見もの・読みもの日記

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韓半島とともに/同時代批評(和田春樹)

2005-07-30 13:21:40 | 読んだもの(書籍)
○和田春樹『同時代批評2002年9月~2005年1月:日朝関係と拉致問題』彩流社 2005.3

 小泉首相が北朝鮮を訪問し、日朝平壌宣言が出されたのが2002年9月。しかし、拉致問題の衝撃によって、日本国民に北朝鮮バッシングが沸き起こり、日朝交渉は後退を余儀なくされた。そして、バッシングに加担せず、理性的な態度を貫こうとした学者、政治家は、「拉致」を否定し、北朝鮮を擁護する者、判断の誤りが分かっても反省しない厚顔の輩、と非難されてきた。本書は、そんな情勢の中で、時には、いわれのない誹謗・中傷に対して果敢に反論し、時には、文筆によって、理性を失わない人々を励まし、連帯を呼びかけてきた著者の記録である。

 和田先生の印象的な風貌に初めて接したのは、1980年代末のテレビだった。ソ連の東欧体制の崩壊に際して、ソ連=ロシア問題の専門家として、各局のテレビに招かれ、いつも淡々とコメントを述べていらしたように記憶する。第一印象というのは拭えないもので、その後、北朝鮮にたびたび出かけていると聞いたり(これは1990年代)、慰安婦問題にかかわっていると聞いても、実のところ、「へえ~専門外なのに」とだけ思っていた。

 本書には、著者が1950年代、高校生の頃から朝鮮問題に関心を持ち、70~80年代、韓半島に存在する2つの国家に対する日本人の評価と好悪が、振り子のように大きく動揺してきた様子を、冷静に見続けてきたことが記されている。

 1960年代半ばまで、北朝鮮に関する情報と研究は、日本共産党が独占していた。しかし、1968年、北朝鮮ゲリラによるソウル侵入を容認できなかった日本共産党は、北朝鮮から離れると、それに代わって、日本社会党が北朝鮮に接近していった。「共産党は何といっても関係が古く、朝鮮研究の蓄積がありました。しかし社会党にはいかなる研究もなかったので、北朝鮮と関係をもつと、容易に北朝鮮のふところにとり込まれ、身動きがとれなくなっていく感があります」という言葉は示唆的である。

 70年代、小田実が北朝鮮を訪ね、感激して帰ってきたことに関しても、社会主義体制の国というのは「表だけ見たって何も分からない」のであり、資本主義社会と違って「『何でも見てやろう』の精神では歯が立たないのです」と評する。

 本書を理性的に読めば、著者が、北朝鮮の現体制を無批判に擁護する者でないことは明らかである。ソ連研究の専門家である著者は、「非常体制下に社会主義国家が見せる暴力性」を、一般の日本人以上に、実感として熟知している。それならば、金正日体制を早期に崩壊させることが、望ましい解決策であるのか。だが、泥沼化するイラク戦争は、対テロ戦争と称してこれを始めたアメリカの行動が、イラクの人々の心に残した傷跡と憎しみの深さを示している。

 だから、我々が「人間的な立場」を重視するならば、戦争を回避し、辛抱強く「北朝鮮がソフトランディングできるように図る」ことが唯一の解決策ではないか。これを著者は、本書のどこかで「金正日を抱きしめて、抱きすくめる」という、過激とも思える表現を用いて語っていた。まさにいま、韓国の盧武鉉政権が取ろうとしている政策がこれであると思う。

 北朝鮮を主体的に「抱きしめる」ことは、向こうのふところに「取り込まれる」こととは違う。かつての日本社会党や不用意な左派知識人の轍を踏まないために必要なことは、我々が、いっときの怒りに我を忘れたり、大衆迎合的なイデオローグに流されず、真に理性的であり続けることだと思う。

 そして著者は、日本がそのような困難な道を選択し、東北アジアにおける地域共同体の構築に進むために、韓国の連帯に期待する。東北アジアを結びつけるのは域内の全ての国に済むコリアンの役割である。「病んだ日本」を克服し、一面的な北朝鮮観に変化をもたらし得るものは、韓国の連帯と援助をおいて他にない。

 本当にそうだ。東北アジアの近未来については、日本と中国の覇権争いに注目が集まることが多いが、韓国の働きがなければ、平和維持と地域協力体制づくりは進まないだろう。「東北アジアの最後の希望が韓国にかけられている」というのは、決して誇張ではないと思う。

 私は、この新世紀を、そういう祖国に生きるコリアンの人々が切実に羨ましい。最近、日本の保守派政治家は、日本を「皆が誇りをもてる国」にしようということを盛んに言っているが、それならばこそ、他国を恫喝する強権国家を目指すのではなく、「東北アジアの平和の希望は”日本”にかけられている」と、世界中から期待される国になってほしい。そういう政治をしてほしいのだ、私は。

■和田春樹のホームページ
http://www.wadaharuki.com/

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