〇池上俊一『王様でたどるイギリス史』(岩波ジュニア新書) 岩波書店 2017.2
上野の森美術館で始まっているロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵『KING&QUEEN展』に行こうと思って、『芸術新潮』10月号「特集・名画は語る!王と女王の英国史」を購入した。その前に君塚直隆先生の『悪党たちの大英帝国』を読んでおくつもりで、さらにその入門編として本書を読んだ。そのくらいイギリス史の知識には自信がなくなっていたので。
本書は、アングロ・サクソン時代(5-11世紀)に始まり、ノルマン・コンクェスト(1066年、ノルマンディー公ウィリアムによる征服)によるノルマン朝の成立から、諸王朝を経て、今日のウィンザー王朝、エリザベス二世とその家族たちまでを紹介する。アングロ・サクソン時代って「古色蒼然」のイメージだったが、日本なら院政への移行期、中国は北宋までを含むと思うと、そんなに古くはないのだな。
本書は、統治者である王様(もちろん女王様も)の系譜を全てたどりながら、社会や政治制度の発展、周辺諸国との関係、産業、文化、宗教などに言及し、イギリスの歴史を記述する。多くの逸話に彩られ、歴史に大きな足跡を残した王もいれば、数行程度の記述で消えて行く王もいる。
印象に残る王様といえば、やはりヘンリ八世。残酷でスキャンダラスな暴君のイメージだったので、テニス、レスリング、アーチェリーなどスポーツ万能で、ラテン語とフランス語も流暢に話し音楽も作曲する、明敏で活発な王だった、という本書の評価に面食らった。「国民はどの階層も王制自体に不信や不満を持つことなく、王がしっかりと国を守り民を助けてくれるなら、自由気儘な所行も許していた」なんて、まるでアジアの皇帝政治みたいではないか。
エリザベス一世の治世は、文化の面で興味深い。あと、あまり知らなかったのだが、スチュワート朝の祖であるジェームズ一世が悪魔学者だったというのに驚いた。
17世紀にはクロムウェルの率いる鉄騎兵が国王軍を撃破し、チャールズ一世を裁判にかけて斬首刑に処するというピューリタン革命が成し遂げられた。このへんは高校の世界史の先生が大好きで、かなり詳しく教えてもらったことを思い出す。クロムウェル、面白いなあ。アイルランドに侵攻して、住民60万人を虐殺あるいは餓死させたというのもヨーロッパ人らしくない。アジアの狂暴な将軍みたいだ(褒めている)。そして、この体験を通じて、純粋主義や原理主義はイギリスに合わない、共和制はイギリスの政治体制として根付かないことを認識してしまったというのも、イギリス人って面白い。
17~19世紀にかけては、いまの私たちがイギリスと聞いて思い浮かべるさまざまな文化、生活習慣が形づくられた。紅茶、ビールとジン、庭園趣味、クラブとパーティが大好きな「個人主義者の社交」、奉仕と慈善活動、パブリック・スクールなど、どれも面白かった。
イングランド人がノルマン王朝の時代から、アイルランドやウェールズという「他者」を征服・統治することに長けていたという指摘には、若干眉唾ながら納得してしまった。これが近現代において、イギリスが帝国主義的な征服を進めていく原点となったというのである。そうであれば、帝国を解体し、新たなコモンウェルスとして結び直そうとしている、現女王・エリザベス二世の努力には、一層深い意味があると思う。