610)ホルモン依存性乳がんに高麗人参や当帰を使用しても問題ない:台湾医療ビッグデータからのエビデンス

図:乳がん患者は標準治療(手術、ホルモン療法、抗がん剤、放射線治療)によって様々な副作用が出現し、体力や抵抗力が低下する(①)。病状や症状や患者の体質に応じて、漢方方剤(複数の生薬を調合して作成した漢方薬)が使用される。台湾からの報告では、乳がん患者に使用頻度の高い漢方方剤として、加味逍遥散(かみしょうようさん)や天王補心丹(てんのうほしんたん)などが報告されている(②)。これらの漢方方剤には、高麗人参(こうらいにんじん)や当帰(とうき)を含む処方も多い(③)。高麗人参と当帰は西洋医学ではホルモン依存性の乳がん患者に使用しない方が良いと言われているが、台湾の医療ビッグデータの解析では、高麗人参や当帰の使用は乳がん患者にメリットになることが明らかになっている。さらに、乳がん細胞に対して抗がん作用を示す半枝蓮(はんしれん)、白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)、丹参(たんじん)、黄芩(おうごん)などの生薬を併用すると、乳がん患者の症状改善と同時に抗腫瘍効果(がん細胞の増殖抑制や細胞死誘導)が得られる。このような漢方治療が乳がん患者のQOL(生活の質)の改善と延命に有効であることが、台湾の医療ビッグデータの解析で明らかになっている。

610)ホルモン依存性乳がんに高麗人参や当帰を使用しても問題ない:台湾医療ビッグデータからのエビデンス

【昔は大豆も高麗人参も当帰もエストロゲン依存性乳がんに使ってはいけないと言われていた】
乳腺組織や子宮内膜組織は女性ホルモンのエストロゲンの作用によって増殖が促進されます。それらの組織から発生する乳がん子宮体がん(子宮内膜がん)の中にはエストロゲンによって増殖が促進されるものがあります。
エストロゲンによって増殖が促進される(エストロゲン依存性という)乳がんや子宮体がんの場合に問題となるサプリメントの代表が大豆イソフラボンです。
大豆イソフラボン(ゲニステイン、ダイゼインなど)は女性ホルモンのエストロゲンと構造が類似し、乳腺細胞や乳がん細胞の細胞膜にあるエストロゲン受容体に結合して増殖を刺激する可能性があるからです。

図:大豆イソフラボンは女性ホルモンのエストロゲンに構造が類似し、エストロゲン受容体に結合して乳がん細胞の増殖を促進する可能性が指摘されていた。 

10年くらい前までは、ホルモン依存性の乳がん患者は大豆製食品を食べてはいけないと指導されていました。しかし、最近の複数のコホート研究の結果は、「乳がん患者は大豆製食品を多く摂取する方が、再発率も死亡率も低下する」ことが明らかになっています。
通常量の大豆製食品の摂取がホルモン療法の効果を阻害したり、再発を促進する可能性は否定され、むしろ、「エストロゲン依存性と非依存性に拘らず、またホルモン療法中でも、大豆製食品を全く食べないよりは、日本人の平均的なレベル(1日3皿程度)を摂取する方が良い」という結論になっています。(詳しくは340話参照)(ただし、大豆イソフラボンを多く含むサプリメントの摂取の是非は不明)
野菜や薬草などの植物から女性ホルモンのエストロゲンと似た作用を持つ成分が多数見つかっており、これらを「植物エストロゲン(フィトエストロゲン)」と総称します。多くはエストロゲンと類似の構造を持ち、人間や動物の細胞のエストロゲン受容体に結合してエストロゲン類似の作用を発揮します。場合によってはエストロゲン受容体と正規のエストロゲンとの結合を阻害してエストロゲンの働きを邪魔する場合もあります。
植物にエストロゲン作用を持った物質が存在する理由については246話で考察しています。
米国を中心とする乳がん治療のガイドラインでは、ハーブの使用を制限していますが、その理由の一つはそれらに含まれるフィトエストロゲン(植物エストロゲン)によるエストロゲン様活性が治療に影響すると考えるからです。タモキシフェンなどの抗エストロゲン剤の効果を阻害する可能性が懸念されているのです。
特に高麗人参のエストロゲン作用に関しては多くの議論があります。高麗人参はサプリメントとして欧米でも使用頻度が高いからです。米国では乳がん患者は高麗人参の使用は避けるべきだという意見が一般的です。
高麗人参に含まれる成分のエストロゲン活性を示す実験結果が多く報告され、高麗人参はホルモン依存性の乳がん患者には使用してはいけないという意見が、西洋医学の分野では常識的になっています。
乳がんの培養細胞を使った実験で、高麗人参などのGinseng類に含まれるある種のジンセノサイドがエストロゲン受容体に結合して乳がん細胞の増殖を促進するという実験結果が多数報告されています。また、高麗人参は臨床的にも更年期障害の症状の改善に効果があることが報告され、その作用機序として、高麗人参に含まれる成分のエストロゲン様作用や、卵巣に直接働いてエストロゲンの分泌を促進する効果などが指摘されています。
高麗人参摂取後に乳房圧痛や閉経後の膣出血、男性の乳房腫大などが認められたという報告があり、これは高麗人参のエストロゲン様作用によると考えられています。
韓国では産後の授乳中に紅参(高麗人参を加熱処理したもの)を服用させることは禁忌になっています。紅参は卵巣からの卵胞ホルモン(エストロゲン)の分泌を促進し、その結果、脳下垂体からのプロラクチン(乳汁分泌ホルモン)の分泌を抑制するからです。
代替医療や自然医学の第一人者のアンドルー・ワイル博士の「Spontaneous healing(日本語訳:癒す心、治る力;自発的治癒とはなにか)角川書店, 1995年」の中には、「チョウセンニンジンにはエストロゲン的な作用があり、ホルモンのバランスを崩している女性、子宮筋腫・乳腺症・乳がんといったエストロゲン依存性疾患の女性は使うべきでないと考えられている」と記述されています。
また、国立健康・栄養研究所の「健康食品の安全性・有効性情報」のデータベースにも、朝鮮人参(高麗人参)の安全性の評価で「エストロゲン様作用があると思われるので、乳がん・子宮がん・卵巣がん・子宮内膜症・子宮筋腫の患者は摂取を避ける」と記述されています。
「健康食品のすべて:ナチュラルメディシン・データベース(同文書院2006年)」でも朝鮮人参(高麗人参)は「乳がん、子宮がん、卵巣がん、子宮内膜症、子宮筋腫のようなホルモン感受性の病気の人は使ってはいけない」とはっきりと記載されています。
したがって、「ホルモン依存性の乳がん患者は、高麗人参や紅参や西洋人参などGinseng類は使用できない」というのが一般的な意見と言えます。
ただし、この意見を支持しない基礎研究や疫学研究の結果も多く報告されています。
すなわち、ある種のジンセノサイドが抗エストロゲン作用を示すとか、ホルモン作用とは関係なく抗がん作用(増殖抑制やアポトーシス誘導や転移抑制など)を示すという実験結果も多く報告されています。このように乳がん患者の高麗人参の使用の是非に関して全く正反対の考えがあるのです。

