〇新潮劇院 京劇公演『穆桂英 洪州の戦い』(成城ホール、2025年8月9日18:00~)
久しぶりに京劇のナマの舞台を見てきた。最近、映画『さらば、わが愛』を見直したり、中国の古装ドラマ『蔵海伝』を見たりで、京劇への憧れが募っていたところ、この公演の情報を得たので、さっそく申し込んだのである。会場となった成城ホールは定員397名とのことだが、チケットは完売だった。京劇って、そんなにファンがいたのかと思うと嬉しい。
演目『穆桂英 洪州の戦い』は『楊家将演義』の一部。冒頭に加藤徹先生のスライドレクチャーがあり、加藤先生によれば、主人公の穆桂英は、今でいえば男顔負けのバリキャリ、かつ、愛されるよりは、自分が愛した男性のために突っ走る(今の中国人女性にもありがちな)タイプ。しかし国家の正義と家庭の正義の矛盾に苦しめられる。この説明、とても腑に落ちた。
異民族・遼との戦いで、宋の元帥(総大将)に任ぜられたのは穆桂英。先鋒将である夫の楊宗保、舅の楊延昭は、穆桂英の配下となってしまう。やりにくいが、これも王命と割り切って、任務に邁進する穆桂英。楊宗保は手柄をあせって、ひとりで出陣し、敵軍の将・白天佐に追い詰められて逃げ帰る。穆桂英は、元帥として夫を棒叩き四十の刑に処したあと、夫の身体を気遣う。再び出陣した楊宗保は、白天佐をおびき寄せ、激戦の上、宋軍が勝利した。
強くて仕事ができて自立した女将軍の穆桂英と、強い女性に愛される、美男子で性格はいいけどドンくさい男子の楊宗保。あ~中国の古装ドラマで何度も見てきたパターンだ、と膝を打ってしまった。そして『楊家将』って、もっと勇壮な国家間の戦争と勇士のドラマかと思ったら、前半は、ほとんど家庭内の悲喜劇なのである。息子の嫁が元帥と知ってびっくりする楊延昭、舅への礼儀の尽くしかたに悩む穆桂英、厳しい嫁の態度に拗ねる(?)楊宗保とか。セリフも現代の夫婦や親子の会話とあまり変わらないように思えた。
最後の宋軍と遼軍の戦いは、演員が入れ替わりつつ、立ち回りの連続で見ごたえがあった。穆桂英を演じた張桂琴さんが小柄で、白天佐役の張小山さんが長身(フィギュアスケートのペアみたいな身長差)なので、見た目がおもしろかった。従軍している楊家の人々、楊還郷(女性)役の劉姸さん、楊思郷(男性)役の劉佳さんのアクションもお見事。本作は、あまり歌声を聞かせる場面はないのだが、楊延昭を演じた張春祥さんには少し歌う場面があった。立ち回りでは兵士の一人も演じていたみたい。穆桂英の馬童を演じた石山雄太さんは、さすがの切れ味。
特筆すべきは演奏。舞台上手に5人(かな?)の演奏者が陣取ってナマ演奏を聞かせてくれた。鼓師の洪剛さんは指揮者役で、本来は4人体制の打楽器を電子楽器で1人で演奏する荒業(神業)で、舞台と同じくらい楽隊から目が離せなかった。
新潮劇院の公演は、2018年に見て以来の二度目である。楽しかったので、また行きたい! まあ本場(中国か台湾)に見に行きたい気持ちもあるんだけど。