〇静嘉堂文庫美術館 『旅立ちの美術』(2021年4月10日~6月6日※6月13日まで会期延長)
来たる2022年、美術館展示ギャラリーを丸の内の明治生命館1階に移転することになった同館が、世田谷区岡本で開催する最後の展覧会。所蔵の国宝7件が全て展示される(前期)など、内容も濃い。いろいろあって、展示室に到達するまでの顛末は前記事のとおり。ここからは展示内容について書く。
展示室の前室には、日中の水墨画、倪元璐筆『秋景山水図』、陳賢筆『老子過関図』、九淵龍賝題『万里橋図』が並ぶ。納得の名品セレクションだと思ったが、実はこの展覧会、「出発」「別れ」「旅(漂泊)」に関係する作品を(ややこじつけも含め)慎重に選んでいるのだ。『老子過関図』は、周の国の衰えを感じ、牛の背に乗って西方に去ろうとする老子の図だから分かりやすい。『万里橋図』は、諸葛孔明が呉の国へ旅立つ使者を送る場面(知らなかった)。『秋景山水図』には「南方へ旅立つ友へ」という説明がついていた。
展示室に入ると、色鮮やかな御所人形の一組が目を引く。丸平大木人形店の五世・大木平蔵による『宝船曳』『輿行列』だ。唐風の衣装の女性を載せた輿を囲む唐子たちは、小さなウサギのお面をちょこんと額に載せている。宝船の船首もウサギで、船の上の布袋さんも、金のウサギのお面を額に載せている。同様にウサギのお面をつけた恵比寿・大黒・毘沙門天が、ニコニコと宝船を寿ぐ。この楽しい御所人形は、卯年の岩崎小弥太の還暦祝に孝子夫人がつくらせたものだそうだ。この展覧会、同館にしては珍しく子供連れが多く、子供たちもこの作品を気に入っていた。個人的には、その隣の北魏時代の加彩駱駝(座りかけか、立ちかけか)もよかった。
絵画では、天隠龍沢題『山水図』のくっきりした山影を美しいと思い、陶工としか認識していなかった青木木米の『重嶂飛泉図』『蓬萊山図』に新鮮な印象を受けた。鈴木鵞湖の『武陵桃源図』も好き。日本絵画、いろいろ珍しい作品を見せてもらえて大変よかった。
あやしいもの好きとしては、室町時代の『十二霊獣図巻』にも惹かれた。白沢、三角獣(角が三本ある)、兕(じ)(緑色の一角獣)の三図が開いていた。磁州窯の『白地鉄絵紅緑彩人物図壺』には木の枝(幹)に座る男が描かれており、槎(いかだ)で黄河を遡って天の河に達した張騫だという。北斗七星が描き添えてある。この伝説、中野美代子先生の本で読んだのだったかしら。
大作『聖徳太子絵伝』4幅(鎌倉時代)は、愛知県岡崎市の満性寺旧蔵で、修理後初公開。2021年が太子の1400年遠忌にあたることから「絵伝」を見る機会が多いが、これは色が鮮やかで、人物のポーズが分かりやすく、素朴絵のような微笑ましさがある。私は活発に遊ぶ子供たちと、たぶん太子の勝鬘経講義の場面で、降り積もった大きな蓮華の花びらにびっくりしている官人の姿が好き。
このほか、もちろん曜変天目や、河鍋暁斎の『地獄極楽めぐり図』、『西行物語』の最古級書写本なども見せてもらった。外へ出たのは17時過ぎだったが、外にはまだ長い列ができていた。閉館時間を延長して対応することにしたらしい。ご苦労様です。
以下、思い出の写真集。静嘉堂文庫(図書館)はこの地に残るらしい。私は、初めて静嘉堂に来たのは学生時代で、美術館ではなく文庫を利用するためだった。それきり、もう何十年もこの建物には入っていない。
静嘉堂文庫は丘の上にあるので、門をくぐったあと、木立に囲まれた坂道を上がっていく。この木立を見上げるのが好きだった。いつも年末の展覧会では、イチョウが金色に色づいていた。
バス停から近づいていくとき、視野に入る正門。間違えて、手前の集合住宅の敷地に入り込んでしまったことが何度かある。
この風景、もう見ることはないのかと思うと寂しい。お世話になりました。