〇東京ステーションギャラリー 『コレクター福富太郎の眼 昭和のキャバレー王が愛した絵画』(2021年4月24日~6月27日)
コロナ禍で休館していた美術館・博物館が再開し、先週末は大忙しだった。まず再開のお知らせとともに、土曜の朝イチの予約をとったのがこの展覧会。キャバレー王・福富太郎(1931-2018)の絵画コレクションの全体像を明らかにする初めての試みである。鏑木清方をはじめとする優品ぞろいの美人画はもとより、洋画黎明期から第二次世界大戦に至る時代を映す油彩画まで80余点を展示する。
最初の展示室からズラリ清方(名品揃い!)が並んでいて、心臓の鼓動が早くなってしまった。『冥途の飛脚』の梅川忠兵衛を描いた『薄雪』のさえざえとした美しさ。背景の空白は茫漠とした曇り空で、かすかな雪片が梅川の黒髪、黒縮緬の着物に舞い落ちる。忠兵衛の着物は浅縹色(?)の細縞。ああ、これは世話物でダメな男主人公が着る着物だ。しかし画像検索で最近の文楽や歌舞伎の写真を探すと、忠兵衛は、淡路町の段・新町の段では縞の着物だが、新口村の段は二人揃って黒を着ている。この取り合わせは、作者の想像なのかしら。
そして『妖魚』。清方の描く女性は、だいたいアイラインと黒目が一体になったような、曖昧な眼をしているのだが、この妖魚に限っては、はっきりした三白眼である。肩幅が広く、腕も太く、脚にあたる魚の下半身も長くて、黒髪だけど西洋の女性を感じさせる。あと見落としがちだが、重ねた両手の中に小さな魚を包み込んでいる(ちょうど屏風の折り目にあたって見つけにくいのは意図的な構成なのか)。展示会場がこんな大作の展示を想定していなくて、真ん中に太い枠のあるケースだったのはちょっと残念。
では気になった作品を順不同で。ようやく北野恒富『道行』を見ることができた! 不穏でデカダンな雰囲気が好みだが、あまり『心中天の網島』の雰囲気がしない。小春は雪岱の『河庄』のほうが私のイメージに合う(男性は治兵衛でなく孫右衛門なのか)。『あやしい絵』展にも出ていた甲斐庄楠音の『横櫛』(気味悪さが少し中和されている)もあり。島成園『おんな』は怖い怖い。池田輝方『お夏狂乱』、池田蕉園『宴の暇』も好き。『殉教(伴天連お春)』の松本華羊は知らなかったが、女性画家で、池田蕉園の弟子なのだな。伊藤小坡の『つづきもの』は、朝刊の新聞小説を熱心に読む、地味な紺絣の女性を描いたもの。風俗資料としても面白い。小坡も女性画家。松浦舞雪の四曲屏風『踊り』は阿波踊りを題材に、白足袋に赤い鼻緒が鮮やかな女性三人が描かれている。一人は歩きながら三味線をかき鳴らし、二人は頭を低くし、振袖をはためかせて、没我の境地で踊っている。素敵な作品!
もうひとつ、印象的だったのは、伊東深水の『戸外は雨』。日劇ミュージックホールの楽屋に取材して描かれた長巻で、胸も露わな女性たちが行ったり来たり、衣装を整えたり談笑したりしている。どの女性も堂々と自然な動きで、体育会系の美しさだ。全体の四分の三くらいが開いていたが、図録を見たら最後の四分の一には、全身黒タイツの男性たちの集団が描かれていた。1955年の作品。
黎明期の洋画作品にも興味深いものが多数あった。いちばん驚いたのは渡辺幽香の『明治天皇肖像(下絵)』(1895年)である。父の五姓田芳柳が描いた下絵をそのまま写したものだというが、軍服やテーブルクロスは丁寧に彩色(ただし陰影のないベタ塗り)されているのに、顔の部分がペン画(?)のままなので、前衛絵画みたいな趣きを醸し出している。
戦争画は、満谷国四郎『軍人の妻』、宮本三郎『大和撫子』(これも怖い作品だなあ)などに加え、東京都現代美術館から向井潤吉『影(蘇州上空にて)』や宮本三郎『少年航空兵』など数点が特別出品されていたのは嬉しかったが、福富の戦争画コレクションはもっとあるはず。ぜひ東京都現代美術館で特集展示をやってほしい。まあしかし、とにかく美人はよいものだ、描かれた美人を側に置いておきたい気持ちはとても分かる。