kotoba日記                     小久保圭介

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言葉

2007年01月05日 | 文学
津島佑子の言っていることは、
近代文学、現代文学を机の上から払い落とし、
ゼロクリアの状態で、と考。

中上健次の追悼番組で、津島佑子は、
「言葉を持たない者(物)たちのための通訳者だ」と文学者の役割を言った。

この言葉をずっと僕は記憶している。

また、中上健次の言葉で、
「外国人の目で物を見ろ」

という言葉も。

そして誰だったか忘れたけれど、
「大江健三郎は文化人類学を文学に導入したが、中上健次は文化人類学の対象そのものだ」

という言葉も。

記事の大見出しの四つは、

 「未来を信じない時代」

 「多様性で開く」

 「歴史の変曲点」

 「種の共存楽しもう」

です。
この4つはすべてリンクされ、起承転結ですけど、
特に僕は、
「多様性で開く」
に注目しました。

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津島佑子の発言

2007年01月05日 | 生活
昨日の新聞で気になる記事があったので、
さっき読んだ。
作家の津島佑子と社会学者の見田宗介の「新春対談」。
読んでおいてよかった。これは今度の日曜日にまた読もうと思う。
特に津島佑子の発言のほとんどが今僕が求めている世界の指針になったし、
新しい文化、
1)「サモアの社会には<私>という概念がない」とか、
「ニュージーランドの先住民マオリ文学の<渦巻く文学>」などが紹介されている。

2)アイヌは伝統的に無文字で、口承文撃蜴魔ノしている、口承文撃ヘ流れることを前提とした歌物語・・・略。

この対談のテーマは、共生というか、混沌。いや、混在状態で、
無限の他と共に生きていく楽しさ、だと思うのですけど、
僕の認識する深度が、本文の10%にも満たない状態でも、
書かざるを得ない思いでした。
問題は、津島佑子が言うことを、自分の事としてどれだけちゃんと考えられるか、
です。

カテゴリのない状態。ここで何が、どういう文学がこれから発生していくか、
それを津島佑子は試行錯誤していると言います。
これは僕にとって、かなりショッキングな内容の発言でした。
これは色々な文学と文学が混在して発生していく、とか、
文学と音楽が混在して、何かができるとか、
そういうことはすでにカテゴライズされているのだから、
生活態度(実感、実際)の意識の持ち方を変えることから、
始めなければいけないのじゃないだろうか、
と今のところ、思うのです。
すみません、まだ未読に近い状態で書かせてもらいました。
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