見もの・読みもの日記

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春を待つ九州旅行2011:博多寺町散歩

2011-03-27 22:13:34 | 行ったもの(美術館・見仏)
九州国立博物館のあとは、梅の香りただよう太宰府天満宮に参拝。福岡(博多)に戻る。この日の雨は、昨日より小降りで、町を歩けないこともない。

櫛田神社(博多区上川端町)

博多の氏神・総鎮守。社伝によれば天平宝字元年に建てられたことになっているが、平清盛が日宋貿易の推進のために勧請したとも考えられているそうだ。清盛かあ。博多って、いろんな人物と縁があるのだな。境内には「博多べい」の一部が移築されている。これは、豊臣秀吉が九州征伐で焦土となった博多を復興させるにあたり、焼け石、焼け瓦を厚く塗り込めた土塀を用いたもの。よく考えてみると、すさまじい復興計画である。



道に迷って裏門から入ってしまったので、最後に正面の楼門を出るかたちになったが、楼門の天井に取り付けられているのが「干支恵方盤(えとえほうばん)」。毎年大晦日に矢印を回転させて、新年の恵方を示すのだという。写真は平成23年(2011)の状態。調べたら、今年の恵方は「丙の方位」つまり南南東(より正確には、南微東)らしい。まあ合ってますね。



東長寺(博多区御供所町)

唐から帰国した空海が建立したと伝える。薬師如来像等、6体の仏像を安置する六角堂は毎月28日のみ開扉のため外観のみ。そのかわり、福岡大仏を拝観。製作は昭和63年から4年間という"平成仏"だ。

聖福寺(博多区御供所町)

建久6年(1195)南宋から帰国した栄西が建立した日本最初の禅寺。江戸時代、禅画の仙さんが住職を務めたことでも知られる。雨の境内は静かで、ほとんど人影もない。鎖された山門の横をまわって、仏殿のほうに行ってみようとしたら、近代的な覆い屋が見える。どうやら改修工事中らしい。ああ、それで参拝客もいないのか、と了解したが、裏に抜けられるかしら、と思って、長い土塀に仕切られた細道を進んでいく。すると、左側の門扉に貼り紙が。



え、そうなの? 別にお墓を目指してきたわけではなかったので、しばらく雨の中で佇んでしまった。でもこれも御縁だと思い、傘をたたみ、ゴホゴホいう重たい引き戸を開けてみる。雨に湿った雑草を踏んで、小さなお堂の裏にまわると、仲良く肩を寄せあうように石塔が集まっている。歴代の住職のお墓だろうか。失礼にならないよう、まわりの石塔に黙礼を投げながら、仙和尚の墓にお参りする。



承天寺(じょうてんじ)(博多区博多駅前)

宋人・謝国明が開創。開山は聖一国師、円爾。重文の釈迦三尊像などを有するが、檀家さん以外は方丈に近づくこともできない。わずかに立ち入りを許された庭で「饂飩蕎麦発祥之地」「御饅頭所」の石碑を眺めて帰る。

古代から近世まで、いろいろな時代を行き来する散歩で面白かった。最後に、少し時間があったので、博多駅前のヨドバシカメラに寄り、高性能の懐中電灯を買いたいと思ったが(東京は震災の影響で品切れ続出のため)、ここも品薄で諦める。とりあえず、コンビニで1000mlの牛乳を1本買って、空路で帰京。

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