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見もの・読みもの日記

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おもてなしのレガシー/客室乗務員の誕生(山口誠)

2020-06-09 21:49:28 | 読んだもの(書籍)

〇山口誠『客室乗務員の誕生:「おもてなし」化する日本社会』(岩波新書) 岩波書店 2020.2

 客室乗務員とは、旅客機の客室において乗客への接客サービスに従事する乗務員。私が子どもの頃はスチュワーデスと呼ばれ、女子の憧れの職業だった。今は「CA(シーエー)」という呼称が定着しているそうだが、もとの「キャビン・アテンダント」が和製英語であることを初めて認識した。

 客室乗務員が初めて日本の空を飛んだのは1931(昭和6)年春で、アメリカのスチュワーデスの初飛行と10か月しか違わない。アメリカでは、エレン・チャーチという飛行機好きの女性が、スチュワード(男性乗務員)に代わって、看護師の資格のある自分を雇うことをボーイング・エアトランスポート社に提案し、実現させたものだった。チャーチは7人の仲間を誘い、世界初のスチュワーデス(オリジナル・エイト)として旅客機に乗り込んだ。

 日本のエアガールの産みの親は、東京航空輸送社の相羽有で、世間の好奇と「エロ」のイメージを裏切って、高等女学校卒の教育エリートの少女たちを採用した。仕事は飲食給仕と機窓の名所案内だった。しかし、生計を維持できない安月給に悲嘆した彼女たちは、次々に辞職してしまう。

 日本の空に転機をもたらしたのは戦争で、国策会社のもとで、エアガールも増員され、愛国心に満ちた先端的な職業婦人のイメージを喧伝していく。しかし長引く戦争で航空燃料や機材が枯渇すると、エアガールはいったん日本の空から消滅する。

 敗戦後、しばらくの間は、すべての飛行、航空技術の研究開発が禁じられた。1951年1月、民間航空の禁止を解除するGHQの方針が示され、藤山愛一郎を代表とする日本航空が誕生する。戦後初のエアガール募集は100倍を超える倍率で、良家の才媛、さらに英会話が条件とされたことから進駐軍関係者が多かったという。

 やがて国際線に就航した日本航空は、パンナムをはじめとする強力なライバル会社と国際競争を争うことになる。アメリカの「訓練された客室兵」に対して、同社は、着物、おしぼり、幕の内弁当など「日本調のサービス」を次々に開発し、売り物にしていく。うーむ、「きめ細かい日本調サービス(おもてなし)」のルーツはここにあったのか。いや、淵源はもっと遡れそうだが。著者いわく、「欧米のアジアに対する偏見を内包したオリエンタリズムのまなざしを自ら身にまとうこと、いいかえればセルフオリエンタリズムの『着物サービス』をあえて主体的に実演することによって、国際線の後発組としての活路を見出していった」。その着物は、客室乗務員が好みの図柄を選ぶことができたが、ただ一つ、天皇家に由来する菊をあしらった意匠であることが規則だったという。

 1970年は大阪万博の年だが、ジャンボジェットの登場が「空の旅」のありかたを一新した年でもあった。飛行機旅行の大衆化とともに、客室乗務員の不足から、採用条件が大幅に緩和された。しかし、たちまち新たな状況が出現する。万博以後、「モーレツからビューティフルへ」「ディスカバー・ジャパン」現象によって鉄道旅行がブームになり、オイルショック、多発するハイジャック、成田闘争など、日本の航空会社は苦境に立たされる。

 一方、1970年代後半から80年代にかけて、客室乗務員の意識やイメージもじわじわと変わっていく。「未婚条項」(そうだ、そういう時代だった)が撤廃され、昇進制度も改善され、長く勤めるスチュワーデスが増えていく。また「容姿端麗」でも「良家の才媛」でもなく、厳しい訓練と実務で磨かれた「マナーの専門家」のイメージが定着していった。ここまでは分かるのだが、「マナーの達人」が即ち「自分磨きの達人」に変換されるのが、私にはよく分からない。

 よく分からないのだが、解説によれば、CAが先導する日本の「おもてなし」は、自身の品格を磨くために対価を求めない無償奉仕である。否、個人的な「自分磨き」を超えて、「美しさ」や「豊かさ」などの集合的で伝統的な審美的な価値に向けて、終わりなき同化に励み続けることが期待されるという。気持ち悪い。著者のせいではないが、これでは日本の「おもてなし」は、集合的で伝統的な価値を共有しない人々に対して効力を持たないのではないだろうか。


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