何か用か?」
「もう少し落ち着きなさい。私が立場上、キミの魂を食らうことが今できるとでも思うのかい?もう少し、自信を持ちたまえ。稲生勇太君?」
稲生は足が震えていた。
隣にいる悪魔は、キリスト教でも名高い“七つの大罪の悪魔”の1つ、“怠惰の悪魔”のベルフェゴールなのである。
RPGでは大ボスを張ることが多い。
ゲームによっては魔王扱いされる“暴食の悪魔”ベルゼブブの同僚でもある。
「マリアさんを不幸にした悪魔が!」
「おいおい、勘違いしてもらっては困る。私は契約通りに動いただけだ。稲生君、今度から契約書とか規約書はよく読んでからサインした方がいいよ」
「なに!?」
稲生は便器から離れて、洗面所に向かった。
「私とてキミとマリアンナの仲については、是非進展してもらいたいと思っている。もし何だったら、私に頼めばいくらでも協力するよ」
「悪魔に頼むつもりはない!」
魔道師が悪魔と契約するのは、悪魔から更なる魔力をもらう為と、自身の身辺警護の為である。
「人間と契約する時の悪魔と、魔道師と契約する時の悪魔の立場の違いがよく分かっていないようだな。帰宅したら、その辺よく確認すると良い」
ベルフェゴールはそう言うと、先にトイレから出ていった。
間髪いれず、稲生もすぐにトイレを出たのだが、既にベルフェゴールの姿は無くなっていた。
[同日19:20.天候:晴 仙台市宮城野区鶴巻・仙台市営バス『鶴巻』バス停 稲生、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
夜になって、市内は風が出て来たようだ。
ヒュウと風が吹いて、稲生を除く魔道師達のローブが風に靡く。
「19時21分発、荒井駅行き。これですね」
バス停に並ぶ乗客はおらず、稲生達だけである。
すぐ近くの産業道路からは、多くの車が往来する音が聞こえる。
バス停のある場所はそこから1本入った道であり、道幅は狭くないのだが、その割には交通量が少ない。
「何か、ベルフェゴールが余計なこと言ったみたいで申し訳無い」
マリアは稲生に謝った。
「あ、いや、いいんですよ。ただ、何で今さらあんなこと言ったのかなぁって……」
もちろん、生理前云々については喋っていない。
「ちょろっと様子を見に来ただけだったんだろうけど、“使い魔”扱いされたから、少しカチンと来たのかもね」
と、イリーナ。
「えっ?」
「使い魔と契約悪魔は違うよ」
「そうなんですか!?」
「うん。実は近いうち、ユウタ君にも使い魔と契約してもらおうと思ってる。使い魔は文字通り、魔道師の“使い”だからね。つまり、使役する下級の悪魔のこと。ベルフェゴールなどは、私達魔道師に魔力を付与してくれる『対等の相手』。まあ、今は私らの買い手市場ではあるけれど、立場的にどっちが上でも下でも無いのよ。まあ、ボケとツッコミかな」
悪魔がボケ役で、魔道師がツッコミ役だろうか。
確かにどちらも重要な役なので、どちらが上でどちらが下でもない。
「そうだったんですか。ベルフェゴールに悪いこと言っちゃったな」
「まあ、ベルフェもバカじゃないから、ユウタ君が知らずにそんなことを言ったくらいは知ってると思うわ」
「師匠、バスが来ました」
そこへ、バスがヘッドライトの眩い光を照らしてやってきた。
〔「宮城運輸支局前、荒井駅方面、鶴巻循環です」〕
かつては起点・終点のバス停であったが、地下鉄東西線開通に伴うバス路線再編成のせいか、ここを発着するのは循環バスだけになってしまった。
その為、起点・終点の停留所ではなくなっている。
なもんで、既に乗っている乗客がいたが、数人だけと数えるだけになっていた。
まだSuicaが使えないので、整理券を取る。
乗り込むと、1番後ろの席に3人並んで座った。
〔「はい、発車します」〕
バスが夜の工場街を進む。
〔毎度、市営バスをご利用頂きまして、ありがとうございます。次は鶴巻保育所前、鶴巻保育所前でございます。お降りの際はお忘れ物の無いようご注意願います〕
「マリアさん、温泉はどうでしたか?」
「ああ。日本に来て良かったよ」
「いやあ、ダーツで決めて良かったねぃ」
と、イリーナ。
「ダーツで決めたって本当なんですか?所ジョージじゃあるまいし……」
「そうだよ。ね?マリア?」
「はい。ダーツで決めて良かったです」
「そ、そうですか」
要は世界地図を広げて壁に張り、ダーツを投げたら日本に刺さったという話だ。
大師匠ダンテも、『アジアへ行け』という指示は出していたらしいが……。
「痣が消えて行く感じだ。まだ、気休め程度だけどね」
マリアの体には、人間時代に受けた暴行の数々の痕がまだ残っている。
ベルフェゴールと契約する直前には、女の尊厳も奪われた。
魔道師と契約する時の悪魔は対等(現在は若干、魔道師側が有利)だが、人間と契約する時は悪魔の方が上であることに気づけない人間を狙うのだという。
マリアも見事に狙われ、彼女の思い通りの復讐劇を繰り広げたが、最後にはものの見事に騙された。
ベルフェゴールは、『契約の時に確認しなかったマリアンナが悪い』の1点張りで突っぱねている。
現在はイリーナも立ち会っての契約なので、変な特約が付けられることはない。
時折、Windows10の無償アップグレードのポップアップ並みに、それとなく特約を付けるよう勧誘してくることはあるが。
もちろん、魔道師となったマリアはそれを断っている。
(そういえばベルフェゴールやアスモデウスはたまに姿を現すけど、イリーナ先生のレヴィアタンは姿を現さないな。まあ、個性的な悪魔達だからな……)
稲生がそんなことを考えていると、マリアが、
「ベルフェのヤツ、他に何か言ってなかったか?」
と、聞いて来た。
「あー、えーと……」
「言って!」
「はあ……。マリアさんは今、生理2〜3日前だから性欲が強いだとか、今着けてるブラ・ショーツは白系だとか、そんなこと言ってました」
「くっ!あのクソ悪魔……!」
マリアは顔を赤らめた。
「多分、アスモデウスの入れ知恵だね。さすがは色欲の悪魔だよ」
イリーナは呆れたように言って、天井を見上げた。
「♪」
バスの屋根の上に上半身だけ起こして寛ぐベルフェゴールとアスモデウスの姿があったが、気づいたのはイリーナだけであったようだ。