水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」
興の項(こうのこう)
力を合わせる。
1+1だ。
結果はどうでもいい。
2でも5でも1.2でもいいのだ。
結果ばかり求める風潮がある。
ツマラン風潮だ。
そんな事ぁ、どうでもいいのだ。
合わせるところに、何かが生まれる。
それが、合わせる意味だ。
結果は、常に変わるものだ。
意味も価値も無い。
そんな事も判らなくなったのかなぁ。
日本人は、退化してるんだなぁ・・・。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
興の項(こうのこう)
生命の為に世界がある。
この世(肉体界)とあの世(精神界)がある。
どちらも生命の為の舞台だ。
そして、我々は、この世にいる。
あの世の事は、一時棚上げだぜ。
この世は、個と社会で成り立っている。
全ての個が何らかの繋がりに加わる。
個だけでは、存在できない世界だ。
多分・・・あの世は、個だけで存在できるだろう。
個が基本なのは、当たり前だ。
個の集まりと、個の支え合いが社会だ。
この世での生命は、個と社会で活性する。
生命の活性が幸となる。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
興の項(こうのこう)
興するには、他と会わなくてはならない。
そして、心に感じる何かが生まれる。
個のまま閉じこもっていては興にならない。
それでは、心に感じる何かは生まれない。
個の世界はとても大切だ。
自分が自分に向き合う世界だ。
自が回復する時間だ。
だが、個の世界だけでは生命は萎む。
他と出会う。
出会うだけでは足りない。
一緒に、力を合わせる。
すると、個の世界では気づけない何かが生まれる。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
興の項(こうのこう)
興によって創られた社会。
社会によって個にもたらす苦と喜。
興が幸の一面ならば・・・
苦と喜も幸に内蔵される。
興は共同力。
そして、心に感じる作用。
誰かと、あるいは、何かと興する。
すると、新たな何かが出来る。
一人では出来ない何かが起きる。
それは、同時に、個の心にも起きる。
興の意味は深い。
知が「心に感じる」意味ならば・・・
知行一致という言葉が当てはまる。
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興の項(こうのこう)
社会は個の幸に関与する。
個の苦にも関与する。
個だけでは変化が出来ないからだ。
他との摩擦や刺激があって、個が変わる。
社会が幸をもたらすわけじゃない。
幸は自分で観つける(気づく)ものだ。
だが、関与はする。
大きく関与する。
興という共同力。
それは社会を創る。
多分・・・苦と喜を比較したら・・・
喜の方が多いし大きいのだろう。
だから、社会は続いている。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
興の項(こうのこう)
興(こう・きょう)。
力を合わせて何かを興(おこ)す。
同時に協力する。
そして、心に感じる、という意味もある。
生物は個で存在する。
そして、お互い協力して生きている。
存在は個だが、個では生きられない。
それぞれが影響し合っている。
ただ影響しているだけじゃない。
協力する事で、新たな出来事が始まる。
個と個が協力する。
個の集まりが協力する。
社会という世界が始まる。
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行の項(こうのこう)
努力精進推進派は異論があるだろう。
行は精進の為の行いである、と。
そんなこたぁ、無ぇ。
精進は趣味だぜ。
行は行だけだ。
立派になる為に存在しているんじゃない。
魂を磨く為に生まれたわけじゃない。
生命を謳歌し、様々を体験する。
そして、やわらげば、上出来。
目指すとすれば、幸。
正しさでもなく、聖でもない。
純でもなく、頂点でもない。
優しさ、やわらかさ、嬉しさだ。
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行の項(こうのこう)
楽なはずの行が苦行になる。
自分を素直に観るのを忘れる。
理想の自分を追いかける。
そりゃ、無理も出てくるさ。
精進だ努力だ聖なる行だ。
誤魔化す言い訳はある。
誤魔化すのは他を気にするからだ。
自分の内を観るのに、誤魔化す必要はない。
行は幸への歩き方の一つ。
ならば楽に歩こうぜ。
自分を観るのに、力はいらない。
肩の力は抜かなきゃ、瞳は開かない。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
行の項(こうのこう)
全ては行(ぎょう)になる。
日常生活全てだ。
行は自分の内を観る行いだ。
だが、精進や努力じゃない。
自然の行いだ。
楽になる為の行だ。
苦行であったら本末転倒。
楽とは自由になる事だ。
心身行が柔らかくなる事だ。
自分を観る、なんて難しくない。
慣れてないだけだ。
自分だぜ。
そんな大した内容じゃない。
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行の項(こうのこう)
ワシは精進や努力する事を勧めない。
精進は悪い事ですか?
努力はいけないのですか?
・・・だから、勧めないのだ。
努力や精進は趣味だ。
好き好きだ。
しようが、しまいが、勝手なのだ。
そこが理解できないみたい。
立派な行為だと思い込むみたいだ。
する、しないは好き好きでいいのだが、
良い行い、立派な行い、と思い込むと弊害がある。
努力や精進で得るモノより、弊害の方が大きい。
そんな事も解らないで、他人を煽る人達が多い。
胡散臭いんだなぁ・・・
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)