kotoba日記                     小久保圭介

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淡々と語る文芸ー笑いの文学

2022年09月28日 | 文学

         

 

機会を得て

水野俊夫氏の作品

『父母の肖像』を読ませていただいた

数ページ読んだ時

いわゆる『笑いのツボ』に入り

50枚の作品最後まで

抱腹絶倒

声を出して笑った

これは第一部であり

第二部、第三部と300枚の大作

第二部の冒頭の一行を読んだだけで

笑えてくる

内容は実に悲壮的であり

土地争いのドロドロの内容で

普通なら怒りと憎しみ

わびしさや哀れと

負の感情が渦巻く内容なのだけれど

どこにも悲壮感がない

内容はドロドロでも

語り部が確かに知的であり

冷静沈着

そのギャップの面白さ

どこかにあったと思ったら

漱石を想起

元々作者が漱石を好んでいることは

承知していたけれど

ここまで好きだとは知らず

油断大敵

いろんな家族の惨事があるのだけれど

そこさえ作者は知ってか知らずか

漱石の文体が体に入っていて

淡々としている

いやむしろ

飄々としていると言った方が正しい

だからとて語り部の作者が冷徹であるとも

いえず

作家としての

ほどほどの情があるのだし

怒りもするし感情的になったりもする

けれど根本には冷静に人間の所作を見る目がある

人間の欲に絡んで

いろんな登場人物が名古屋弁で

いろんなことを言い

叫び

行動するのだけれど

それを定点観測船の如く

見事に数値化するとまではいわないけれど

極めて知的な処理をする文体である

時代設定が昭和なので

これは漱石の弟子である内田百閒に続く

さながら昭和の内田百閒に続く水野俊夫といってもいい

淡々としたユーモア

この笑いの落とし方は落語そのものであるし

漱石もまた落語が好きだったと作者から聞いた

さらに漱石の妻の鏡子は悪妻であり

漱石がノイローゼになった時

ユーモアを込めて言った

「主人は頭が悪いのです」

 

水野俊夫氏の言葉は

上品な日本語文化の賜であり

わたしような下品な笑いではない

うらやましい限りです

今までこの文体に注目する読者に

恵まれなかった作者こそが悲壮

手前味噌ですけれど

わたしは文芸評論を

ある一定水準はできるという自負があります

ここまで笑える小説を読んだのは

何年ぶりだろう

判りやすい笑いの箇所は誰でも判る

ところが地味な笑いの箇所が随所にあり

そのたびに

「ある方はバスの中で本作を読み

笑いを堪えるのがたいへんだった」

と作者から聞いた

その方は国語の先生らしく

文ということを判ってる方であろう

 

何が書かれてあるかより

どう書かれてあるか

これは中上健次でも大江健三郎でも高橋源一郎でも

三島由紀夫でもみな同じ

極めて大事なのは

文体である

嫌というほど「文体、文体」と

わたしは言い続けてきた

けれど

文体には好みがあり

好き嫌いはどうしようもない

わたしはこの作品がひどく面白い

30年しか書いていないわたしが

作者のようなキャリアをもった方の

文の色合いに触れた時

文芸の本当の面白さを

堪能するしか他にない

 

 

 

 

 


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