以前、我が家に来ていただいたK市のMさんがどんな音を出されているのか興味があるので、ご都合を伺い出かけてみた。アポジーというリボン型の平面スピーカーも是非聴いてみたい。
こうやって全然見も知らない人間同士に接点ができて交流が出来るのもネットのおかげと感謝しながら小雨の中、約35分で道に迷わずに到着。海が近くて開放的な環境でこれなら真夜中に少々大きな音で音楽を聴いてもご近所に気兼ねは必要ないと思わせるほどの閑静で空間に余裕のある住宅街。
因みにMさんの試聴装置は次のとおり。
CDトランスポート ヤマハCD-1
DAコンバーター 真空管式
アンプ ケンウッド(アキュフェーズの前身)L-01A(2台:バイアンプ)
スピーカー アポジーカリバー(2ウェイ、クロス500ヘルツ)
目を引いたのは、アンプのボリュームは音質に悪影響を及ぼすとのことで、L-01Aのボリュームやその他の機能を一切使用せず、別に自作されていること。それに、製造中止の01Aのスペア部品も確保されていていつでも修繕OKでありメカに詳しい方がうらやましい。
ところでMさんは中央で音響関係の仕事をされていたのでメーカーと評論家の内情に実に詳しい方である。いろんな実情を聞かせていただいた。
売らんがために余計な機能をつけて音質を悪くしたり、表面に出てこない部分にコストを優先して劣悪な部品を使って平気なメーカーや、親族にラジカセで聞かせてCD評を書かせ、そっくりそのまま公表する音楽評論家などが一部にいるそうだ。
専門誌でのCDやオーディオ製品の評価も業者におもねって実力以上に褒めたたえ、あるいは気兼ねして毒にも薬にもならない表現に終始し、まったく頼りにならない例が多い。民間だから法律には触れないが、リベートは当たり前の世界。芸術の世界といっても損得抜きの状況かどうかよく考慮しておかないとうかつに信じられない世の中だ。
したがって、Mさんはオーディオ製品やCD盤の購入にあたってはネットでお気に入りのホームページやブログを見つけておいて、利害とは関係ない生のクチコミ情報を最優先にされるそうだ。とにかく、音楽誌でもオーディオ誌でもまるっきり書評を信用されていないのには驚いた。
たしかに、利益優先は当然だとしても音楽愛好家をないがしろにするメーカーや手抜きをしたり良心を失った評論家(全てとは言わないが)から身を守るためにはこれ以外に方法がないだろう。
閑話休題。
さて、アポジーの置きかたも実にユニークで、背後の空間が2m以上必要とのことで2部屋通しの境目部分に設置してある。
試聴は始めにグールドが55年に録音したバッハの「ゴールドベルク変奏曲」をパソコンソフトによりヤマハのピアノに再録音したCD盤「グールドの再創造」。
ボリュームを必要最小限にしぼった中でピアノの音がくっきりと浮かび上がった。とにかくSN比が抜群。拙宅のアンプは真空管なのでその点少し弱い。グールドの演奏もあの独特のうなり声は録音時にカットされているが、まさに最新の録音で現代に蘇った印象。
グールドが録音した「ゴールドベルク変奏曲」については旧録音(55年)と新録音(81年)のどちらが良いか長い間論議の的になっているが、個人的な意見としては音楽への挑戦、そして純粋なひたむきさにかけては旧録音に軍配を上げたい。新録音には功なり名を遂げた芸術家の妙な落ち着きがある。
若づくりのときの掘り出し物は一流の芸術家にはよくみられる現象という話をよく聞くが、Mさんもまったくの同意見で、特にチェンバロ演奏からピアノ演奏に移行させた意義はきわめて大きいと言われる。
この盤は是非欲しいが、そのうち輸入盤がネットで放出されるのでそちらの方が安価とのこと。それにしても国内盤はどうしてこんなに高いのだろう。
さて、アポジーはやはり期待通りでクラシック好きな方が好まれそうな音である。長時間聴いても疲れない音でホールトーンの表現にも優れている。たしかにMさんが言う”後方に広がる音”になっている。
以下試聴盤としては次のとおり。
内田光子:シューベルトの即興曲
シミズ・ヤスアキ:無伴奏チェロソナタ(テナーサックス)
ペトレ:無伴奏バイオリンソナタ
ジュリーニ:交響曲「田園」
選曲を見ても分かるように、内田光子さん以外は世評に埋もれた演奏家やCD盤であり、こうしたものを発掘して楽しまれる傾向がお好きのようである。
始めての訪問であまり長居してはと2時間足らずで辞去したが、これでMさんが好まれている音が大体分った。
帰途につきながら、Mさんの音と拙宅の音とが両極に位置する中で、対極にある自分の音の長所、短所がひときわ鮮明になって浮かび上がりつくづく勉強になった1日だった。