図:高麗人参の主要な活性成分であるジンセノサイド類は、女性ホルモンのエストロゲンと似た構造を有し、エストロゲンと同じような作用を示すフィトエストロゲン(植物エストロゲン)の一種と考えられている(①)。したがって、エストロゲン依存性の乳がんの増殖を促進する可能性が指摘されている(②)。しかし一方、ジンセノサイドやその他の成分に様々なメカニズムによる抗腫瘍効果が報告されており(③)、さらに体力や免疫力や抵抗力を高めるアダプトゲン作用があり(④)、高麗人参の摂取が治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高め、乳がんサバイバーの生存率を高めるという報告もある(⑤)。このように乳がん患者の高麗人参の使用の是非に関して全く正反対の考えがある。

当帰(トウキ)はセリ科の多年草のトウキの根を用います。婦人科領域の主薬であり、非常に多くの処方に配合されています。生理不順や更年期障害の治療にも用いられ、エストロゲン様作用があるという報告とそれを否定する報告があります。ホルモン依存性の乳がん患者に対する使用の是非についても相反する意見が述べられています。

図:当帰(トウキ)は山地の岩間に野生しているセリ科の多年草で根の部分が薬用になる。当帰は米国でも更年期障害のサプリメントとしてよく知られている。当帰のエストロゲン作用については相反する意見がある。

【中国や台湾では乳がん患者に高麗人参を多く使っている】
私自身は広範な文献考察と臨床経験から、ホルモン依存性の乳がん患者さんに通常量の人参や当帰を使用することは全く問題ないと考えています。(191話307話参照)
しかし、日本や米国では、サプリメントの教科書やインターネットのデータベースや薬用植物の権威が、「ホルモン依存性乳がんに高麗人参や当帰は使用してはいけない」と断言しているので、乳がん患者さんに人参や当帰を使用していると、注意や指摘を受けることがあります。したがって、説明が面倒なので、ホルモン依存性の乳がんには人参類や当帰をできるだけ使わないようにしています。
しかし、中国や台湾では、このような注意を無視するかのように、乳がんの患者さんに人参や当帰が多く使われ、しかも人参や当帰を使用している方が生存率が高いというデータも出ています。
中国からは以下のような報告があります。

Association of Ginseng Use with Survival and Quality of Life among Breast Cancer Patients.(高麗人参と乳がん患者の生存と生活の質の関連)Am. J. Epidemiol. 163 (7): 645-653.2006

【論文の要旨】
中国の上海における前向きコホート試験(the Shanghai Breast Cancer Study)において1996年8月から1998年3月の間に募集された1455例の乳がん患者のグループ(コホート)を対象に、補完医療として高麗人参(朝鮮人参)を使った場合の生存率と生活の質(QOL)に対する影響を検討した。対象患者は2002年12月まで追跡調査された。
対象患者の約27%が乳がんと診断される前から日常的に高麗人参を摂取していた。
高麗人参を一度も摂取したことのない乳がん患者と比較して、日常的に摂取していたグループでは死亡率の有意な低下を認めた。非摂取群を1とした場合の高麗人参摂取群のハザード比は、全死因死亡率が0.71 (95% 信頼区間: 0.52~0.98) 、乳がんに関連した死亡および再発は 0.70 (95% 信頼区間: 0.53~0.93)であった。
乳がんと診断されてから摂取を開始した群で、特に現在も服用中の場合は、生活の質(QOL)の改善を認め、精神面および社会面でのQOLの向上に効果を認めた。高麗人参の使用量が増えるほどQOLの改善効果を認めた。

この研究では、ホルモン依存性と非依存性を分けずに乳がん全体での比較しか行っていないという問題がありますが、一般的には、乳がんの3分の2程度はホルモン依存性なので、高麗人参を摂取することによって乳がん全体で死亡率や再発率が3割も減少するということは、ホルモン依存性の乳がんに対して高麗人参が悪影響を及ぼす可能性はなく、むしろ再発を抑え生存率を高める可能性の方が大きいと考えられます。
台湾から、乳がん患者に処方されている漢方薬に関する調査結果が報告されています。

Prescription pattern of chinese herbal products for breast cancer in taiwan: a population-based study.(台湾における乳がん患者に対する漢方薬の処方パターン:集団ベース研究) Evid Based Complement Alternat Med. 2012;2012:891893.

