18世紀後半に始まった産業革命は人々の生活を一変させ、個人のレベルでは平均寿命が倍になり、国家のレベルではグローバルな文明社会が誕生した。そして、次代の技術の鍵を握るナノテクノロジーはそれに匹敵する規模に到達するのだろうか。
「ナノフューチャー」~21世紀の産業革命~(2007年3月、紀伊国屋書店刊)。
著者:J.ストーズ.ホールは大学卒業後、ナノテクノロジー(以下、ナノテクという)に黎明期から関り、多数の専門家の意見を聞ける立場からナノテクの現状と未来像を語るにふさわしい最も適したガイドとのこと。
まずナノテクとは何か。その定義はまだ完全に意見の一致を見ていない。
広義では、100ナノメートル以下(ナノは10億分の1の意味)のスケールでの材料や現象の研究・制御を指す。
狭義では、原子や分子を操作して微小な装置を組み立てる技術といわれており本書では、この立場をとっている。
ナノスケールでのもの作りの手段を初めて理論的に提唱したのがノーベル賞物理学者のリチャード・ファインマンで1959年のこと。
しかし、近年ナノテクの負の側面を訴える声が上がり始めており、反ナノテク運動も生まれている。本書の著者は危険性を認めながらも、研究を抑制することによる危険の方がより深刻だと主張している。例えば、ナノ医療など生死にかかる重要な技術まで阻害されてしまう悪弊を心配している。
本書で提示されるナノテクの未来像は下記のとおり想像もつかない驚きと希望に満ちている。
たとえば、
・「分子サイズ」のエンジンによって、自動車に沢山の足がつき、どんな路面でも軽々と滑っていく
・歯ブラシの毛の1本1本にモーターがつく
・超薄くて軽いナノスーツを着れば、アラスカの屋外でテニスができる
・各家庭に空を飛ぶ車が普及する
・ナノロボットはペンのサイズでポケットにそして自分の分身を使えば複数の場所で同時に仕事ができるなどなど
一番興味があるのはこれらが実現できる時期だが、著者によると、ひょっとしたら10年以内に、おそらくは25年以内に、そしてほぼ確実に21世紀中には訪れるとのなかなか微妙な表現である。(同書33頁)
さて、人類にとって最後の聖域”不老不死”の時代の到来をも予想させる「ナノ医療」の実現性について紹介しておこう。
老年学の第一人者O.D.グレイは、老化につながる細胞レベルの主な問題として次の七点を挙げている。(要約)
①細胞が死に、代わりが生産されない
②脂肪細胞の暗躍
③DNA変異によるガン化
④ミトコンドリアDNAの変異
⑤長年の間に細胞内にゴミがたまる
⑥細胞の外にゴミがたまる。その一つがプラーク(斑)で動脈で形成されるとアテローム動脈硬化症 、脳ではアルツハイマー病になる。
⑦目の水晶体など物理的機能を担う細胞外のタンパク質が長期にわたり化学的な損傷を受ける。
このリストは発表以来20年以上変わっていないとのことだが、ナノテクにできることを七つの病変に対応させるとやや専門的になるが次のとおり。(要約)
①ナノマシンにより幹細胞がなくてもテロメアを長くして細胞分裂をさせる
②細胞をチェックしながら体内を巡るナノロボットが有効
③ナノマシンで細胞のP53システムやDNAを修復する
④いくつかの方法がある。たとえば修復、指定タンパク質の作成、機械製のものへの取替えなど
⑤細胞修復マシンの活用
⑥たまったゴミを物理的に掃除する大きめのマシンで十分
⑦大きめの組み立て・修復ナノロボットでの活用
以上に加えて専門家は、老化停止にとどまらず”デクロフィニケーション”(時計の針を戻すこと)つまり”若返り”というアイデアにまで踏み込んでいる。
①年に一度の細胞の大掃除
②染色体交換法
③恒久的な細胞組織の損傷を、修復デバイスを使って直す
このように、老化は謎に包まれてはおらず、理解できる現象の結果であり、戦う手立てがもうじき手に入りそうなのだ。あと数十年頑張れば、きっとはるかに長いこと生きていられるようになるだろう。(同書335頁)
最後に読後感想だが、これまで人間は死ぬことによって新しい可能性を次世代に託してきたが、”ナノ医療”によりこの大原則が崩れるとなると社会のあらゆる価値観がもう一度見直されることになる。果たしてこれは人類にとって幸福の扉なのか、それとも悪魔の扉なのか。