10kmの標識を過ぎて平岸街道に出た。沿道の声援も増える。
12km地点の平岸駅付近では、オレンジの帽子をかぶったアミノメンバーが、タンバリンをたたいて応援してくれた。知り合いの応援は本当にありがたい。おまけに、ここの通りでは例年、吹奏楽隊や平岸の和太鼓の演奏により応援もある所。体もまだまだ元気で、その応援にも余裕をもって答えることができた。走っていて気持ちのいい場所の一つである。
たしかこの辺りから、並走していたM氏の姿が後方に消えた。よく覚えていないが、たぶん給水を取る為に縦になった時だ。給水を終わってペースに戻った時は少し後ろにいたのは確認していたのだ。しかし次に振り返った時にはもう・・・
並走していたH氏も気にしていたようだった。この夏はH氏、M氏には、アミノバリューの練習日以外でも、仲間にいれて頂いてロングをこなしたのだ。いつもペースをつくって前を走るのはM氏だった。追いついて来て欲しい、一緒に完走して欲しい。しかし、ペースを落として待つほど余裕があるわけはない。後ろ髪を引かれる思いで前に進んだ。
15km地点の一条大橋を通過した。ペースは落ちていない。昨年よりも気温が低いせいか、体調が良いのか、大した汗をかいていないのだ。呼吸も楽だ。しかし、膝が痛かった。前日までは気にはならない程度だったが、スタートして5kmも走った頃だろうか、膝にいつもより早い痛みを感じていた。「これ以上悪くならないでくれっ」。
大通りと国道12号線を横切って、東8丁目篠路通りを約3km、ひたすら北上する。
最初に現れる長い直線だ。私は走る時、この直線が苦手なのだ。精神的にきつい。
そしてまたここでアクシデントが起こったのだ。並走しているH氏の時計が、17kmか、18kmのラップを取った途端に表示がおかしくなったらしいのだ。必死に修正しようとしたが駄目だった。
H氏は私よりもずっと先輩で、フルの記録も良い。この人と並走していけば走り切れる。レース前はH氏、M氏もしくは、ジョグノート友達の、マチルダさんか、波平さんにうまくつければと思っていた。私は、道マラを自分でペースをつくって走り切れるほどのランナーではない。特に後半25kmから35kmは昨年の経験で精神的に一番つらい所であり、ここだけでもペースメーカーが必要だと思っていた。 H氏はスタート直後にも、「先に行ってかまわないよ」と言ってくれたが、「私もこのペースがいっぱいいっぱいですから」と並走させてもらった。お互い気を使うかもしれないが、刺激にもなる。
そのH氏の時計が狂ったことで気持ちが決まった。
「一緒にゴールに入る」と。
私の勝手な思い込みであることはわかっていた。彼は時計がなくてもゴール出来ただろう。しかし、道マラで、完走が目標の私にとっては、ラップが確認出来ないのは精神的につらい。それは同じだろうと思ったのだ。
それから先、1km毎にラップを読み上げるレースとなった。
東8丁目篠路通りを左折し、宮の森北24条通りに入った。平岸と同じく、地下鉄駅付近のコースは応援が多い。この通りも直線で約3kmある。しかし沿道の応援が勇気をくれる。
20km地点が近付いてきた。
「がんばれ~!!!」と給水のボランティアをしているジョグ仲間のI山氏が両手を上げて応援してくれた。8mくらい前には、一人で一生懸命走っている、同じアミノの女性メンバーも確認できた。そしてハーフ地点付近。またまたオレンジの帽子応援隊が現れた。ちゃんとタンバリンを持って。
ここで補給用のゼリーを受け取った。あと半分だ。
高い集中力と、冷静な判断力。
皇居でゴーさんにも感じましたが、やはりご兄弟ですね。
続きを楽しみにしています。
どうか喜びをキラキラさせて、リタイアランナーを
奮起させてくださいね♪
しゃむさんも並走する誰かがいれば完走できてましたよ。去年はゴールできているんですからwwww
また来年頑張りましょう。