【論文の要旨】
研究の背景:症状を改善する目的で投与される漢方薬(中医薬)治療は、乳がん患者の間では多く行われている。この研究は台湾における乳がんの女性における漢方薬の利用の実態を調査することにある。
方法:国民健康保険研究データベース(the National Health Insurance Research Database)に登録されている100万人の中から乳がんの女性患者を選び出し、乳がんの治療目的で処方される漢方処方名や処方頻度を検討した。漢方薬の使用のオッヅ比はロジスティック回帰分析で行った。
結果:女性の乳がん患者の81.5%(N = 2,236) が中国伝統医学の中医薬を使用していた。そのうち18%は乳がんの治療目的で中医薬を服用していた。乳がん治療の目的で処方された中医薬の中で最も頻度が高かったのは加味逍遥散(Jia-wei-xiao-yao-san)であった。処方頻度の高い10の中医薬処方のうち7処方は当帰を含み、6処方は高麗人参を含んでいた。この当帰と高麗人参は乳がん細胞に対する抗腫瘍効果を相乗的に高めることが報告されている。
結論:当帰と高麗人参を含む中医薬(漢方薬)が乳がん患者に多く処方されていた。これらの中医薬の効果は、医療提供者によって考慮されるべきである。

前述のように、西洋医学の領域では、人参や当帰はエストロゲン様作用があるので、ホルモン依存性乳がんへの使用を避けるように注意されています。しかし一方、人参と当帰にはがん細胞に対する抗腫瘍効果が報告されています。
この論文では、人参と当帰のエストロゲン作用の問題については言及も考察もされていません。
中国伝統医学の観点からは、エストロゲンも乳がんのエストロゲン依存性の知識はありません。そして、患者さんの症状や体質(証)に応じて漢方薬を処方すると、人参や当帰の多い処方になるということです
つまり、中国や台湾では、乳がん患者に高麗人参や当帰を含む漢方薬を積極的に使用しているようです
台湾で乳がん患者に使用される頻度が高いのが加味逍遥散という結果です。
加味逍遥散(かみしょうようさん)の構成生薬は、柴胡(サイコ)、芍薬(シャクヤク)、当帰(トウキ)、茯苓(ブクリョウ)、蒼朮(ソウジュツ)、山梔子(サンシシ)、牡丹皮(ボタンピ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)、薄荷(ハッカ)です。加味逍遥散には人参は入っていません。
加味逍遥散は女性の不定愁訴に用いられる代表的な漢方薬です。逍遙とはぶらぶら歩くことを意味しますが、「加味逍遙散」もさまざまに移り変わる症状に効果があることからつけられた名前です。
月経異常や更年期障害など、女性特有の症状によく用いられます。
体力があまりない人で、肩がこる、めまいや頭痛がするなどのほか、のぼせや発汗、イライラ、不安など、不定愁訴といわれる多様な心身の不調に広く用いられます。
乳がんの患者さんはこのような症状を呈することが多いということです。このような症状は「加味逍遥散の証」ということになり、自然と加味逍遥散の使用頻度が高くなるということです。
証(しょう)というのは漢方的な診断法で、患者の病状や症状や体質を総合的にパターン認識して決めます。その証に合った処方を過去の伝承の中から見つけて治療に使います。このような方法論で乳がん患者に漢方薬を処方すると加味逍遥散が多いということは、乳がん患者さんは加味逍遥散の証を呈する人が多いことを意味しています。
韓国からの症例対照研究や疫学研究でも、人参を長期間摂取している人はがんになるリスクが半分以下に減少することが報告されています。乳がんも人参摂取によって発生率が低下することが報告されています。
つまり、培養細胞や動物実験では、人参や当帰はエストロゲン作用があるので、ホルモン依存性の乳がんには使用しない方が良いと言う結論になりますが、臨床研究や疫学研究の結果では、人参や当帰がホルモン依存性の乳がんの治療に悪影響を及ぼすことはなく、むしろ症状の改善や生存率向上に役立つと言う結果の方が多いようです

【台湾ではホルモン療法中の乳がん患者も高麗人参が多く使用されている】
エストロゲン依存性(エストロゲンの受容体を持ちエストロゲンで増殖が促進される)の乳がんの治療後は、乳がん細胞のエストロゲン受容体とエストロゲンの結合を阻害する抗エストロゲン剤(タモキシフェン)や、体内のエストロゲン産生を低下させる薬(アロマターゼ阻害剤など)を使ったホルモン療法が行なわれます。
タモキシフェンは非ステロイド性の抗エストロゲン剤で、乳がん細胞に存在するエストロゲン受容体に、エストロゲンと競合的に結合し、抗エストロゲン作用を示すことによって抗腫瘍効果を発揮します。閉経前・閉経後に関わらず使用される薬です。
タモキシフェンを服用中の乳がん患者はエストロゲン作用を有する可能性があるものを摂取するとホルモン療法の効き目を阻害します。
台湾では、タモキシフェンを服用中の乳がん患者が人参を含む漢方薬を服用していることが明らかになっています
タモキシフェンは子宮内膜に対してある程度のエストロゲン活性があり、その使用は子宮内膜がんの発生率を高めます。漢方薬はタモキシフェンによる子宮内膜がんの発生を抑制することが報告されています
以下のような報告があります。 

The use of Chinese herbal products and its influence on tamoxifen induced endometrial cancer risk among female breast cancer patients: a population-based study.(女性乳がん患者における漢方薬の使用と、タモキシフェン誘発性の子宮内膜がんリスクに対する漢方薬の影響:集団ベース研究。)J Ethnopharmacol. 2014 Sep 11;155(2):1256-62.

