見もの・読みもの日記

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意外な名品に出会う/こどもと楽しむ永青文庫(永青文庫)

2022-09-11 22:13:42 | 行ったもの(美術館・見仏)

永青文庫 夏季展『こどもと楽しむ永青文庫』( 2022年7月30日~9月25日)

 たぶん同館としては初めての試みと思われる、小中学生をターゲットにしたコレクション展である。小中学生は無料で(これは通常どおり)、特製ガイドブックのプレゼントも付いてくる。 夏休みには、細川家ゆかりの熊本から、くまモンも来てくれたようだ。

 4階展示室には、11代細川斉樹(なりたつ)使用の『栗色革包紺糸射向紅威丸胴具足』(兜から山鳥の尾羽がピンと立っている)を挟んで、左右に『大馬印』が2件。正方形の旗で、片方は紺地の白字の「有」の字、片方は白丸に紺地の「有」の字。会場には特に説明がなったので、あとで調べたら、南北朝の武将で細川和泉上守護家初代当主の細川頼有(よりあり)に由来するのだそうだ。

 本展では、展示品に肥後細川家の歴代当主などの肖像が添えられ、「私が使っていました」「私が作らせました」とコメントしている。しかし、甲冑や能衣装はともかく、法螺貝は藩主が自ら使うものなのかな?と、ちょっと首を傾げた。

 熊本藩の絵師・矢野吉重筆と伝える『宇治川・一の谷合戦図屏風』(17世紀)は、左隻・右隻とも少ない登場人物を大きく描いている。合戦図屏風としては珍しいんじゃないかと思ったが、ネットで探すと、ほかにも類例はあるようだ。左隻は海に駆け入った平敦盛と、浜辺から呼び戻そうとする熊谷直実を描く。Wiki「一の谷の戦い」に永青文庫所蔵作品の画像があり、文化財オンラインに東京富士美術館所蔵作品の画像があるが、驚くほど似ている。

 3階展示室の冒頭には『細川家守護天童像』。細川頼之の夢に現れ、細川家の繁栄を予言した童子をあらわしたもの。以前にも見たことがあるが、奇っ怪な木像である。さすが南北朝時代だと思う。徳川家康書写と伝える短冊はオレンジ色の料紙で「人しれぬ恋にわが身は沈めども みるめに浮くは涙なりけり」(新古今1091・源有仁)という恋歌が、線の太い一字ずつ切れ切れの書跡(読みやすい)で書かれていた。

 その隣りに、徳川家光筆『葦に翡翠図』を見つけたときは、声が出そうになった。家光の絵画、大好きなのだが、これは初見かも?! 調べたら、永青文庫さんのツイッターが「\やっぱりあった!徳川家光 の絵/ 探してみたら、永青文庫にもありました!」とつぶやいていた。おそらくこれが初公開だろうとのこと。風になびく細い葦の先にちょこんと乗ったカワセミのとぼけた愛らしさ。ちなみに「葦に翡翠」で検索すると、MOA美術館所蔵の伝・牧谿の墨画がヒットするので、両者の落差が味わい深い。いや、どっちも好きだけど。

 細川家の参勤交代ルートを描いた『海陸行程図』は美しい彩色の折本(19世紀)。瀬戸内海らしい海路の場面が開いていて、なかなかどのあたりが分からなかったが「徳山」という地名が見えた。学問(特に自然科学)好きの細川重賢の名前は、永青文庫の展示を通じて覚えたもの。重賢がつくらせた『草木生写』『群禽之図』などの博物図鑑が出ていた。『天球儀(渾天新図)』は、今回の展示では重賢との関係は示されていなかったけれど、私のイメージの中では結びついている。

 また、細川斉茲は、愛娘の肖像を描いた『耇姫像』『融姫像』が玄人はだしに巧くてびっくりした。特にラフなスケッチふうの『融姫像』がよい。実は2010年の東博『細川家の至宝』展でも「絵画史上注目の藩主」と言われていたことを、自分のブログを読んで思い出した。

 それから『武者かるた』と題して、縦10cm×横5cmほどの短冊に「畠山庄司次郎重忠」「和田小太郎義盛」など、まさに『鎌倉殿の13人』の登場人物たちの名前を記した札10枚が出ていた。これは読み札なのか取り札なのか? いったい、何に使ったものなのだろう…。

 2階には近代の細川家で使われた銀食器セットや大礼服など。また細川斉茲がつくらせた『領内名勝図巻』の名場面(滝の図が多い)の写真と、実景の写真がセットで展示されていたのも面白かった。『領内名勝図巻』は素晴らしいのだが、実景もそれに劣らないことが分かった。


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