ベートーベンのピアノ・ソナタ32番の試聴については既に5セットが終了している。あくまでも自分の好みの範囲であることを前提にするとバックハウスが一頭地を抜いている。
今回新たに内田光子、ケンプ、ブレンデルの3セットを追加購入し試聴してみたので感想を記してみる。
☆ ウィルヘルム・ケンプ(ドイツ・グラモフォンPOCG-90111)
朴訥というべきか、人間味溢れる眼差しともいうべきか、穏やかな演奏が基調となっている。ケンプの人間性そのもののような気がして好感がもてるがややタッチが弱く厳しさが足りない印象がする。このソナタの主題はこの盤のライナーノーツによると「闘争と平和」と書いてあったが、何だか平和だけに肩入れした感じ。世の中、平和だけで成り立てばそれに越したことはないのだが・・。
☆ アルフレッド・ブレンデル(フィリップスUCCP7086)
ブレンデルといえば、知的ということばで代表され、あのグールドがかなり買っていたという記事を読んだ記憶があるので、今回の対象盤に組み込んでみたが一言でいって期待はずれだった。
全体的に考え込みすぎてリズムに乗り切れていない感じがする。もともと説教味を帯びた第一楽章がますます堅苦しい。それに一番大切な第二楽章に躍動感が足りない。無味乾燥で、音楽学校の生徒さんが一生懸命に楽譜をなぞっている印象。
☆ 内田光子(フィリップス475 6935)
これはなかなか聴かせる演奏だった。内田節とでも言うべきか、曲の内面に深く入り込んで自然に糸を紡いでいく趣が感じ取れる。これなら「葛藤と安息の境地」が両立していると思った。
肝心の第二楽章の”聴きどころ”のクライマックスから段々と潮が引いていく感じのところはバックハウスに匹敵するほどロマンチック。しかし、惜しいことにそれからエンディングにかけてがやや間延びした印象を受けるのが残念なところ。高揚感と虚脱感の落差がもっと欲しい。やはりこのソナタの世界は男の悔恨と侘しさがふさわしい。女流ではこの辺が限界かも。しかし、孤軍奮闘、全体的に好演の印象で録音はこの盤が一番良い。(なお、彼女の「30番作品106」は絶品だった)
結局8セットの自己流での分類は次のとおり。
上位グループ
バックハウス、リヒテル、内田光子
中位グループ
アラウ、グールド
下位グループ
ケンプ、ミケランジェリ、ブレンデル
となった。
これで、32番のソナタを弾いた著名ピアニストはほとんど聴き尽くしたので当分打ちとめ。あとは成長株キーシンあたりを見守るぐらいだろうか。
なお、最近NHKBSハイでベートーベンのピアノ・ソナタ演奏の特集に出演しているピアニスト兼指揮者ダニエル・バレンボイムも実力からいって有資格者なのだが、彼には何の恨みも無いのだが、昔、芳しくない噂の記事を読んだことがあるのが引っかかっている。
その噂とは、
彼の奥さんは世界的なチェリスト”ジャクリーヌ・デュ・プレ”(1945~1987)だった。彼女は可哀想なことに多発性脳脊髄硬化症という難病に苦しみぬいて42歳で非業の最期を遂げたが、夫であるバレンボイムはその闘病生活に対してどうも冷たい態度に終始しケアが十分ではなかったらしい。
当時”デュ・プレ”の才能に大注目していたのでそういう趣旨の記事を読んだ記憶が鮮明に残っている。もちろん、ケアの程度の問題もあるし、そもそも真偽の程は確認できないのだが、根も葉もない噂ではないような気がする。何故なら、こんな噂を広めても誰も得するものがいないから。
もちろん、これは、彼の芸術性とは何ら関係の無い話であり、世間にはよくある話なのだが、その記事を見てからは彼の演奏とは自然に距離ができてしまって遠ざかるばかりである。
内田 ブレンデル ケンプ