【要旨】
民族薬理学的関連:中国伝統医学の使用の世界的な増加により、薬草と医薬品の相互作用に関する懸念が高まっている。本研究の目的は、台湾の女性乳がん患者における中医薬(漢方薬)の使用の実態を明らかにし、タモキシフェン誘発性の子宮内膜がん発症リスクに及ぼす漢方薬使用の影響を評価することである。
方法:1998年1月1日から2008年12月31日までの間で、新規に浸潤性乳がんと診断されタモキシフェン治療を受けた全ての患者を、国民健康保険研究データベースから選択した。
タモキシフェンで治療された20,466人の女性乳がん患者の中で処方された漢方薬とその処方頻度を分析した。ロジスティック回帰法を用いて、漢方薬の利用に対するオッズ比(OR)を推定した。タモキシフェン治療を受けた女性乳がん患者の漢方薬非使用者および漢方薬使用者に対するその後の子宮内膜がん発症のハザード比(HR)を計算するために、Cox比例ハザード回帰を実施した。
結果:被験者の半分以上が今までに漢方薬を使用していた。最も多く使用されている漢方処方は加味逍遥散疏経活血湯であった。 漢方薬使用者の子宮内膜がん発生のハザード比は、漢方薬非使用者と比較して0.50(95%信頼区間 = 0.38-0.64)であった。
結論:被験者の半分以上が漢方薬を使用していた。最も一般的に使われている漢方薬は加味逍遥散であった。タモキシフェン療法を受けた女性乳がん患者のうち、漢方薬服用はその後の子宮内膜がんのリスクを低下させた。生薬とタモキシフェンの潜在的な相互作用を解析し、両方の医療手段を併用することは、タモキシフェン服用中の女性乳がん患者に対して有益である。

タモキシフェンによるホルモン療法中に漢方治療を行なっているとタモキシフェンの副作用である子宮内膜がんの発生を防ぐ効果があるという報告です。
人参についての検討もあります。以下のような報告があります。

The Prescription Pattern of Chinese Herbal Products Containing Ginseng among Tamoxifen-Treated Female Breast Cancer Survivors in Taiwan: A Population-Based Study(台湾におけるタモキシフェンで治療された女性乳がん患者における高麗人参を含む漢方薬の処方パターン:集団ベース研究)Evid Based Complement Alternat Med. 2015; 2015: 385204.

【要旨】
研究の背景:本研究の目的は、台湾におけるホルモン依存性乳がんの患者において、タモキシフェン使用者における人参を含む漢方薬と子宮内膜がんのリスクとの関連性を分析し、タモキシフェン誘発性子宮内膜がんの発生の観点からの、人参とタモキシフェンとの相互作用の可能性を特定することである。
方法:1998年1月1日から2008年12月31日までの間で、浸潤性乳がんと新規に診断されてタモキシフェン治療を受けた全ての患者を、国民健康保険研究データベースから選択した。
タモキシフェンで治療された30,556人の女性乳がん患者の中で処方された人参を含む漢方薬とその処方頻度を分析した。ロジスティック回帰法を用いて、人参を含む漢方薬の利用に対するオッズ比(OR)を推定した。タモキシフェン治療を受けた女性乳がん患者において、人参使用と子宮内膜がん発症のハザード比(HR)を計算するために、Cox比例ハザード回帰を実施した。
結果:タモキシフェン治療後に、人参を服用した乳がんサバイバーの子宮内膜がん発症のハザード比は、人参を摂取しなかった乳がん患者とくらべて有意に低下していた。
結論:乳がんサバイバーにおいて、人参の摂取は、タモキシフェン治療開始後2年以内のおける子宮内膜がんの発症を有意に阻害した

タモキシフェンを服用している乳がん患者における子宮内膜がんの発症リスクに対して、人参を含む漢方薬の服用がどのように影響しているかを検討しています。その結果、人参の入った漢方薬を飲んでいる乳がん患者では、タモキシフェン服用による子宮内膜がんの発症が予防されることが明らかになったという報告です
この論文では、台湾で1998から2008年の間にタモキシフェンで治療された乳がんサバイバー30,533人のデータを解析しています。
このうち13,502 (44.2%)の乳がんサバイバーが人参を使用していました。タモキシフェン治療で子宮内膜がんが発症したので181人で、人参使用が74人、漢方薬非使用が107例でした。
タモキシフェン治療が2年以内の症例では、人参非使用者に比べて人参使用者の子宮内膜がんの発症リスクのハザード比は0.59 (95% 信頼区間: 0.39–0.88) でした。2年以上の長期間のタモキシフェン使用では統計的な有意差がでていません。
人参を含む漢方方剤で使用頻度が高いのは、天王補心丹、小柴胡湯、半夏瀉心湯、香砂六君子湯、炙甘草湯、補中益気湯、帰脾湯、独活寄生湯、生脈散、麦門冬湯でした。
それぞれの1日の人参の量は1〜3グラム程度です。
天王補心丹(てんのうほしんたん)の組成は、人参、玄参、丹参、茯苓、五味子、遠志、桔梗、当帰、天門冬、麦門冬、柏子仁、酸棗仁、生地黄、辰砂です。効能は滋陰養血・補心安神で、安眠効果に優れた方剤で補益作用も強く、精神的な原因に依る神経不安の諸症状に使用されます。
がん患者にはストレスによる不眠が多く、寝付きが悪い、眠りが浅い、目が覚めやすいなどの症状を訴えるときに使用します。不眠治療の主方で「夢の中で天王から教わった処方」という言い伝えがあります。

