見もの・読みもの日記

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汎スラヴ主義の夢/雑誌・芸術新潮「秘められたミュシャ」

2017-06-03 00:09:28 | 読んだもの(書籍)
○雑誌『芸術新潮』2017年3月号「秘められたミュシャ」 新潮社 2017.3

 いまさらのようだが書いておく。国立新美術館の『ミュシャ展』は今週末までなので、ぎりぎりセーフと思いたい。第1特集は、世界で初めてチェコ国外で公開された連作『スラヴ叙事詩』全20点をよみとくためのガイドである。本誌を読んでから見に行こうと思っていたのだが、年度末のどさくさに忙殺されて、結局「見てから読む」ことになってしまった。しかし、それでよかったと思っている。

 本誌には、「撮り下ろし」20点の写真と題材の解説に加え、『スラブ叙事詩』の舞台を書き込んだヨーロッパ地図が掲載されている。No.1「原故郷のスラブ民族」は、ウクライナ領内、ポーランドとの国境地帯になる。かと思えば、No.3「スラヴ式典礼の導入」は、現在のチェコとスロヴァキアの国境付近に興ったモラヴィア王国を描く。No.4「ブルガリア皇帝シメオン1世」は、そのモラヴィアから逃れてきたスラヴ語派の聖職者を受け入れたブルガリアが舞台。No.16「ヤン・アーモス・コメンスキーのナールデンでの最後の日々」は、宗教改革の最後の指導者が、放浪の末、オランダで没した様を描く。No.17はギリシャ、No.18はモスクワである。

 私は、国立新美術館でこの作品を見たとき、どこかで似たものを見たことがある気がした。特定の作品という意味ではなく、ミュシャと同時代の日本の画家も、母国の神話や歴史を題材にした作品を、好んで描いていたように思う。だが、ミュシャの場合、なぜ「チェコ叙事詩」でなく「スラヴ叙事詩」なのか。作品の舞台が、いくつもの国境線を超えて広範囲に広がるのか。その鍵となるのが「汎スラヴ主義」という思潮である。

 18世紀末以降、チェコ人の民族意識の覚醒とともに、「弱小のチェコ人が強大なドイツ人に対抗するためのバックボーンとしてスラヴ人の存在に光が当たることで生まれた」のが汎スラヴ主義だった。ああ、汎スラヴ主義って世界史で習ったなあ…と思い出したが、スラヴ人とは「言語学上の概念に過ぎない」という解説にびっくりした。スラヴ人の団結などといっても「詩人の夢」に過ぎず、政治の推進力にはなりえなかった。しかし、現実の政治は動かせなくても、今に残るこの大作を生んだのだと思うと、感慨深いものがある。

 私は、どうしても絵画に何が描かれたか、どんな背景で描かれたかに興味を持ってしまうが、どのように描かれたか(描かれているか)の解説も面白かった。カメラを大活用し、家族や近隣の人々にポーズをつけて撮った写真を参考にして描いていたのだそうだ。作品と似通ったポーズの写真が複数掲載されている。近所の人々は大変だったろうなあ。群衆シーンで、前景の人々がわざと暗い影の中にいて、中景の人々に光が当たっているのは、舞台を見ているようだ。時には、最前列の人物が、画面の枠外にはみ出している(描き表装のトリックみたい)のは、作品と鑑賞者の境目を曖昧にしている感じがする。

 本誌には、パリ時代のミュシャの作品も多数、掲載されている。チョコレート缶やビスケット缶のデザイン、小説の挿絵も素敵だ。「本人公認素材集」を出版していたって、やっぱり光琳みたいだなあ。ミュシャを追いかけてのプラハ街歩きルポ(地図あり)も興味深い。プラハは、ヨーロッパで一度行ってみたい都市のひとつだ。

 第2特集は写真家の塩谷定好で、全く知らなかったけど、ちょっと興味が湧いた。鳥取県にある塩谷定好写真記念館は、山陰本線の赤碕駅から徒歩30分。いつか行く機会があるかしら。機会があるまで、続いていてほしい。
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