見もの・読みもの日記

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関西・秋の展覧会(1):徳川美術館、名古屋市博物館

2010-10-12 01:01:01 | 行ったもの(美術館・見仏)
徳川美術館蓬左文庫 名古屋開府400年、徳川美術館・蓬左文庫開館75周年記念 秋季特別展『尾張徳川家の名宝-里帰りの名品を含めて-』(2010年10月2日~11月7日)

 この秋、注目は開府400年の名古屋である。遷都1300年の奈良なんて目じゃない(悪いけど)。徳川美術館と蓬左文庫の名品展は、質・量とも圧倒的だった。東博や京博みたいな巨大な展示ホールがあるわけではないけど、うねうねした回廊を進んでいくと、武具あり書画あり工芸あり典籍あり、美術&歴史ファンにとっては、1日滞留しても飽きないワンダーランドである。以下、あえて厳選して、感想を語る。

 第1室に、いきなり家康の『三方ヶ原戦役画像』(敗戦を忘れないために描かせた顰像=しかみ像)があって心が躍る、。巨大な馬印(今回は網代三蓋笠馬標)や異様に銃身の長い火縄銃(弾道を安定させるためか)も興味深いが、注目は、家康の遺品目録である『駿府御分物御道具帳』。綴じ部分を別紙で糊づけし、割印まで施してあるのは、1枚抜き取るというような不心得を防ぐためと思われ、いかに貴重な文書だったかが分かる。

 茶道具の展示では、玉澗筆『遠浦帰帆図』、伝・牧谿筆『洞庭秋月図』がさりげなく並べて取り合わせてあった。前者のほうが濃い墨で、塔や網干や舟の上の人の姿もそれと分かる。後者は全てがぼんやり溶け出していくような、静かなメルヘンタッチ。天に月を描かず、湖面に映る(湖底に沈む真珠のような)月だけが描かれている。思いつきだけど、中原中也とか三好達治の詩が似合いそう…。

 蓬左文庫の典籍で、いちばん興奮したのは『続日本紀』。10巻×4段の書箪笥ごとお蔵出し。巻11-40は現存最古の写本(金沢文庫旧蔵)。巻1-10は家康が五山の僧に書写させて補ったという。いや、よくぞ今日に伝えてくれました。古代史ファンとして感謝に堪えない。この展覧会を見ると、政治・軍事は武家、文化を担ったのは皇室という俗流の歴史理解がどんなに薄っぺらいかがよく分かる。尾張徳川家の始祖・義直の蔵書印は、端的に「御本」の二文字なのね。覚えた。「里帰り」の『元永本古今和歌集』はきれいだったなあ。だいたい展示では派手な料紙を見せたがり、写真図版にするとさらに重い印象になるのだが、今回の展示箇所はあっさりして品があってよかった。忠岑の「すみよしと海人は云とも長居すな」(917)という和歌が載っていた。

 絵画では、伝・岩佐又兵衛筆『豊国祭礼図屏風』をついに見ることができた! 見たかったんだ~これ。蜂須賀家の菩提寺である高野山の光明院(おー宿坊にもなっている)伝来で、昭和8年に尾張徳川家(財団)が購入したのか。群衆の熱狂がすさまじい迫力で描かれているが、それ以上に、右隻の中央のひろびろした舞台で演じられている「翁」舞の静かな迫力に身震いする。よく教科書に載っている『歌舞伎図巻』も初見かもしれない。舞台上の出雲の阿国よりも、観客の中に、南蛮人や朝鮮人(いや明国人じゃないか?)らしい姿を見つけたことが新鮮な驚きだった。

 今回、第7-8展示室では「里帰りの名品」と題して、尾張徳川家の旧蔵品を展示。解説には、その品が尾張徳川家を離れた理由が書かれていて、「将軍に献上」「皇室に献上」「分家に分譲」などのほか、「売り立て」「婚礼道具」さらには「旧職員の退職に際して贈与された」というのもあり、いろいろ想像を逞しくしてしまった。

名古屋市博物館 名古屋開府400年記念特別展『変革のとき 桃山』(2010年9月25日~11月7日)

 徳川美術館で予想外に時間を取ってしまったが、もう1箇所寄ることにして、土砂降りの中、道を急ぐ。本展は、激動の時代「桃山」において、城郭御殿、漆器や茶陶が遂げた変貌に着目する展覧会。チラシを見たとき、すごく面白そうだと思って期待したのだが、いまいち消化不良だった。桃山文化って、豪華・壮大・現世的というのが教科書的なキーワードらしいのだが、私は、この整理にどうも違和感がある。むしろ『太閤花見図屏風』みたいな、死の匂いのする静けさに桃山らしさを感じている。

 まあでも博物館でこういう企画があると、出光の『大阪城合戦図屏風』とか、三井の『聚楽第図屏風』とか、美術館ではなかなか出番のない作品を見ることができて嬉しい。輸出用の漆器(蒔絵螺鈿)、特に聖龕(せいがん)は、よくこれだけ集めたなあと感心した。茶碗は、長次郎、光悦の名品を贅沢に揃えているにもかかわらず、解説が舌足らず。何を言いたいのかよく分からなかった。
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