【当帰のエストロゲン作用】
台湾ではタモキシフェン服用中の乳がん患者における当帰の使用が一般的(使用頻度が多い)という結果が得られています。しかし、乳がん患者における当帰の使用に関しては、否定的な報告が多くあります。以下の様な論文があります。

① Use of dong quai (Angelica sinensis) to treat peri- or postmenopausal symptoms in women with breast cancer: is it appropriate?(乳がん患者の更年期症状の治療のための当帰の使用:適切な治療か?)Menopause 12: 734-740, 2005
(要旨)
更年期症状の治療に当帰が使用されているので、乳がん細胞に対する当帰の作用を、エストロゲン受容体陽性の乳がん細胞株(MCF-7)とエストロゲン受容体陰性の乳がん細胞株(BT-20)で検討した。
エストロゲン製剤の17β-エストラジオールの存在下で、当帰の熱水抽出エキスは、MCF-7細胞の増殖を用量依存的に促進した。その増殖促進効果は抗エストロゲン剤の4-hydroxytamoxifenで阻害された。エストロゲン非依存性のBT-20細胞に対しては、エストロゲンの存在の如何に拘らず増殖を刺激した。つまり、当帰の水溶性エキスは、エストロゲン受容体に依存した増殖刺激と同時に、エストロゲン受容体とは関係ない機序で乳がん細胞の増殖を促進する作用もある。
この研究では、当帰の水溶性エキスに弱いエストロゲン作用の存在を示唆する。また、エストロゲン受容体とは関係ない機序でも乳がん細胞の増殖を促進する可能性がある。したがって、乳がん患者における更年期症状の治療に当帰を使用することは注意が必要であり、臨床試験で安全性を確認する必要がある。

② Estrogenic activity of herbs commonly used as remedies for menopausal symptoms.(更年期症状の治療に良く使用されているハーブのエストロゲン作用)Menopause 9:145-150, 2002
(要旨)
後年期症状の治療に用いられているトウキ(当帰)、ニンジン(人参)、ブラックコホッシュ(black cohosh)、カンゾウ(甘草)のエストロゲン作用を検討した。
エストロゲン作用は、1)エストロゲン依存性のヒト乳がん細胞のMCF-7細胞に対する増殖刺激作用、2)エストロゲン依存性のリポーター遺伝子を組み込んだ細胞を用いたリポーター遺伝子アッセイ、3)マウスを用いた生物学的評価法を用いた。
結果:トウキとニンジンはエストロゲン依存性乳がん細胞のMCF-7の増殖を、非添加群と比べてそれぞれ16倍と27倍に促進した。
ブラックコホッシュとカンゾウは刺激作用を認めなかった。
リポーター遺伝子アッセイ法での検討では、いずれのハーブもエストロゲン活性を認めなかった。
マウスの子宮重量を比較する評価でも、経口的に投与したいずれのハーブもエストロゲン作用は認めなかった。
つまり、トウキとニンジンは、エストロゲン作用とは関係なく、エストロゲン依存性のMCF-7細胞の増殖を促進した。人体でのホルモン作用に関して結論が出るまでは乳がん患者へのトウキやニンジンの使用は注意が必要。

③ Estrogenic effects of a Kampo formula, Tokishakuyakusan, in parous ovariectomized rats.(卵巣切除経産ラットにおける漢方製剤当帰芍薬散のエストロゲン様効果)Biol Pharm Bull. 31(6):1145-9, 2008.
(要旨)
卵巣切除した経産ラットの子宮に対して、エストロゲンの17β-estradiolおよび当帰芍薬散を投与して効果を比較した。
当帰芍薬散(1000mg/kg体重)を2週間経口投与すると、卵巣切除で萎縮した子宮の改善が見られた。しかし、yeast two-hybrid assayを用いた実験では、当帰芍薬散はエストロゲン受容体(αとβとも)には結合しなかった。17β-estradiolは、子宮のエストロゲン受容体α、プロゲステロン受容体、c-fos、c-junの発現を促進したが、当帰芍薬散にはこのような作用は認められなかった。
この結果は、乳がん患者のようにエストロゲンのホルモン補充療法が行えない患者の更年期症状の治療に当帰芍薬散が役立つことを示している。

①の論文はトウキにはエストロゲン作用がある可能性があるので、乳がん患者さんの使用は注意すべきだという内容です。
②の論文は、トウキにはエストロゲン受容体を刺激する作用は認めないが、乳がん細胞の増殖を刺激する作用があるという報告です。
しかし、トウキの熱水抽出エキス中の成分がそのままの形で吸収される訳ではなく、腸内や体内で代謝(変換)されて薬効成分となる場合も多いため、培養細胞に直接添加しただけの実験結果は、人間に使った場合の効果を示すとはかぎりません。
また、培養細胞を使った実験でトウキの抽出エキスが増殖刺激作用を示した濃度が、人体で到達しうる濃度かどうかがはっきりしないと、このようなin vitroの研究結果はほとんど意味がありません。
培養細胞を使った実験の多くは、人体認められる血中濃度の2~3桁高い濃度で実験が行なわれているという事実があります。つまり、培養細胞を使った実験でエストロゲン作用を認めても、それが、人体で起こりうるという保証は無いので、臨床試験の結果でないと結論が出ないということになります。トウキにエストロゲン作用を認めないという報告も数多くあります。
③の研究は、当帰芍薬散についての検討です。漢方治療ではトウキだけを使うことはなく、複数の生薬を組み合わせた方剤の形で使用します。この研究結果では、当帰芍薬散にはエストロゲン作用はなく、更年期障害を改善する効果が期待できることが指摘されています。
当帰や高麗人参に関しては、上記のようにエストロゲン作用に関する相反する結果が得られています。
大規模な臨床試験で検証されるまでは、最終的な結論は出せませんが、漢方治療でトウキを1日数グラムを他の生薬と組み合わせて使う場合には、直接的なエストロゲン作用の心配は少ないと思いますし、当帰芍薬散を乳がん患者のホルモン療法の副作用軽減で使用することは問題ないと思います。
乳がん患者における当帰の影響について台湾の医療ビッグデータを使った研究が報告されています。

