毎週、水曜日午後10時から放映されているNHK総合テレビ番組「そのとき歴史が動いた」はなかなかの長寿番組。よほど根強い人気があるのだろう。
自分の場合は興味のある内容を択んで観ている程度だが、4月9日放映分は珍しいことに日本の歴史ではなくて西洋の歴史、それもモーツァルトのオペラ「魔笛」に関する内容だった。
「音楽の市民革命・神童モーツァルトの苦悩」と題して、モーツァルト(1756~1791)が亡くなる直前に心血を注いで作曲したオペラ「魔笛」が従来のような貴族のためのオペラから脱皮して市民のために作曲されたという趣旨のもとで最初の上演(1791年9月30日)に至る過程を描いたもの。つまり歴史の”そのとき”というのは「魔笛」上演の日。
この番組で西洋のクラシック音楽が主題となって登場するのはおそらく初めてのはず。4月からの番組編成でプロデューサーをはじめ番組スタッフが一新されて衣替えでもしたのだろうか。それとも日本の歴史に関する題材もネタ切れとなって、西洋に目を向け始めたのかもしらんなどと思ったところ。
いずれにしても、こんなに名曲(22曲)がびっしり詰まった究極のオペラがテレビに登場し一人でも多くの方に興味を持ってもらうのは、「魔笛」のファンとしてうれしい限り。NHKにもモーツァルトに相当詳しい企画マンがいる!
そもそも、このブログにしてもオペラ「魔笛」の好きな方と交流のきっかけになればと始めたもの。
開始以来、何がしかの興味を示してご覧になっていただく方々に支えられて現在17ヶ月目に突入したが、魔笛のCD盤、DVD盤合わせて43枚の試聴結果(今となっては内容を見直す必要性大いにあり)の登載も完了し、既に魔笛に関する材料もネタぎれとなって仕方なく、他の作曲家の作品や読書、独り言、オーディオなどで埋め合わせているが、あくまでも自分のブログのホームグラウンドは「魔笛」にある。
そういう意味では、やや焦点がぶれている今日この頃だが、この番組は久しぶりにそのことを憶い出させてくれた。
さて、肝心の番組の内容だが「そのとき歴史が動いた」という趣旨のもと、仕方がなかったのだろう、「魔笛」の作曲の経緯をややセンセーショナルに仕立て上げすぎているようだ。決して間違いとは言えないが・・・。
モーツァルトが、(高貴な生まれという身分だけで)栄華を極める貴族たちに対する反発を心に秘め、徹底的に風刺するために「フィガロの結婚」、「魔笛」を次々と作曲したという流れだが、たしかにそれは事実だが大きな動機ではない。
モーツァルトは音楽家であって革命家ではない。市民に音楽を捧げようという動機もあったかもしれないがそれはほんの一部分。何よりもオペラが好きで好きでたまらず、ありあまる才能をオペラに注ぎたかったというのが一番の理由。
「魔笛」作曲に至る経緯については、以前、(題名不明の本から)部分的にコピーした手持ちの資料によるとこうある。
当時、大衆芝居の興行主シカネーダーは、ヒット作に恵まれずひどく落ち込んだ状況で、やむなく友人のモーツァルトにこう頼みこんだ。
「完璧に今のウィーンの大衆好みのオペラを書いてほしい。ただ、第一にあらゆる階層に共通する最低限の平均的な好みを満たすように心がけてほしい。ぼくは台本と舞台装置その他をやることにする。すべては大衆が求めている今様なものを~。」
「よろしい~引き受けた」
「謝礼はいくらあれば」
「何もいらない!さあ、君が助かるように一緒に事を運ぼう、でも、ぼくは決して利益が全然欲しくないなんて思っていない。総譜を君に、君だけに上げよう。ただし、他に写譜を取らせないという約束のもとに、いくらでもいいから君が正当と思う額をくれたまえ。もし、オペラがうまくいったら、総譜を他の劇場に売ろう。それがぼくの報酬になる~。」
※結局、シカネーダーは、「魔笛」が大ヒットしたにもかかわらずこの約束を守らなかった。モーツァルトは「あの恥知らず」と呟いたという。
以上が今のところ信憑性が高いとされている作曲の経緯だが、ほんとうのところ、こういうことは枝葉末節で「魔笛」の持つ音楽の魅力で番組すべてを覆い尽くしてもらいたかったところ。
無理な注文だが音楽の市民革命云々はほどほどにして、魔笛の音楽の素晴らしさをもっとアピールしてほしかった。時間の制約もあっただろうが、「夜の女王のアリア」や「パパパの二重唱」、「おいらは鳥刺し」についてはもっと放映時間が欲しい。
なお、番組中に使っていた映像はすぐに、コリン・デービス指揮の「魔笛」だと分かった。NHKハイビジョンで2007年4月29日放映していたので録画している。(市販のDVDも別途所有)。
現在のところ、数あるDVDの中では、演奏、録音、舞台装置からみてこの演奏がベストと断言してよい。因みに、イギリスのケネス・ブラナーが監督した映画「魔笛」が昨年公開されたが、期待していたわりには非常に評判が悪いのでまだ観ていないし、DVDを購入する気もない。
とにかく、一介の市井の徒にすぎない自分がどうこう言ってもぜんぜん説得力がないので、番組の中で解説者の横浜国立大学准教授小宮正安氏の「魔笛礼賛」の言葉を最後に紹介しておこう。
☆ベートーヴェンがモーツァルトの幾多の作品の中で最良としたのがオペラ「魔笛」で「第九交響曲」にその影響が見られる。
※彼は「魔笛」に心酔して「魔笛の主題による12の変奏曲」を作曲し、死後のモーツァルトに献じている。
☆「魔笛」にはいろんなものが極限までそぎ落とされた美しさがあり、非常にシンプルだけれども心がこもっている。
☆モーツァルトが築きあげてきた音楽人生の中で一番いいものが「魔笛」に凝縮されている。
以上の発言については納得の一言。
一度聴いただけではとっつきにくい音楽だが、聴けば聴くほどに味わい深く、そのうちその魅力に知らず知らず虜にされること請け合いの音楽なので、まだ聴いたことがない方は是非。(失望されても保証の限りではないが。)
オペラの場合、映像は必見だが「魔笛」に限っては音楽だけでもいいように思う。
とにかく「魔笛」にはモーツァルトの音楽のすべてが詰まっている!