kotoba日記                     小久保圭介

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右から左

2008年11月03日 | 文学
タコス、カルフォルニア、要石さん、くもり空。

---以下、知里幸恵編訳「アイヌ神謡集」の中の、
梟の神が自ら歌った謡「銀の滴降る降るまわりに」(絵本)より。


「わたしは、わたしのからだの耳と耳のあいだに、すわっていました。」

「ふたつの、きれいな、なみだ、みっつの、きれいな、なみだ。」

「ニシパ?」

「イナウ」→フクロウが、とまる、台?

「カッコウ鳥のような、きれいな声」

家ではいろりの神さま、イナウ棚の神さま、と話し、人間をながめていた。

---

この本は左ページにローマ字とカタカナでアイヌ語が書かれてあって、
右ページに横書きで日本語訳が書かれてあります。
「降る降る」をアイヌ語で「ランラン」と書いてあって、
まず最初に、アイヌ語の方を音読してみると、
これがすこぶる気持ちのよい語感でした。
「わたしは、わたしのからだの耳と耳のあいだに、すわっていました。」
と梟は言うのですけど、
こんな奇妙な言い方は初めてです。

絵本の解説で、日本のアニメと欧米のアニメのことを書いていて、
日本のアニメは右から左に人物が移動してゆくのが原則、
欧米は両方だ、と指摘していました。
ずいぶん前、
高橋源一郎が、
「ゴダールの「気狂いピエロ」のラストシーンは、海を左から右にパーンして終わり、
北野武の「HANABI」のラストシーンは、海を右から左にパーンして終わる」
と書いていました。
もしかしたら、そこにふくまれるのは、
縦書きの日本人が作る文化は、右から左へ移動していくのじゃないか、
とこじつけで思いました。
右から左に移動する日本アニメを、
欧米人は最初、違和感があったらしく、
左から右に移動して見てみたそうです。
ところが、「どうしてみんな左利きなんだ?」ということになり、
元に戻した、という話が解説に書かれてありました。

もしかしたら、縦書き文化を持つ、日本の文学、文化全体は、
右から左へ無意識で僕らは移動させているのじゃないか、
とオジに話してみたら、
「トムとジェリーを初めて見たときは、違和感があった」とオジ。
それから、アニメ、物語、物語絵巻、漫画は勿論、
確かに、右から左へ移動している、と、
確信なしで、考えていました。
これは、文学の方法に、きっと応用できると思います。
そして、こうして書くのは、左から右であるのと同時に、上下。
ここらへんが媒体の違いで、
内容の時間移動も、決定している。
違和感がない、ということは、快楽、ここちよさ、のこと。
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