The Prescription Pattern of Chinese Herbal Products That Contain Dang-Qui and Risk of Endometrial Cancer among Tamoxifen-Treated Female Breast Cancer Survivors in Taiwan: A Population-Based Study.(台湾におけるタモキシフェン投与の女性乳がん生存者における、当帰を含む漢方薬の処方パターンと子宮内膜がんのリスク:集団ベース研究。)PLoS One. 2014; 9(12): e113887.

前述の人参の論文と同様に1998年1月1日から2008年12月31日までの間で、浸潤性乳がんと新規に診断されてタモキシフェン治療を受けた全ての患者を、国民健康保険研究データベースから選択しました。およそ2人に一人が当帰を使用していました。
タモキシフェン治療を受けた31,938人の乳がん患者から子宮内膜がんの発症が認められた157人を解析しています。
タモキシフェン治療を受けた20〜79歳の乳がん患者で、当帰を摂取しなかった乳がん患者と比較して、当帰を摂取した患者の子宮内膜がんの発症率のハザード比は0.61(95%信頼区間;0.44–0.84)でした。

日本で乳がんの漢方治療を行なうとき、人参と当帰のエストロゲン作用はいつも議論になります。
ハーブや生薬と西洋薬の相互作用が問題となり、乳がんのホルモン療法や抗がん剤治療では漢方薬の使用は、治療薬との相互作用の可能性があるので、多くの医師は拒否します。
乳がんのときには、人参や当帰や甘草や葛根などにフィトエストロゲン作用があるので、できるだけ使わない方が良いと言われて来ました。
少なくともサプリメントのほとんどの書籍や国立栄養研のホームページで人参は乳がんや子宮がんの患者は使ってはいけないとはっきり記載されているので、日本の場合は、ホルモン療法中の乳がん患者に人参を使う勇気は出て来ません。
しかし、人参のエストロゲン作用の根拠の多くは培養細胞や動物実験の結果であり、臨床試験で証明されているわけではありません
人間でのデータとしては、台湾の医療ビッグデータの解析くらいしかありません。この解析で、人参を使った漢方薬を服用している方が、再発率が低く、子宮内膜がんの発生率が低いという結果は、十分に考慮する必要があります
抗エストロゲン剤のタモキシフェンを服用すると、ほてり、のぼせ、血栓症などの副作用がでます。子宮内膜がんの発症リスクも高めます。当帰や人参を含む漢方薬はこれらの症状の改善と乳がんの再発予防と子宮内膜がんの発生予防に有効と言えます
タモキシフェンは世界保健機関 (WHO) の下部組織によるIARC発がん性リスク一覧のグループ1に属します。ヒトに対する発癌性の十分な証拠があるのです。
乳がんの再発予防に使用されるタモキシフェンの発がん性を抑制する効果が漢方薬に期待できます。

【人参は抗エストロゲン的に作用すると考える方が正しいかもしれない】
前述のように、人参にはエストロゲン作用が指摘されていますが、逆に抗エストロゲン作用があって、タモキシフェンと相乗作用を示すという報告もあります。

Antiestrogenic effect of 20S-protopanaxadiol and its synergy with tamoxifen on breast cancer cells.(乳がん細胞に対する20S-protopanaxadiolの抗エストロゲン作用とタモキシフェンとの相乗効果)Cancer 109:2374-82, 2007

【論文の要旨】20S-protopanaxadiol (aPPD) は、高麗人参の活性成分であるジンセノサイドの主な腸内代謝産物。経口摂取された高麗人参のジンセノサイドは腸内細菌によって代謝され、aPPDとして吸収される。aPPDはステロイドホルモンと類似した構造を持ち、高麗人参の主要な薬効成分と考えられている。
この論文では、ヒト乳がん細胞のMCF-7細胞におけるaPPDとエストロゲン受容体の相互作用を、受容体結合アッセイ(receptor binding assay)で検討し、さらに乳がん細胞におけるエストロゲン誘導性遺伝子の発現や細胞増殖について培養細胞と動物実験で検討している。エストロゲンで増殖を刺激したヒト乳がん細胞MCF-7の増殖をaPPDは抑制し、抗エストロゲン剤タモキシフェンの抗がん作用を増強した。さらに、ヌードマウスに移植したMCF-7細胞の増殖をaPPDは抑制した。
このような実験結果から、高麗人参のジンセノサイドの主要な腸内代謝産物であるaPPFが、エストロゲン依存性の乳がん細胞におけるエストロゲン誘導性の遺伝子発現と細胞増殖を阻害し、さらにタモキシフェンの抗がん作用を相乗的に増強することが示された。

Ginseng類に含まれるジンセノサイドは多種類あり、それぞれは腸内細菌などで代謝されて別の物質に変化して吸収され薬効を示します。したがって、Ginseng類に含まれるジンセノサイドをそのまま使って培養細胞で検討しても体内での薬効には結びつきません。ジンセノサイド類の主な腸内細菌代謝産物の20S-protopanaxadiolは乳がん細胞の増殖を抑制する方向で作用するので、Ginseng類を経口摂取した場合は増殖抑制的に作用することを示しています
基本的に、高麗人参に含まれるジンセノサイドはそのまま吸収されるわけではなく、腸内細菌で代謝されてから吸収されます。したがって、高麗人参のジンセノサイドの主要な腸内代謝産物である20S-protopanaxadiolがホルモン依存性の乳がん細胞の増殖を抑えたというこの論文の実験結果は合理性があるようにも思います。

【漢方薬は乳がんの発生・進展を抑制する】
台湾の医療ビッグデータは漢方薬に乳がんの発生や進行を抑える可能性を示しています。以下のような論文があります。

Prescription of Chinese herbal products is associated with a decreased risk of invasive breast cancer(漢方薬の処方は、浸潤性乳がんのリスク低下と関連している)Medicine (Baltimore). 2017 Sep; 96(35): e7918.

