見もの・読みもの日記

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武侠とロマンスの上海/中華ドラマ『遠大前程』

2018-07-31 22:57:26 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『遠大前程』全56集(2018年、芒果影視文化有限公司他)

 武侠や古装劇が好みなので、このドラマ、果たしてハマるかな?と迷いながら見てみたら、面白かった。舞台は1920年代の上海。租界の賭場やキャバレーには華やかな洋装の男女が行き交い、裏社会では秘密結社のボスたちが死闘を繰り広げ、労働者は団結して新しい社会を目指す。アクション、コメディ、ロマンス、冒険、人情、武侠などの諸要素が、てんこもりに盛り込まれた連続ドラマである。「遠大前程」は「前途洋々」くらいの意味らしい。

 主人公の洪三元(洪三)は、蘇州の芸妓・紅葵花(自称・美人)に育てられた捨て子である。成長して、養母の美人と弟分の斉林を伴い、一旗揚げようと志して上海にやってきた。上海の最大勢力・永鑫公司に入り込み、舌先三寸と強運で数々の危機をくぐり抜け、出世街道を駆け上がっていく。永鑫公司の三大亨(三大ボス)のうち、老大・霍天洪は悠揚として小さなことにこだわらず、普段はかわいいおじさんだが、怒ると怖い。演じるのは倪大紅(私は見ていないが『三国』の司馬懿)。老二・張萬霖は最も凶悪、短気で陰険。斉林を悪の道に誘い込み、洪三の宿敵となる。演じるのは劉奕君(『琅琊榜』の謝玉を演じた方だが、謝玉の悲哀や人のよさを全く感じさせない、振り切れた悪役ぶり)。老三・陸昱晟は穏やかなインテリやくざ。演じるのは趙立新(2017年版『射雕英雄伝』の洪七公)。陸昱晟は洪三の才能を愛し、かばい続けるのだが、最後に洪三が知略を振り絞って永鑫公司に戦いを挑んだとき、それを跳ね返したのも彼である。三大亨は性格づけもビジュアルも個性的で魅力的だったが、何よりも声がそれぞれのキャラに合っているのが、すごくよかった。

 洪三は永鑫公司の計らいで小さな賭場を任され、そこで「一爺」と名乗る男勝りの女性とその仲間たちと知り合う。彼らは、幼いころ張萬霖に家を焼かれ、家族を殺されており、復讐の機会を狙っていた。一爺こと林依依は次第に洪三に惹かれていく。一方、洪三は、民族資本家で大富豪の于杭興のひとり娘・夢竹に夢中になり、斉林と恋の鞘当ての末、夢竹との結婚を勝ち取る。しかし、結婚式当日、洪三は自分が間違っていたことを悟り、林依依と駆け落ちする。ここまでが、だいたい前半で、コメディ七分、シリアス三分くらいで進む。

 洪三夫婦は山村で平和に暮らしていたが、張萬霖が差し向けた刺客によって、依依は殺されてしまう。ひとりになった洪三が、張萬霖への復讐の誓いを胸に上海に戻ってきてからが後半。オープニングとエンディングの曲が哀調を帯びたものに変わる。後半はシリアス度が増すが、コメディ成分が全くなくなるわけでもない。喜劇と悲劇が同時進行するのは中国ドラマの得意とするところ。

 上海の空気は風雲急を告げていた。埠頭で働く労働者たちは組合を結成してストライキを決行。その中心にいたのは、共産党に希望を託す知識人の梁興義と、彼の思想に共鳴する厳華。厳華は、やはり美人に育てられた洪三と斉林の兄貴分である。資本家の于杭興は組合と対立する立場にありながら、ひそかに労働者たちを支援し、女学生の于夢竹は路上に出て反政府デモに参加していた。外国人たちも暗躍する。イギリス領事のホートン(霍頓)は中国の古美術品マニアで、利権を貪り、文物を集めて私蔵していたが、洪三は、誘拐された娘のイーシャ(伊莎)を救ったことから知遇を得る。永鑫公司のライバル・八股党の沈青山、軍閥の領袖・李宝章、共産党の影響力を恐れる国民党の徐世昭(別名・徐可均)など、多士済々。しかし一番悪いのは日本人勢力である(笑)。

 共産党は武装起義(蜂起)を決行するが、永鑫公司の援助を得た軍閥政府はこれを撃破。共産党は壊滅に追い込まれる。洪三は、華哥(厳華)の遺志を受け継ぎ、梁興義を上海の外に逃がそうとする。しかし奇想天外な脱出作戦も三大亨によって阻止され、最後は、決死の正面突破しかない、と腹を括る。ここで洪三を助けに馳せ参じるのが、ドラマの中で友情をはぐくんだ武侠高手たち。

 この物語世界には「上海十三太保」と呼ばれる十三人の武侠高手が存在し、「乞丐、教頭、納三少、車夫、師爺、小阿俏、瞎子、酒鬼、黑白無常、龍虎豹」と数えられている。この中には、永鑫公司の師爺(夏俊林)や、かつて沈青山に仕え、今は永鑫公司に従う黑白無常という二人組など強敵もいる。一方、教頭(沈達)、車夫(余立奎)らは洪三の仲間。秦氏の龍虎豹三兄弟のひとり秦虎は、はじめ洪三の命を狙っていたが、次第に友情を感じ、梁興義を送り出す壮挙に参加する。

 このくらいにしておくが、ドラマはもっと波乱に富んでいて、もっと面白い。また、実力派俳優(特に男優)が総集結しているので、知っている顔を見つけるのも楽しい。厳華役の富大龍とか徐世昭役の許亜軍はすぐに分かった。坊主頭に丸眼鏡の梁興義は、いかにもこの時代の知識人という雰囲気だったが、ずいぶん終盤になって、演じている成泰燊は『風起長林』の墨淄侯じゃないか!と気づいた。斉林役の袁弘は、胡歌版『射雕英雄伝』の楊康で、やっぱりイケメンなのにクズが似合う。洪三を演じた陳思誠と林依依を演じた佟麗婭が実生活でも夫婦であることは途中で知った。主演の陳思誠は、本作の監制と総編(screenwriter and producer)もこなす才人である。

 毎回、冒頭に「本故事純属虚構(この物語はフィクションです)」という注意書が表示されていたが、三大亨のモデルが「上海青幇」の黄金栄、張嘯林、杜月笙であることは、中国史好きならすぐ分かるのだろう(私は初めて知った)。中国語サイトをまわってみると、共産党の梁興義は誰で、国民党の徐世昭は誰か、軍閥の李宝章は誰か等々、興味深いモデル探しが行われている。ドラマとして唯一の欠点は、日本人の扱いだろうか。別に悪役でもいいのだが、中国人俳優に日本語のセリフを喋らせているので片言すぎて失笑ものなのだ。しかし、あれは中国人であるにもかかわらず日本人勢力に加担した「漢奸」であると考えれば、カタコトでもいいのかもしれない。

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