見もの・読みもの日記

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「天狗」の末裔/国家の罠(佐藤優)

2005-10-03 00:19:08 | 読んだもの(書籍)
○佐藤優『国家の罠:外務省のラスプーチンと呼ばれて』新潮社 2005.6

 佐藤優氏の名前を、ご記憶だろうか。私は、本書の副題がなければ、全く思い出せなかったと思う。佐藤氏は、もと外務省国際情報局の主任分析官。国際学会への参加費用約3,000万円を、不正に支出させた背任の疑いで、2002年5月に逮捕され、512日に及ぶ拘留生活の末、2005年2月、執行猶予付きの懲役刑を言い渡された。というより、外務省に隠然たる権力を振るう鈴木宗男議員の”舎弟分”と目された人物である。

 2002年当時、「疑惑の総合商社」鈴木宗男&「外務省のラスプーチン」佐藤優という、おもしろおかしいワイドショー報道を楽しんだ私たちは、骨まで「消費」し尽くした彼らのことを、もうほとんど忘れ果てているのではなかろうか。

 私は、先月の選挙で復活した、鈴木宗男議員への興味から、本書を読み始めたわけではない。7月に読んだ和田春樹氏の『同時代批評』(彩流社 2005.3)に、「佐藤優の最終陳述」という印象的な一編があったのだ。和田先生は、佐藤氏を「日本外務省の中で私と率直に話をすることのできる例外的な人であった」と評する。東京地裁の傍聴席で佐藤氏の最終陳述を聴いたあと、「佐藤氏は自分の正しさは外務省文書が公開される26年後には明らかになるだろうと言い添えたが、老人はそこまでは生きられない。つらい時代である」と、痛切な心情を訴えている。この一編を読んだとき、私は、ワイドショーの狂騒から離れて、もう一度、佐藤優という人物について知りたいと思った。

 その直後、書店で本書を見つけた。しかし、本の装丁とタイトルは三流スパイ小説みたいだし、「外務省、検察庁を震撼させる衝撃の内幕手記」というオビのコピーは、逆の立場から”ワイドショー的”で、なかなか手に取る決心がつかなかった。

 しかし、読んでみたら面白い。著者は、自分が逮捕されたのは、鈴木宗男議員の失脚をねらった「国策捜査」であると分析する。では、なぜ鈴木氏がねらわれたのか。それは、鈴木氏が、内政的にはケインズ型の公平配分政策を担保し、外交的には、アメリカ、ロシア、中国との関係をバランスよく発展させようとする国際協調主義を取っていたためだ。日本が、ハイエク型の新自由主義と、排外的ナショナリズムに舵を切ろうとする「時代のけじめ」として、鈴木議員は狙われたのである。

 この分析を”助ける”のが、著者の取調べを担当した西村尚芳検事である。逮捕後3日目、著者に向かって「(勝てるわけないでしょ。)これは『国策捜査』なんだから」と率直に述べる。以後、西村検事は、国策捜査の論理を著者にレクチャーし、著者は外交と国益の論理を検事にレクチャーする関係となる。違う世界で育ってきた二つの知性がぶつかりあい、お互いの論理を吸収して、しかし譲れないところは譲らず、新たな論理を組み直そうとする過程は、本書の白眉である。通俗小説が好みそうな、検事と被疑者の友情物語とは全く本質を異にして、スリリングで知的な読みものになっている。西村さんは、この本が出て、慌てているのかなあ、苦笑しているのかなあ。

 著者は「あとがき」で、拘留中に繰り返し読んだ本として、『聖書』、ヘーゲルの『精神現象学』、『太平記』を挙げている。最後の『太平記』は意外だったが、国策捜査の罠にかかった鈴木宗男議員や自分を、『太平記』の「天狗」(超人的な能力で人々を助けても、”分限”を超えた善意は迫害でしか報いられない)になぞらえているのは面白く、また的確な分析であると思った。
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