【要旨】
乳がん治療後に漢方薬を服用している乳がん患者は子宮内膜がんの発症率が低下することが明らかになっている。この事実から、漢方薬は乳がんの発生予防に効果を示すかもしれないという予測を行なった。
本研究では、漢方薬使用者と非使用者の乳がん発生率の比較を行なった。この研究結果は、がんの予防のための漢方薬使用に関する女性からの相談に関する情報を臨床医に提供する。
台湾の国民健康保険に加入している全国人口100万人の代表サンプルから、合計184,386人の女性(20-79歳)が募集され、1999年から2012年まで追跡調査された。
追跡期間中に合計1853件の浸潤性乳房がんが診断された。
ポアソン仮定を用いた人年アプローチを使用して発生率密度を推定した。漢方薬または四物湯(Si-Wu-Tang)の使用に関連する乳がんの年齢別ハザード比は、多変量Cox比例ハザード回帰を用いて計算した。
患者の78%以上が以前にある時点で漢方薬を使用していた。漢方薬非使用者の乳がんの発生率率は、10,000人年(10,000人が1年当たり)あたり1.73と推定された。 漢方薬および四物湯の使用者の乳がん発生率は非使用者より低く、10,000人年当たり漢方薬使用群は0.85、 四物湯使用群で0.63であった。
乳がん発生の調整ハザード比は、漢方薬使用群で0.57(95%信頼区間:0.50-0.65)および四物湯を用いた女性で0.36(95%信頼区間: 0.28-0.46)であった。結果は傾向スコアマッチング(propensity score matching)を用いて確認された。
漢方薬の使用は、浸潤性乳癌の発生率を低下させる。これらの製品の作用機序は不明であるが、乳がんのリスクが高い多くの女性にとって乳がんの予防薬としての漢方薬の使用は適切である。

四物湯(しもつとう)の構成生薬は当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、地黄(じおう)です。「血虚」に対する基本処方です。補血薬(当帰、芍薬、地黄)は全身の栄養・滋潤に働いて栄養状態を改善し、川芎・当帰は血液循環促進により補血の効能を全身に広げます。
体力が低下して、冷え症で、皮膚がカサカサと乾燥して色つやが悪い人に向く薬です。女性に用いられることが多く、産後・流産後の疲労回復、月経不順やいわゆる血の道症(女性ホルモンの変動に伴って現れる体と心の症状)や更年期障害、貧血、冷え症などによく用いられます。
四物湯は、虚弱な女性の抵抗力を高め、体調を良くして、乳がんの予防にもなるので、日頃から服用しても良さそうです。

台湾の医療ビッグデータの解析では、漢方治療が抗がん剤治療を受けている進行乳がん患者の生存率を高めることも示されています。

Adjunctive traditional Chinese medicine therapy improves survival in patients with advanced breast cancer: a population-based study.(中国伝統医学による補助的治療は、進行した乳がん患者の生存率を向上させる:集団ベースの研究。)Cancer. 2014 May 1;120(9):1338-44

【要旨】
研究の背景:中国伝統医学は、乳がん患者の治療に使用される最も一般的な補完代替的な医薬品の1つである。 しかし、これらの患者にとって最も関心の高い、生存に対する中国伝統医学の臨床効果に関しては、大規模な臨床研究による証明が無い。
方法:著者らは全民健康保険研究データベース(National health insurance research database; NHIRD)を使用して、2001年から2010年までの進行乳がん患者を対象に、人口ベースの後ろ向きコホート研究を実施した。患者を中医薬使用者と非使用者に分け、Cox回帰モデルを適用して 中医薬の使用と生存率との関連を解析した。
結果:タキサンを投与された進行乳がん患者729人が対象になった。 このコホートの平均年齢は52.0歳であった。このうち、115人(15.8%)の患者は中医薬の使用者であり、614人の患者は中医薬の非使用者であった。
追跡期間の平均は2.8年間で、10年間に277人の死亡が報告された。 多変量解析では、非使用者と比較して、中医薬の使用は全死因死亡率の有意な低下と関連していることが示された中医薬の使用が30- 180日間のがん患者では、全死因死亡率の調整ハザード比は0.55 (95%信頼区間:0.33-0.90)であり、180日以上の使用者の全死因死亡率の調整ハザード比は0.46(95%信頼区間:0.27-0.78)であった。
使用頻度の高い生薬の中で、死亡率を減少させるのに最も効果的であることが判明したのは、白花蛇舌草、半枝蓮、黄耆であった。
結論:今回の観察研究の結果は、中医薬(漢方薬)療法が進行した乳がん患者の死亡リスクを低下させる可能性があることを示唆している。 これらの知見を検証するためには、将来のランダム化比較試験が必要である。 

