見もの・読みもの日記

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人のいない風景/岡鹿之助展(ブリヂストン美術館)

2008-05-06 23:46:44 | 行ったもの(美術館・見仏)
○ブリヂストン美術館 『岡鹿之助展』

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/

 日本人の描く洋画(油絵)に、私の関心が向き始めたのは、実はごく近年のことである。そんな中で、岡鹿之助という画家を意識したのは、比較的早い。2004年、葉山の神奈川県立近代美術館で行われた『近代日本絵画に見る「自然と人生」展』で、彼の代表作『雪の発電所』を見た。

 タイトルどおり、雪の発電所風景を描いた何の変哲もない作品である。いかにもモダニズム建築らしい、箱型の発電所。どっしり安定した三角形の山。素朴な幾何学的造型の後ろから沁み出してくるような、不思議な懐かしさを感じて、私は、岡鹿之助という名前を記憶に留めた。

 岡は、あまり多様な題材に挑戦した画家ではない。むしろ、同じモチーフを繰り返し描いた。そこで、本展は岡が好んだ9つの題材「海」「掘割」「献花」「雪」「燈台」「発電所」「群落と廃墟」「城館と礼拝堂」「融合」に沿って、作品70点を紹介している。

 すぐに気がつくのは、岡の作品には、ほとんど人物が描かれないということだ。人物画はまったく無い。ごくまれに、波止場や掘割を題材とした作品に、目鼻立ちも分からないような人物が小さく、曖昧に描かれているくらいである。しかし、人のいない風景画であるにもかかわらず、岡の作品は、どこか人間臭い。発電所にしろ、燈台にしろ、いつも人間が作った造型が中心テーマになっているためだろう。雪道に続く車輪の痕も、何気なく止めおかれた荷車も、そこに人の生活がある(あり得る)ことを予感させる。ついでに言えば「献花」のセクションで、繰り返し描かれているパンジーの花に、岡は「人の顔」を見ていたそうで、これまた微笑ましい人間臭さというか、人恋しさを感じさせる。

 岡の作品は、いつも無人であるけれど「孤独」とか「孤高」という言葉は似合わない。むしろ、対立や摩擦など困った人間関係のない、静かで安らかな幸福感が満ちているように思う。かなうことなら、私は、岡の作品を寝室に飾りたい。そして、夢の中で、岡の描いた発電所や城館に駆け入って、その内側に身を潜めてしまいたいと願う。二度と誰にも見つからないように。
コメント
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