見もの・読みもの日記

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流転を潜り抜けて/中国絵画の精髄(中国中央電視台)

2014-06-11 23:19:46 | 読んだもの(書籍)
○中国中央電視台編;岩谷貴久子、張京花訳『中国絵画の精髄:国宝に秘められた二十五の物語』 科学技術社東京 2014.5

 原本は、中国で人気の情報番組《国宝档案》の書籍化シリーズ第二弾『国宝档案 弐:絵画案』の日本語訳であるという。日本なら『日曜美術館』とか『美の巨人たち』の書籍化と思えばいいのかな。したがって、中身はそれほど学術的に厳正・厳密を期した記述ではない。ほんとかなあと眉に唾しながら、楽しんで読める逸話の紹介で終わっている章段もある。

 取り上げられている絵画は25作品。冒頭に、北宋の風流天子・徽宗(在位1100-1125)の真筆と関連作品5点を第1部とし、あとは時代順に、第2部「晋・唐・五代十国」5点、第3部「宋」3点、第4部「元」5点、第5部「明」3点、第6部「清」4点を紹介する。ただし「晋・唐・五代十国」の筆頭に上げられているのは、顧之(こがいし)(4世紀後半)の『洛神賦図』であるが、今日に伝わっているのは宋代の模本である。このへんは、原本と摸本の関係のとらえかたが、やや日本と異なるかもしれない。

 かつて「中国絵画」と聞くと、私は反射的に水墨画を思い浮かべていた。しかし、本書に収録されている絵画で、モノクロの墨画は少ない。宋・范寛の『谿山行旅図』は墨画に見えたが、所蔵先である台湾故宮博物院のサイトに「淡彩」と説明があった。元・黄公望の『富春山居図』は「水墨画」らしいが、あとは色彩豊かな作品が多い。制作年代を考えると、驚くほど色彩鮮やかな作品もあり、どれもカラー図版で紹介されているのは嬉しい。

 本書を読んで、ひたすら呆れ、驚き続けたのは、多くの作品がくぐりぬけてきた数奇な運命。たとえば、あの有名な『清明上河図』は、画家・張択端から宋の徽宗皇帝に献上された。北宋滅亡後、作品は金軍に持ち去られ、民間に流出したが、元代に再び宮中に収められた。しかし、元朝内務府の表具師が盗み出したことで、再び民間流出。明代の奸臣・厳嵩(げんすう)の手に渡ったが、失脚と財産没収により、明朝内務府のものとなる。しかし、またまた民間に流出し、清朝の初めまで所在不明となっていた。1797年、清・嘉慶帝の時代に四度目の宮中入りをする。清王朝が滅亡すると、最後の皇帝・溥儀は、『清明上河図』を含む貴重な書画を、満州国の長春に移動させた(えええ~一時は満州国にあったのか!)。1945年、日本の敗戦で満州国が消滅すると、長春の皇宮は大混乱となり、多くの文物が民間に流出したが、翌年、人民解放軍によって取り戻された。

 私は、2012年に東京国立博物館の『北京故宮博物院200選』展で『清明上河図』の本物と対面することができたが、今日にこの作品が伝わったのは、奇跡のようなものだとあらためて思った。そして、この作品が日本のものになっていなくてよかったと思った。どんなに正当な取引の結果であっても、やっぱり美術品は、その生まれた土地が、理想の落ち着き場所ではないかと思う。

 本書には、義和団事件や円明園の破壊によって、西洋人の手に渡りかけた作品や、渡ってしまった作品も登場する。皇帝の気まぐれで失われかけた作品、大陸と台湾に分かれたものもある。1945年秋、画家の張大千は、北京の古美術店で南唐(五代十国時代)の名画『韓熙戴夜宴図』を金五百両という破格の値段で買い取る。王府(高級住宅)が1軒買える値段だったが、名画の海外流出を食い止めるための決断だった。面白いのは後日談で、海外移住を決めた張大千は、所蔵の美術品を、市場の評価額よりずっと安く祖国に売却することにした。周恩来らは、乏しい国家財政から資金を捻出し、これらを買い取った。単純に「祖国に寄贈」という美談でなく、お互いに汗をかいて妥協点を見つけようというのが中国らしい。

 『臨韋偃牧放図巻』は、1286頭の馬を描いた4メートルに及ぶ画巻。唐代の画家・韋偃の『牧放図』を、宋代の李公麟が模写したものだ。ただし、原本の忠実な模写でなく、「白描」技法を用いた(と原文にあるが図版では淡彩)李公麟の創造性に敬意を表して、第3部「宋」に収録されている。この作品は、宋の徽宗に愛され、明の朱元璋に愛され、清の乾隆帝に愛された。朱元璋の記した跋文に対して、乾隆帝がいくぶん諧謔を交えた応答をしているのが面白い。

 純粋に絵画として好きな作品を挙げて行こう。まず徽宗の真筆とされる『瑞鶴図』。すごいなあ、この自由な発想。見た瞬間に、これは橋本雄さんの著書『中華幻想』の表紙だ!と思い出せる自分の記憶力もどうかしている。范寛の『雪景寒林図』は天津博物館にあるのか。二回行ったけど、見てないよなあ、たぶん。あと『憲宗元宵行楽図巻』のかわいいこと~。明代って、あまり偉大さを感じない時代なんだけど、こういう明朗な通俗主義が微笑ましくて好きだ。「憲宗元宵」で画像検索すると楽しい。

※表紙画像はAmazon.co.jpに無いが、ほかの通販サイトにはあり。

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