【乳がん患者の漢方治療に頻用される白花蛇舌草と半枝蓮】
抗がん剤治療の副作用として、吐き気や嘔吐、食欲低下、倦怠感、末梢神経障害、慢性的な疼痛、便秘や下痢などの症状が起こり、生活の質(QOL)を低下させています。
台湾では、抗がん剤治療の副作用軽減の目的で漢方薬や鍼治療が積極的に利用されています。
608話で紹介したように、台湾の医療ビッグデータを解析した疫学研究で、漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より生存率が高いことが明らかになっています。
台湾では国民全体の医療情報(年齢、性別、病名、治療内容など)のデータベース化が進んでいます。「全民健康保険研究データベース(National health insurance research database; NHIRD)」や「難治性疾患患者登録データベース(Registry for Catastrophic Illness Patients Database)」を解析することによって、がん患者に使用される漢方方剤や生薬の種類も明らかになっています。
608話で紹介した論文では、単一の生薬としては白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)の使用頻度が高いことが報告されています。
がんの薬草治療(中国や台湾の中医学や韓国の韓方医学や日本の漢方医学)で最も多く使用される抗がん生薬は白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)半枝蓮(はんしれん)です。台湾からの報告で以下のような論文があります。

Hedyotis diffusa Combined with Scutellaria barbata Are the Core Treatment of Chinese Herbal Medicine Used for Breast Cancer Patients: A Population-Based Study(白花蛇舌草と半枝蓮との組み合わせは乳がん患者に用いられる漢方薬の中核治療法である:集団ベース研究)Evid Based Complement Alternat Med. 2014; 2014: 202378.

【要旨】
台湾で使用されている補完代替医療で最も利用されているのが漢方薬(中国伝統医学)であり、乳がん患者の治療における使用が増えている。しかしながら、乳がんの治療に対する漢方薬処方のパターンに関する大規模な研究は未だに行なわれていない。
この研究の目的は、台湾国民健康保険研究データベース(Taiwan National Health Insurance Research Database)に記録された乳がんに使用される漢方薬処方の中核的治療法を明らかにすることである。
2008年における乳がん治療のための漢方治療の医療機関での診療はICD-9コード(第9回修正死因統計分類)を用いて確認された。
漢方治療のための医療機関への受診によって得られた漢方薬の処方内容の情報を得て、乳がん患者の治療に併用された漢方治療の実態を明らかにした。
乳がんの外来患者4,436人に対して、合計37,176件の処方箋が作成された。
解析の結果、乳がんの漢方治療の中核的な処方に使用される最も一般的な組合せとして白花蛇舌草(Hedyotis diffusa)半枝蓮(Scutellaria barbata)が同定された(10.9%)。
最も一般的に処方されている漢方処方(herbal formula)は加味逍遥散(19.6%)であり、単一の生薬とし最も使用されているのが白花蛇舌草(41.9%)であった。
一般的に使用されている漢方処方の35%のみが有効性について研究されていた。乳がんの治療に使用されるこれらの漢方薬(中国伝統医学)の有効性および安全性を評価するためには、より多くの臨床試験が必要である。

単独あるいは複数で生薬を使う時に、がん治療で頻度が多いのがHedyotis diffusa (白花蛇舌草)Scutellaria barbata(半枝蓮)の組合せです。(Hedyotis diffusaはOldenlandia diffusaとも呼ばれます。)
この傾向は中国も韓国も日本も同じです。
この報告では、乳がん患者に使用する頻度が高い生薬として以下の順番になっています。 

表:乳がん患者に使用される単一生薬のトップ10。2008年の全処方箋37,176の内訳

生薬や漢方方剤の2種類の組合せのトップ10は以下のようになっています。

① 白花蛇舌草+半枝蓮
② 半枝蓮 + 散腫潰堅湯
③ 白花蛇舌草+散腫潰堅湯
④ 蒲公英+ 鶏血藤
⑤ 蒲公英+真人活命飲
⑥ 白花蛇舌草+貝母
⑦ 白花蛇舌草+山帰来
⑧ 半枝蓮+山帰来
⑨ 白花蛇舌草+温胆湯
⑩ 白花蛇舌草+ 香砂六君子湯

生薬としては白花蛇舌草半枝蓮の組合せが最も多く、漢方方剤としては、がん組織の縮小を目標とした散腫潰堅湯(さんしゅかいけんとう)が多いという結果です。
散腫潰堅湯は黃芩、黃連、黃柏、竜胆、連翹、我朮、三稜、桔梗など抗炎症、解毒、抗がんなどの薬効のある生薬を多数組み合わせて、腫瘍組織の縮小を目標にした処方です。

【日本のがん専門医は漢方を知らないのに漢方を否定する】
漢方薬のことを十分に勉強し、理解した上で否定するのであれば、意見を言う資格はあります。
しかし、漢方薬がどのようなものかを知らずに、「漢方薬は危険だ」「漢方薬は効かない」というのは、全くフェアな態度ではありません。
実際に、漢方薬や漢方治療を十分に勉強し、経験のある医師や薬剤師は、漢方薬ががんに効かないとか危険とか言う人はいません。
台湾の国民医療システムの特徴の一つは、現代西洋医学と中国伝統医学の共存です。台湾では、乳がん患者の40%くらいが、治療に伴う副作用や症状の改善の目的で人参を含む漢方薬を併用しています。乳がん以外のがんでも、半数近くが漢方薬を服用しています。
日本の場合は「現代西洋医学と漢方医学の共存」はほとんど行なわれていません。その理由は、多くの医師が西洋医学のみが正しい医療と信じて、漢方治療を非科学的あるいは効果が無いと断言し、拒絶しているからです。
したがって、最近多く報告されている台湾の医療ビッグデータの解析結果(608話609話参照)の論文を読んで、「漢方薬は効かない」という考えが間違いだと気づいてほしいと思います。

◎ 乳がんの漢方治療については、こちらへ 

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